とどめ

とどめ




「や゛、ア゛、ぁ、あ゛あ゛ァぁぁ゛ッ!!」

海から打ち上げられてしまった魚の様に。体に電流を流されてしまった時の様に。体を跳ねさせては無理矢理与えられる快楽を超えた暴力から、暴力と同等の快楽から逃げようと頭を振っている。まだ青年と言っても良い年齢の彼に群がる男達は、彼の後孔に長い玩具を複数突っ込んでは抜き差しして、を繰り返している。中には小さな口にグロテスクな陰茎を無理矢理咥えさせている者もいた。クザンはその光景を、手に持っているカメラで撮影している。海軍に送り付ける映像だ。お前ェも混ざるか、と聞かれて首を振ると怪訝そうな顔をされた。そんな未成年に手を出す趣味は無いからと答えれば、なら撮影係でもやってくれよ、と笑いながら手に持たされた、カメラ。カメラの中で、コビーはのたうち回っている。泣き声と叫び声は、どんなに耳を塞いだってきっと聞こえて来るだろう。目が合って、その目ははっきり「たすけて」と言っていて、けれどクザンは何もしなかった。今ここでコビーを助ければ、これまで積み上げて来たものが崩れてしまう事は明白だったから。だから、クザンは何もしなかった。その果てにコビーの心が壊れてしまった事が分かっても、何も、できなかった。


何が正義だ、と、思う事がある。何度も何度もコビーが犯されている映像を撮影して編集している時には、ずっとそんな事を思っていた。たった一人での潜入捜査、これも正義の為だと自分に言い聞かせて──なら、正義の為なら、あの子の心が壊れてしまっても良かったのか? 自問自答しては、良くないに決まっていると答えを出して、なら今のあの子の惨状はなんだと思い返して、映像を見て、こうなったのは誰のせいだとまた自問自答して、お前のせいだ、と答えを出す。

コビーの姿が、ずっとずっと、夢に出て来る。脳裏にこびり付いた、網膜に焼き付いた、コビーが泣き叫ぶ姿が、喘ぐ姿が。その内、脳は都合の良いものを見せて来る。コビーがずっと自分を求めて来る、そんな夢だ。自分に助けを求めて来て、その手を取る事が出来る夢の時もあれば。あんな奴等に陵辱されるくらいならと、自分が優しく優しく抱く様な、そんな夢を。

今日だって、そうだ。掴まれた跡や、噛まれた跡や、鬱血痕に塗れた、あまりにも痛々しい姿で、太腿にどろりとした白濁液を伝わせながら、思考能力が落ちてしまったコビーは、クザンを誘って来る。夢の中でまで、こんな、痛々しい姿になんてならなくても良いのに。助けて、とは、言われなかった。クザンはコビーの手首を掴んで、その唇に噛み付いた。どうせ、夢なのだから、と。ゆっくりと押し倒して、まるで恋人とそういう事をする時みたいに、優しく触れていく。自分はあいつらとは違うのだと、自分に言い聞かせるみたいに。何人にも輪姦されたであろうそこは、ぽっかりと穴を開けて、精液を垂れ流している。赤くなって痛々しいそこに、クザンは自分のモノをゆっくりと挿入していく。物みたいに扱うんじゃなくて、やさしく、気遣うような。それでも、夢だとしても、こうして手を出している時点で、きっとあいつらと同じなのに。

「青雉、大将、」

コビーは泣きそうな顔をしている。頬にくっきり残る涙の跡。身体中に残る陵辱の跡。この子がこんな目に遭っているのは、傷付いているのは、心が壊れてしまったのは、全部全部、ぜんぶ。

「おまえのせいだ」

ぽつりとつぶやいた、自分自身に向けての、言葉。口に出していたのだと気付くと同時に、コビーの喉が、ひゅ、と鳴る。どうして。夢の中でまで、そんな。苦しい顔を、しなくても。いいのに。

クザンはコビーを慰める様に、自分を慰める様に、また深い口付けをする。あはは、と、何処か壊れた様なコビーの笑い声が、耳の奥にまたこびり付いた。


*****


どうしてこの人は何もしてこないのだろうと、あの船に居る時のコビーは不思議に思っていた。真っ黒な瞳みたいなレンズで自分達を撮影しているだけで、何もしてこない。けれどその事実は、海軍に戻って来た時のコビーをひどく安心させた。あの船にも、自分に何もして来ない人も居るのだ、と。あの人は自分には何もして来ないのだと、不思議に思う自分と、喜ぶ自分が居た。元海軍大将であるクザンが、どうしてあの船に居るのかは分からない。けれど、何か大きな事情があるのだろう事は察する事が出来たから。初めてあの船で、暴力的な程の快楽が恐ろしくて逃げたくて、必死に助けを求めた。けれど、その手が取られる事は無かった。それも仕方の無い事なのだろうとコビーは考える事が出来た。あの人は、何もして来ない。心のどこかでそう思い込んでいた。それを、心の拠り所にしていたのかもしれない。

だから、驚いた。クザンがコビーの手首を掴んで来た時も、唇を奪われながら押し倒された時も。驚いた拍子に、海兵としてのコビーが顔を出して、同時に混乱した。絶望する自分と、悦ぶ自分が居た。ティーチ達とは違う、肉欲をただぶつけて来る様な激しいものじゃなくて、恋人との逢瀬の様な、優しい抱き方。それでも、この人が自分に肉欲をぶつけて来た事が、ショックだった。

「青雉、大将、」

なんで、どうして、という混乱と悲しみは、甘やかで優しい行為にゆっくり溶かされていく。溺れて消えて行く。その混乱は、悲しみは、海兵であるコビーの中に残っている正気だった。ぼろぼろになった心を、未だに繋ぎ止めている、脆いもの。

不意に聞こえてきたのは、目の前に居る人の、つぶやき。おまえのせいだ、という、低い声。

(ぼくの、せい?)

(そうだよ)

(ぜんぶ、ぼくが、わるい?)

(ぼくがわるい)

もう一人のコビーが、わらっている。

暴力的な快楽に流されてしまった自分が。

脅迫に屈して流されるままに陵辱されている自分が。

その陵辱を悦んでいる自分が。

全部──わるい。


ぐじゅ、と、心が潰れる音がした。

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