とりもぶがのうをやかれるおはなし
「ちょっと、どこに行くの!」
車から飛び降りて、数分。
地面に降ろされた私は、陸八魔アルと一緒に、抗争区域の真ん中……ではなく、バンでは通り抜けられないような細い裏道をたどっていた。
彼女も配慮しているのか、あるいは元からそうなのか。
ある程度整えられた道のおかげで服が汚れるといったことはないけれど、それはそれとして不安になってくる。
少なくとも私たちが、目指していた店はこちらではない。
抗争地帯の向こう。すなわち、反対の方向であったからだ。
「店の近くで抗争が起きてるなら少しだけ開店までの時間が伸びる。だから時間的にはまだ余裕があるわ」
そのことに抗議をしようとした私の口を遮るように投げ渡された端末には、私が行く予定の店の開店が遅れることのお知らせ。
確かにこれなら、多少の遠回りをしても、開店までには間に合うだろう。
「この辺りは正実の範囲だし、騒ぎが広まれば、鎮圧まではそう時間がかからない。だから、あの子たちの起こしてる抗争よりももっと派手に騒ぎを起こすわ」
どうやって、なんて、私が口を挟む間もなく、そういった彼女は、建物の屋根まで飛び上がる
その手には、先ほどまで背負っていた、重そうな狙撃銃。それを片手で持ち上げて狙う位置は、……さっきの抗争地点
「ま、まさかっ!?」
何をする気か理解した私の驚愕に、彼女は、正解、とでもいうかのようにウインクをしながら、その位置へと弾丸を打ち込む。
放たれた弾丸は力強く空を切り、彼女たちの中心へと正確に届く。
大きな音を立てて、しかし、誰にもあたらなかった弾丸。
だからこそ、大地へとめり込んだそれは、ひどく目立ち、彼女たちの視界を釘付けにし、足を止めさせるのに十分な効力があった。
先ほどの大きな銃声を頼りに、どこからの攻撃かを探るためにあたりを見回すために。
もしも、その場に彼女が誰か知っているものがいたならば、真っ先に物陰に隠れさせただろう。
けれど、ゲヘナに近くともトリニティの領域であるこの場において、彼女の使う弾丸の性質を知るものはいなかったらしい。
仕事を終えた彼女は、もはや建物の屋上にはおらず、私の元へと戻ってきていた。
次の瞬間、響く爆音には、一体どれくらいの人間が巻き込まれたのだろう。
阿鼻叫喚ともいえる大勢の悲鳴と、みるみる広がる大騒ぎ。これなら、正義実現委員会が駆けつけるのも時間の問題だ。
「さ、行きましょ?お嬢様」
集団相手、たった一人のスナイパーでしかない彼女の攻撃は、正にスマートにその場を解決して見せた。
そんな風に手を差し出す彼女の手を、私は握っていた。
……そして数十分後。
開店時間ギリギリになってたどり着いたお店の前に立っていたのは、謎の爆発によって臨時休業のお知らせを示す看板であった。
その原因は、間違いなく目の前の彼女だろう。
「え、えっと……」
「護衛、失敗ですね?」
理不尽であればしょうがないとして、原因が彼女であるのだからこれは依頼失敗だ。
そのことを彼女も理解しているのか、がっくりと、うなだれる。
「だから、その、次は、ちゃんとエスコートしてください。今日の依頼の、弾代くらいはだしますから」
それが私にとって幸運であったことなど、きっと彼女は知る由もなかっただろう。