ともなき 下

ともなき 下

UA2

※注意事項※

「よすが と えにし」、「薄橙の心」、「五文字の伝言」と同じ世界線。時間軸としては「よすが と えにし」と「薄橙の心」の間。

ifローさん視点。双子共有に捏造あり。

誤字と脱字はお友達。








 騒がしい甲板を、重たい瞼をこじ開けて見つめる。


 しにたいと願いながら生き続けて。

 異なる結末に辿り着いた世界に落ちて。


 赦された、と思ったのだ。最初は。

 仲間の目の届かない所で、死んでもよいのだと。

 蓋を開けてみれば、そんなことはなかったけれど。

 それでも確かに、救いはあったので。



 俺を見つけてくれた麦わら屋。

 寝る間も惜しんで、懸命な看病をしてくれたトニー屋。

 病人食を、出来るだけ美味しく作ろうと努力してくれた黒足屋。

 自重を支えられない俺の、入浴や移動を率先して手伝ってくれたロロノア屋。

 ベッドや車椅子など、本来作るようなものでないものを笑顔で作ったロボ屋。

 俺の面倒をみて、明るく楽しい話を聞かせ続けてくれた鼻屋。

 一銭の得にもなりはしないのに、乗船を認めて何から何までまとめてくれたナミ屋。

 悪夢にうなされる夜を、北の海の子守唄で鎮めてくれた骨屋。

 微かな情報を頼りに、あちらの世界の考察をし続けているニコ屋。


 ぼんやりとしか認識出来ていないけれど、それでも彼らがどれだけ優しくてお人よしなのか痛いほど知っていた。心の裡(うら)の己はずっと、ずっと申し訳なくて、心苦しかった。


(あぁ、でも一番迷惑をかけてしまったのはこいつか)


 隣で目を擦るこちらの俺にきつく睨まれる。今は感情が共有されているだけなのだが、余計なことを考えているとすぐにバレてしまうらしい。俺には、強い共感と憤り、照れ隠しが混ざった労り程度にしか分からないのだが。それは、俺の感覚が麻痺しているからだろうか。


「トラ男」


 それまで静観していた麦わら屋が、俺達のそばに歩み寄る。俺の知る彼なら、いの一番に騒いで宴だ!と笑っているのだが、目の前の男は深く被った麦わら帽子が目元に影を落としていた。

 芝生に座り込む俺達をじっと見つめる目が、心の裡を見透かしているようでたじろいだ。


「トラ男。お前、死にてェ顔して息してて楽しいのか?」


 頭をガツンと殴られるような言葉に、思わず目を丸くした。周りも同様の反応をしている。いつもよりずっと静かで落ち着いた低い声が、俺のもっとも柔い場所を抉ってゆく。


「ぶん殴られても、肉取られても、宴出来ねェってなっても、まぁいいかで生きてて楽しいか?」

「麦わら屋。テメェ、なにが言いたいんだ」

「ちょっと、こっちのトラ男は黙っててくれ」

「ア゛ァ?」

「俺は嫌だぞ。ぶん殴られたら痛ェし、肉取られんのも嫌だ。絶対怒るし、肉を食えたらうれしい。宴もしてェ。なぁ、お前はどうなんだ」


 片眉を跳ね上げたこちらの俺に構わず、俺へと問いかけ続ける。いつまで経っても言葉を返さない俺に、奥歯を噛んだ麦わら屋が両手で俺の胸倉を掴んだ。小柄な割に強い力で引き立てられる息苦しさに喘ぐ。力の入らない左手で、縋るように彼の手首を掴んだ。


「ちょっとルフィ!」

「相手は病人なんだぞ!!手荒なことはだめだ!!」

「そうだぞルフィ!そういうのはもっと慎重に、段階を踏んでだな!!」

「うるせェ!!」


 仲間の制止を突っぱねた麦わら屋がもう一度問う。黒々とした目が怒りで燃えていた。

 皆、固唾を飲んで見守っている。なにか、答えなくては。


(でも、何を答えればいい?)


