どうしてそうなった
ナイショ話とかハロウィンの話書いた人*WCI編弟くん同行ルートの話
運ばれてきた大鍋を見た途端、ルカは思わず絶句した。
……異臭を放つ紫色のなにかが鍋の中に鎮座している。あちこちから魚の骨や丸ごと入れられた具材が飛び出しており、地獄絵図にも見紛う有様だ。
「あの むぎわらさん これ なに?」
あまりの衝撃で片言になった問いに、名状しがたい何かを作り上げた張本人のルフィは満面の笑みで答える。
「“おれの気まぐれカレー”!」
「ぼくの知ってるカレーの見た目じゃない……」
カレーは基本的に茶色か黄土色をしているはずだ。緑色をした変わり種のグリーンカレーなんてものもあるが、紫色のカレーなんてものは聞いたこともない。
ただ紫色をしているだけなら“紫芋でも大量に入れたのだろう”と希望的観測が立てられたが、ねばつく水色の物体やジャムの塊が浮いている光景に脳みそが理解を拒んでいる。謎の液体を被せられた米が不憫で仕方ない。何なら米は炊かれてすらいなかった。
周囲を見渡す。ルフィ以外はそれぞれ驚き、困惑、あるいは恐怖の表情を浮かべて鍋の中身を見つめていた。自然と彼らの視線は合わさり、アイコンタクトを交わしはじめる。
──どうするよ、これ
──誰か先に食べる?
──おれは嫌だ
そんな風に無言の押し付け合いをした結果、最終的には一斉に食べることに決まった。
「まっ……まあ、見た目と匂いは独特だけど……っ!食えないことは……ない、はず……」
予想を遥かに下回るものをお出しされて言葉に詰まったが、ルカは精一杯のフォローを絞り出した。
全員腹は減っているし、忙しい中で作っておいてもらいながら一口も食べないのは失礼に当たる。鼻を刺す異様な臭気を堪えながら、一同は意を決してカレー(とルフィが称する物体)を掬ったスプーンを口に運ぶ。
直後、あまりのマズさに悲鳴が上がった。
「ルフィ……お米って炊かなきゃ食べられないのよ」
「紫色のニガいのなんだ!?」
「全体魚の骨だらけ」
「大量のジャム!!」
「ネバネバした……水色の何か……!!」
「おれ達が何をしたってんだ」
カレー(?)を口にした者たちから不評が口々に上がり、ルカも大惨事な味わいの詳細な食レポを紡ぎだした。
「……魚の臓物由来の生臭さや苦み、ジャムの甘ったるさ、謎の酸味や辛味やえぐみが混在する中で生米のゴリゴリした食感がアクセントになってンボロオウェ」
「ネコ男ーっ!!!」
そして、間もなくダウンした。膝をついて嘔吐く彼にチョッパーが駆け寄る。
ルカの兄であるローも大して料理は上手くないが、そんなのはまだまだ可愛い方だった。多少焦げや味のばらつきが目立つくらいで普通に食べられる。少なくともここまで恐ろしいダークマターを作り出すことはなかった。
「ごっ……ごめん麦わらさん、本当に吐くつもりは微塵も無くて……でも口に含んだ瞬間“あ、これ飲み込んだらヤバいやつ”って本能が警鐘鳴らしてきて……」
どうにかリトライしようとルカは再びスプーンを握るが、掬ったブツを口元に近づけただけで食道と胃がビグビグ痙攣して拒否してくる。
目が虚ろになっていくルカの脳裏に、壮絶な過去が蘇る。かつて滅びゆくフレバンスから脱出した後、金など持っていなかったトラファルガー兄弟は食うに困り生ゴミすら口にした。その体験を経た上で、確信した……生ゴミのほうがまだ食材として通用すると。
「お前らせっかく作ってやったのに失礼な……」
酷評っぷりにルフィは不満げにして、自らバクリと大口でカレー(?)を口にした。
「まっっずえェ〜〜〜〜!!!」
案の定、悲鳴が上がった。マズさに悶えるルフィを(味見とかしなかったんだろうか……)と思いつつ眺めていると、鍋のフチに彼の手がかけられた。
「こんなもん食えるかァ!!!」
「待って!待って!?まだ生米は洗えば救えるから!!」
咄嗟にひっくり返されかけた鍋を押し留め、どうにか丸ごと無駄にすることだけは避けられた。
これだけ大きな鍋いっぱいに作られた物体Xの量からして、食材の消費量はかなりのものだろう。食材を無駄にはできないし、今後の食糧配分にはしっかりと気を使わなければいけない。ルフィという大食漢がいるから尚更だ。
「ねぇナミさん、食料庫の在庫確認をしてくれる?ぼくは米をなんとかしてくるから」
「わかった、お願いね!」
そう言ってルカは甲板から踵を返し、鍋をキッチンに運び込む。大きいザルとボウルを調理器具置き場から取り出して、流しにザルを、調理台の上にはボウルを置いた。
おたまで鍋の米をざっと掬い、ザルに流し込む。
ざくざく掬っていき、五合よりも多いくらい米が溜まったところで、米に付着した紫色を洗い流すために蛇口を捻った。
勢いよくザルの中へ注ぎ込まれる水に、紫が薄まって溶け出していく。勿体無いが、あの名状しがたい物体は手の施しようがない。しっかり研いで綺麗にした米をボウルに注ぎ、空っぽになったザルへ再び残りの米を掬い入れる。
そうして地道な作業を繰り返しているところに、バッドニュースは舞い込んできた。
「……麦わらさんが食料庫の食材を、使い切った?」
「ええ……」
ナミから告げられた報告に思わず聞き返すと、彼女は沈痛な面持ちで頷いた。こんな場面で笑えない冗談を言う人柄ではない。
事実なのだろうと判断を下したところで、受け止めきれない現実にルカの目から光が消えていく。この先の航海一週間分の食糧が、殆ど使い果たされた。初日で。
残るまともな食材は米のみ。
ぐらりと視界が揺らいだ。崩れ落ちかけた身体を、反射的にシンクへ腕を突っ張りなんとか立て直す。
「せめて……せめて、全部使い切る前に相談してほしかったなぁ……」
「わりぃ!!」
「こればっかりは“わりぃ”で済む話じゃねェんだよ、麦わらさんッ……!!!」
頭を抱えることになった元凶から謝罪の声が飛んできたが、それを受け取れる余裕は今のルカにはなかった。
しかし拗ねていても洗わなければいけない米は残っているし、これを確保しなければ食料が無くなってしまう。結局、数分後には半泣きで米を研ぐルカの姿がキッチンにあった。
「ポーラータング号に帰りたい゛っ……!!!」
「……ネコ男さん、よろしければ何か一曲お弾きしましょうか?」
「ソ゛ウ゛ル゛キ゛ン゛グだい゛す゛き゛……ッ」
ブルックによる応援もあり、しばらくしてサニー号の食卓には塩むすびが並ぶこととなった。やっとまともな食事にありつけた一同の中でモッ……モッ……と静かに握り飯を頬張っていたルカは、唐突に口を開いた。その声はあまりに切実だった。
「麦わらさん……頼むから、二度とキッチンには立たないで」
────拝啓、兄さまへ。そっちの航海は順調?こっちは心が折れそう。