とっても甘い。でも…しょっぱい。

 とっても甘い。でも…しょっぱい。


「クルミちゃん、ご飯が出来たよ」

「ありがとう、ユーマ君。…わあ!美味しそう!」

 私は今、ユーマ君と一緒に生活をしている。今日はユーマ君が昼食を作ってくれた。

「ご飯と言っても、いつものラーメンにボクが豚肉を塩コショウで炒めた物をトッピングしただけなんだけどね」

「そんな謙遜しないでよ。前よりさらに料理が上手になってるよ、ユーマ君」

「えへへ…ありがとう、クルミちゃん」

 私は食べた事は無いけど、カナイ区に居た頃のユーマ君の料理はかなり酷かったらしい。それが今は簡単な物なら美味しく作れるようになって、私にそれを振る舞ってくれて……私はとっても嬉しいよ、ユーマ君。

「じゃあ、頂きます。………うん!美味しい。流石はユーマ君だね」

「美味しく出来たならよかったよ。……最近は色々と上手くいかなくて、料理で…気を紛らわせていたからね…」

「…行方不明になった、ユーマ君の恋人の事?」

「…うん。未だに目撃情報どころか、手掛かりすら見つからなくて……こんなんじゃ、探偵失格だよね…」

「………………」

「クルミちゃんも…本当にごめんね。君まで危険な目に遭わせて……君にだって、やりたい事が沢山ある筈なのにボクに付き合わせてしまって…」

「…ユーマ君。私は全然気にしてないよ。付き合わせるって言っても、要は私を守ってくれるって事でしょ?寧ろ私は嬉しいよ、君が私と一緒に居てくれるんだからさ」

「クルミちゃん……ありがとう。ボクは必ず、君を傷つけた犯人を見つけて、彼女を……」

「…ユーマ君?」

「そう……ボクは必ず……彼女を……彼女を……彼女を……彼女を……彼女を……彼女を……彼女を……彼女を……彼女を………」

「……ああ、そっか。…また、そうなっちゃったんだね。…もう私は慣れちゃったけど」

 ユーマ君は行方不明になった恋人を探している。…あの結婚式の日に私が襲われ、恋人が消えてしまい、式はめちゃくちゃになって終わってしまったからだ。

 一度襲われた私は、また犯人に狙われると考えたユーマ君は、本来自分と恋人が生活する予定だった家で保護されている。今のユーマ君は私と一緒に共同生活をして、空いた時間は恋人を攫った犯人の情報を必死に探している。幾ら時間が経っても、居なくなった恋人が忘れられないからだ。


 

 恋人を攫った犯人なんて、いないのにね。


 

 私はあの日、ウエディングドレスを着たユーマ君の恋人…いや、花嫁に会いに行ったんだ。

 彼女はユーマ君の旅先で出会って、自分が巻き込まれた事件を彼が解決してくれたのが出会いだったらしい。実際、私も会って好感が持てる人だったし。


……でもさ、私だって同じような形でユーマ君と出会ったのに、どうして私には振り向いてくれなかったんだろう?ってその時の私は考えてた。

 背が低かったから?それだけの理由?

 それでユーマ君は私に振り向いてくれなかったの?

 なんで……?なんで……?なんで……?

 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!?!?

 

 そして、あの時……彼女は言ったんだ。 


「私は…ユーマさんを愛して…信じています。もし誰かが、彼の信念を間違っていると言っても、私だけは…正しい事だって、何度だって彼に言ってあげたいんです。…だって、私にとって彼は…ヒーローなんですから…」


 

 その時、私は彼女に飛びかかった。

 それを最後に、私の意識は途切れた。

 


 気が付くと、周りは血の海になっていた。

 しばらく私は呆然としていたけど、察してしまった。

 

 

 私が、……彼女を喰い殺したんだって。

 しかも、その時にユーマ君が部屋に入って来たんだ。

「返事が無かったから、勝手に入って来たんだけど、どうし……た………の……………」

 部屋の何処にも居ない彼女。

 ボロボロで血まみれのウエディングドレス。

 そして、……黒ずんだ血で服と口元がべったりと汚れている私。

 探偵じゃなくてもわかりそうな、惨劇が起きた部屋。

 あーあ、これでユーマ君に嫌われる、軽蔑される。何処か、他人事みたいに私は考えていた。

「…………………………………」

「………ユーマ、君。これは…ね……私が」

「……クルミちゃん?これは…どうしたの!?何があったの!?」

「……え?」

「誰かに襲われたの!?…彼女は?あの人は何処に行ってしまったの!?クルミちゃんは何か知らない?」


 この時、ユーマ君は壊れてしまったんだ。

 彼女は何処に行ったの?なんて、この部屋の状況を見てユーマ君が気付かない訳が無い。

 ユーマ君は…自分の中で“犯人”を作ってしまったんだ。その人に恋人は攫われて、私は巻き込まれた被害者だって、そう……思い込んでしまったんだ。


 ユーマ君は私にここに居て、と言って部屋を飛びだした後、すぐに式を中止にして、式に参加していた人達を返してしまった。

 唯一、式に来ていたハララさん達が部屋にやって来て、…そして絶句していた。私と部屋の状況を見て、全て解ってしまったんだ。…でも、誰かが何かを言う前にユーマ君が部屋に戻ってきて、

 「この部屋に押し入って、クルミちゃんを襲い、ボクの恋人を攫った犯人が現れたんです!…皆さん、ボクに力を貸して下さい!」

 真剣な表情で……でも目に光が無かったユーマ君は、そう言った。

 それであの人達は一瞬、私を見て…そして項垂れてしまった。

 特にハララさんとフブキさんが酷い顔をしていた。ハララさんは苦虫を噛み潰した表情、フブキさんは両手を顔に当てて泣いていた。…全てが、壊れてしまったんだ。

 

 あれから、一ヶ月が過ぎた。

 

 存在しない犯人を探して、恋人が見つからない苦しさで……ユーマ君はうわ言のように彼女を…呼び続けるようになっちゃった。

「彼女を……彼女を……彼女を……」

「……もう!ユーマ君、しっかりして!」

「…はっ!……ごめん、クルミちゃん。ボクが情けなくて……弱いせいで……君を……」

 真実が眼の前にあるのに、それに気付きたくないんだよね?…私が憧れた、立派な探偵としてのユーマ君は死んじゃった。…だから

「ユーマ君は情けなくも弱くも無いよ。私は知ってるもん。…君が誰かを心から助けたいって思える人だって。…それが君の強さなんだから」 

 こうして、私はユーマ君に優しい言葉を吐いて、彼の心を溶かしている、…恋人の存在なんて、いつか忘れちゃうように。

「それでも不安なら……また私を抱きしめてくれない?…君の辛い気持ちを全部吐き出して、君を……癒やしてあげられるからさ…」

「クルミ……ちゃん…」

「ふふ、よしよし。…私はユーマ君から離れたりしないから。いっぱい、私に甘えてね」

「ありがとう……クルミちゃん…」

 ああ、私、今、とっても幸せ!!

 ……でも、なんだかしょっぱい。さっき食べたラーメンのせいかな?

 うん、きっとそうだ。そうに違いない。ユーマ君はまだまだ料理の練習が必要なんだ。

 

 

 胸の中のしょっぱい気持ちを、私は飲み込んだ。 

 

 

 それは、あの時の…彼女の味に似ていた。


 

 

 

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