 彼の問いに答えるならば、『楽しくない』。でも、彼が聞きたいのはそういうことではないのだろう。


「なんでお前、生きてんだ?」


 一つ解釈を間違えればとどめになり得る酷い質問に、笑いが込み上げそうになった。楽しくないのに生きている理由。それは一体なんだろう。

 思えば、生きているのは辛いことばかりだった。

 あの日死んでいれば、あの時あぁだったら。檻の中でひたすらに考えたifは死を見つめていた。楽しい日々は、いつも誰かに奪われるから。

 死にたいのだ、俺は。

 それでも生きている。

 俺を生かすのはいつだって、死にゆく人達の願いだった。


「おれ、は……何もなくていい。あいつらの、願いを叶えていられれば、それで、」

「ふざけんな!!」


 覇気に近い気迫を纏った彼が怒鳴った。びりびりと辺りに拡散する怒りにあてられた鳥が海へと落ちてゆく。血管が浮き出るほどの激昂。


「生きてるのを人のせいにすんな!!生きてェなら生きてェって言え!!死にてェなら死にてェって言え!!お前のモンを他人に投げ渡してんじゃねェ!!」

「____」

「お前は自由なんだろ!!!」

「…………ッ」


 ぽろり。目から涙がこぼれた。戦慄いた唇を噛み締めて、それでも耐えきれなかった想いが口をついて溢れる。


「しにたい」


 一つこぼれれば堰を切ったように溢れた。懺悔、後悔、赦しを求める言葉。連なりのないそれを、彼は黙って聞いている。


「きえたい。終わりたい。楽になりたい。でも、でも……俺が死んだら、あいつらはなかったことになってしまう……。それはいやだ。あいつらを、覚えていたい。だから、」


 脳裏に死者の顔が浮かぶ。

 血塗れで、痛々しくて、でも笑っている彼らから、ずっと目を逸らしたくて。直視出来るようになりたくて。

 いいのだろうか。

 中途半端な俺が願いを口にしても。


「おれは、いきていたい……!しにたくない……!」

「おう!やっと言ったな!」


 俺を力一杯抱擁する麦わら屋は、太陽のようにあたたかかった。彼の腕の中で嗚咽混じりの涙を必死に耐えようとしている己は、先刻のこちらの己のようだ。


「じゃあ、トラ男が死にたくなくなるまで一緒にいてやるよ!!お前が死にそうになったら俺達で止めてやる!!」

「なんで……」

「なんでって、友達だからな!」


(あぁ、そうだ。この男はこういうやつだった)


 ばかでデリカシーがなくて身勝手で、でもそれに救われるんだ。あの時だって、そうだったから。


「ばかやろう……ばかやろう……」

「うるせェ!ばかって言う方がバカなんだ!」


 陽光のようなあたたかさを伴う笑顔を見上げて、泣き笑う。


「こ___んのッ、麦わら屋ァ!」

「あべっ!」


 武装色を纏った右ストレートが油断していた麦わら屋の脇腹にクリーンヒットした。ほぼ同時に、ニコ屋の手によってさりげなく引き剥がされた俺の体はクッションへと沈む。


「いてェ!なにすんだトラ男!」

「なにすんだ、じゃねェ!!ただでさえ精神崩壊寸前なんだ。下手すりゃ、そっちの俺が二度と正気に戻らねェかもしれなかった!」

「でも、なってねぇじゃねェか……」

「なってるなってないの話じゃない。アウト三つどころじゃ済まねェことやらかしてんだぞ、テメェ!!」

「そ、そ、そうだぞルフィ!死を選んだらどうするつもりだったんだ!?おれやだぞ、トラ男が死んじゃうの!!」


 医者二人に詰め寄られた麦わら屋がからりと笑う。


「そんときゃ殴ってでも止めて、生きたくなるまで一緒にいるさ!いろんな島行って冒険して、宴して、飯食ったらきっとなんとかなる!」

「てきとーかよ!!」

「ふふ、」


 もっと話していたいのに、体力の限界が来たようだ。ぎゃいぎゃいと騒ぐ彼らを見ながら、深い微睡へと落ちてゆく。

 あたたかい。体だけでなく心が。


(あったけェなぁ)


 息を吹き返した心が喜びに染まってゆく。

 次に目を覚ましたら、うまく感じられないのだろうけど。いつかまた、このあたたかさを感じられるようになったら。

 その時は、沢山の感謝を彼らに伝えたいな。





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