ともなき 上
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「よすが と えにし」、「薄橙の心」、「五文字の伝言」と同じ世界線。時間軸としては「よすが と えにし」と「薄橙の心」の間。
正史ローさん視点。双子共有に捏造あり。中途半端なところで終わりますが、視点をifローさんに変えるためなので許して……。
誤字と脱字はお友達。
*
潜水艦が浮上する。
麦わらの一味から連絡を受けてから約四日が経っていた。本来ならもう少しはやく合流出来るはずだったのだが、新世界特有の異常気象によって本来の航路から大きく外れた彼らの捜索に随分と時間がかかってしまった。
「キャプテン、本当に一人で行くんですか?」
不安がるクルーの肩をたたく。
「事を構えるわけじゃねェなら俺一人で十分だ」
「でも……」
「向こうの俺を患者として受け入れる可能性がある以上、万全の状態を保っておきたい。てめェらはしっかり準備してろ」
「アイアイ!」
わいわいと騒ぐクルーにいつも通りの対応をしながら、内心ではほっと胸を撫で下ろした。いまだに悪夢が脳裏をチラついて、心臓が張り裂けそうなくらい痛かった。
俺の予想通りなら、向こうの俺にクルーを引き合わせるのは最も危険だ。一先ず状態を見つつ、サニー号での療養。精神的な問題を解決してから引き取るのがベストだろう。
「いってくる」
「気をつけて」
能力を発動し、手頃な酒瓶と自身を入れ替える。かつて過ごした時と同じ柔らかな芝生に着地すると望遠鏡を持ったナミ屋が駆け寄ってきた。
「トラ男くん!!待ってたわよ」
「件の男は?」
「言い方。……あそこよ」
少し離れた所でクッションに囲まれて横になっているもう一人の俺の姿が見えた。微動だにせず虚空を見つめて微笑む様は話に聞いていた通りだ。そばについていたニコ屋とトニー屋が手招きした。
「いらっしゃい、トラ男君」
「容体は?」
「傷はもうすっかり良くなってる。食事も小さく切って柔らかくしたものなら問題なく食べれるよ。問題は……」
カルテを片手に話していたトニー屋が言葉を濁した。
「わかってる。カルテを見せてくれ。ともかく現状を正確に把握したい」
「そうだな。もう一度診察しよう。トラ男〜、体を起こそうな」
二人に支えられて身を起こした男の顔が僅かに上を向いた。ガラス玉のような瞳と目が合う。そのたった一瞬に、既視感のある衝撃に脳を揺さぶられる。
(生きなきゃいけない)
(耐え続けないと)
(あの男に全てを渡してでも)
(あいつらの想いにこたえていたい)
(何も出来ない俺に優しくしないで)
(誰でもいいから俺のせいだと叫んでくれ)
(どうしてみんな、俺をゆるすんだ)
「トラ男?」
息が苦しい。濁流のような感情に、自我が押し流されてしまいそうになる。縺れた足が二、三歩後ろにたたらを踏んだ。
(俺のせいで死んだのに)
(いきていてほしかった)
(見殺しにしたのに)
(いたいのもくるしいのもいやだ)
(わすれたくない)
(生きなきゃ、いけない)
(でも、しにたい)
(おわりたい)
(くるしい)
(だれか、だれか)
(うけとめて)
「____ッ!!!」
考えるよりも先に体が動いた。ふらついていた足が地を蹴る。
「おい、トラ男ッ!!」
トニー屋達を押し除ける。彼らの悲鳴に他の面々も集まってきたが構わなかった。そのまま、男をつよくつよく抱きしめる。
触れ合うことで共有されている感情はより鮮やかさを増していった。どこにも行き場のない感情が涙となって溢れてゆく。怒りより先に湧き上がってきたのは共感と憐憫。
ずっと、かなしかった。
ずっと、くるしかった。
ずっと、さびしかった。
ひとりで抱えるには、おもすぎて。
それでも、失いたくなくて。
こんなのって、あんまりじゃないか。
「うわあああああああ」
外聞なんて打ち捨てて、大声をあげて泣く。どれだけ叫んでも、どれだけ涙を流しても足りないこの感情を、俺だけは理解している。共に抱えられるただひとり。
何年も降り積もって正しく泣くことすら出来なくなった彼の心が、俺を通して軽くなってゆくのがわかった。
やがて、俺の背に手が回される。
肩口を控えめに濡らすのはきっと。
「泣いてる……」
誰かがぽつりと呟いた。
穏やかな顔のまま静かに涙を流す彼は、俺をきつく抱きしめた。
どれくらい、そうしていたのだろうか。ゆっくりと身を離した男は、しゃくりをあげながらも段々と落ち着きを取り戻してゆく俺の目元を、指先で優しく撫でた。
「……ほんとうは、わかっていた。あいつらが、どれだけ俺を想っていたのか」
あいしてる。
悲しみに塗れながらも柔らかな声が、決して狭くはないサニー号の甲板に響いては消えてゆく。
「あの言葉は、俺にはつよすぎた」
伏せられた瞼の裏には、当時の光景が浮かんでいるのだろう。くるしくて、つらくて、でも優しい彼らの愛の形。
嬉しかったから、覚えていたかった。
悲しかったから、忘れてしまいたかった。
「死の間際までそうしてほしくはなかったのに……あの言葉は、まるで呪いみたいで」
開かれた瞳は水気を帯び、ゆらゆらと揺れていた。あの時の彼も、同じ目をしていたのかもしれない。
「俺も、愛してた。あんな風なおわりじゃなくて、ただ、生きていてほしかった……。それだけだったんだな……」
人形のようだったその顔に、心からの微笑みを乗せて彼は感謝を口にした。
「代わりに泣いてくれて。ようやく、あいつらの最期の言葉を、願いを受け取れた」
「__おまえに会えて、よかった」
しあわせそうな彼に腹が立った。こんな感情をこんなになるまで溜め込みやがってという身勝手な怒りと、それでもまだ自分の死に救いを見出してクルーの言葉で辛うじて生きていることへの憤りが渦巻く。こいつの感情が分かるように、こっちのだって伝わっているはずなのに。それでも穏やかに笑っている。
くやしくてたまらない。こいつに響く言葉を持っていないことが。こいつを怒る資格のないことが。
自分も同じ立場ならそうなるだろうと、分かってしまったから。
握った拳は、どこにも振るえなかった。
〆