どうか愛を召し上がれ

どうか愛を召し上がれ


「君が好きだ。例え俺が君の運命でなくても」

壊れ物に触れるかのように彼はそっと手を取り、包み込んだ。普段無機質なまでに凪いだ瞳は熱に揺らぎ、それでもまっすぐに立香を見つめていた。

「で、デイビット?その好きって……」

「君を俺の目指した善き人として、あの日生まれたデイビット・ゼム・ヴォイドという1人の男として君を愛している」

「おおうド直球」

彼女は一目で分かるくらいに頬を赤く染めて俯いた。人の機敏に疎いデイビットだが、この反応は悪いものではないということは理解出来る。

「俺の運命、善き人、星を探す人」

心地よい低音で歌うように告げられる愛の言葉は、間違いないくらいに立香の心を貫いて揺るがした。この無機質で、どこか子どものようなまっすぐな瞳に見つめられると嘘は付けない。

だって、仕方ないじゃないか。

何を考えているか分からないくせに、自分を見つけると目を細めて本当に嬉しそうに微笑むのだ。隣に座ることを促して、見ただけで「あなたが好きです」と伝わるくらいに熱っぽく優しい表情をしている。絆されないほうがおかしいじゃないか!

「デイビット」

「なんだ」

「私も君が好きだよ」

「本当か」

「ウソついてどうするの」

優しく包み込んでいたはずの手のひらは力強いものになった。そんなちょっとした痛みも気にならないくらいの笑みを彼は見せた。こちらもうずうずしてしまい、ついに言ってしまった。

「ほら、デイビット。こっちにおいで」

優しく手招く声に誘われ彼女のジェスチャーの通りにしゃがんだ。細い腕がデイビットの頭をに触れ、そのまま胸元に顔を埋めるように包み込まれた。

柔らかいその感触に慌てて離れようとかするが、優しいはずの腕はしっかりとデイビットを包み込んで離さない。高鳴る心音を抑えながら、立香の心音も同じくらい速いことに気づく。それが心地よくて離そうとしていたことも忘れて胸に耳を当てている。

「君に好きって言われて、君とこんなに近づいて緊張しているの。分かるでしょ?分かって」

「抱き締めたのは君だが」

「ああもう!そんなこと言うならやめる!」

「それは困る。君の腕の中は暖かくて柔らかい。先程からのやり取りで5分を使ってしまいたいくらいに俺は浮かれている」

「もうちょい5分大事にして!?」

「今は君以外に優先するべき事項はないだろう」

「この冠位彼氏(グランドダーリン)があ……」

「ダーリン?なら君はハニーだろう」

「きゃー!もう!もう!」

デイビットを包んでいた腕を離し顔を隠して呻く。なんだか勿体なくてその立派な身体で立香の細い身体を包み込む。理想とする善き人の背中はかつての父のように大きく見えたが、自分で簡単に覆うことが出来るくらいに小さい。

またきゃーと叫んだ彼女は赤い顔のままデイビットを睨む。その瞳は涙で潤み、蕩けた蜂蜜の様に甘い。誘われるまま目尻に唇を落とす。

「幸せだ」

「うん」

「この全てを覚えることが出来ないのか惜しいくらいに幸せだ」

「なら私が覚えているから。きっと君の幸せは私の幸せ。私は幸せは忘れないよ」

「うん。どうか覚えていてくれ」

目尻から頬へ、鼻先に唇を落としていく。ついに彼女の唇の端に触れ、彼女を見つめる。目を泳がせて、わなわなと口を動かして、指先でデイビットの手の甲を軽く引っ掻く。

深く深呼吸をしてまっすぐにデイビットを見つめた。星が煌めくような、力強くて、そして優しい瞳をデイビットは愛していた。

「キスして、デイビット」

甘い言葉に抗わず柔らかな唇と、少しカサついた唇を合わせた。

この熱が永遠であればいい。この柔らかさは覚えておきたい。あの甘い言葉も。

恋に溺れ、愛に茹だる脳みそで残すべき5分を計算したが、無理だったことは言うまでもないだろう。

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