とある魔王との出逢い

とある魔王との出逢い


占いだとかお呪いだとかは信じた事がない。 おみくじも雑誌の裏も朝のニュースも、全部適当に作られた偽物だと断じている。

だからこそ、私は直感に未来を委ねる。

だって、自分の人生を自分以外に委ねるなんて、ちゃんちゃらおかしい話じゃないか。



「うぃ〜終わったぁ…」「なぁなぁ、お前アイツとどうなったん?教えろって」「今日5時までに教員全部帰るから、部活は午前までだってよ」

ワイワイと騒ぎ立てる声で、学校の終わりを実感する。

「はぁ…私も彼氏が欲しいわぁ…」「…絵理香は彼氏がいようがいまいがバイトを優先する質じゃん」「そ〜れはごめんって〜!夏休みは一緒に遊ぶからさぁ!」

私の溜息を見逃さず、絵理香はヘラヘラと笑いながら肩を組んでくる。

「……じゃ、バイトの時間だからもう行くね。優愛も先輩と良い感じになれると良いね!」 しつこい、とツッコミを入れる前に教室から出ていってしまった。

「…一条先輩…か…………」

でも、確かに彼がどんな人なのか知りたいという好奇心は抑えきれない。理由も理屈も関係ない、ただ知りたい。 その好奇心が身を滅ぼさない事を祈りながら、私は教室を後にした。


ふらりふらりと下校中。明日からどうするか、私もバイトを始めるか…と、歩いていると、足元に生温い感触が纏わりついた。


「にゃぁ」 「え?」

いつの間にか、黒猫が私の目の前まで来ていた。

「……また会ったね、黒猫さん……」

足を止めてしゃがみ込む。朝見た時は不吉にしか思えなかったが、今では

「ふにゃあ」と気持ち良さそうに鳴くその姿を見てると、私まで頬が緩みそうになる。猫は好きだ。あのモフモフした毛並みも、ぷにぷにした肉球も、たまに見せるキリッとした顔も。 その全ては私に癒しを与えてくれる。……そう、私の心の平穏と安らぎを。

「ん〜良い子だね〜可愛いねぇ〜……」

右手で頭を、左手で顎の下を撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らして喜ぶ黒猫は、目を細めて心底嬉しそうなを表情してる気がした。

「ふふふ…可愛いね、可愛いねぇ……黒猫さんは良いなぁ……ずっと撫でてたいよ……」

「私も撫でさせてもらっても?」

「ひゃいっ!?」

不意打ちのいい声にビクンと身体が跳ねる。

隣に座り込んだその人は、白い髪を靡かせて、紅い瞳で愛しそうに黒猫を見つめている。

「あ……あ……」言葉が上手く出てくれない。予想だにしない出会いに思考が追いつかない。

「ああ、驚かせてしまったかしら…ごめんなさいね」

私の反応を見て、彼は申し訳なさそうに笑う。

「え、あ、いやいやそんな!私と一条先輩の仲じゃないですか!」

どうやら私は、今朝であったばかりの人を知り合い扱いする程動転していたらしい。だが………

「イチジョー?人違いだと思うのだけど…」

「え…」

「似た見た目の人は3人いるって言いますからね。私みたいなのがいたって不思議はないでしょう」

そんな馬鹿な。こんな目立つ見た目の人が、同じ市に2人もいるなんて考えにくい。…が。よく見ると、今朝見かけた一条先輩と違ってキャソックは着ていないし、顔だけ見ていたから分からなかったが身体は成人した女性である。

「にしても…先輩、って言ったかしら?もしかして学生さん?制服じゃなくて私服だから…私立校かしら?」

猫を撫でる代わりとでも言いたげに、ジロジロと私を見つめてくる。…美人に眺められるのは悪い気はしないが、なんか、こう…値踏みされてるようで…

「その……あまり見られると…ほら、猫ちゃんも……あれ?」

黒猫はいつの間にかいなくなっている。先輩似の女性は黒猫がいた場所をチラリと見たが、特段興味なさそうに私に向き直る。

「………あら。右手、怪我してるじゃない。大丈夫?」

「え?怪我って………あ、本当だ。いつの間に………」

彼女の言う通り、右手に赤い傷、或いは痣のような痕ができていた。怪我なんてした憶えないのに………

「ふぅん……そう………そうだ、用事を思い出したからもう行くわね」

私の怪我を一目見るなり、彼女は立ち上がって、ふらふらとした足取りで歩き出す。……が、少し歩いた所で足を止めて振り返った。

「"また"あいましょうね。可愛いマスターさん」

「……え?」

「黒猫は出逢いの象徴よ」

呆然としている私を他所に、彼女はニコッと笑ってまた歩き出す。


「………マスター?」





『えっマジで!?ウソウソ絶対関係者だってそれ!お姉さんとかお母さんとか叔母さんだって!』

現在午後6時、私としては少しウトウトし始める時間だったのだが、友人のがなり声で目が覚める。

「声デカ…バイト終わりなのに良くそんな大声でるね…」

『こちとら声出して金貰ってんのよ、こんぐらいどーって事ないない!」

絵理香はあっけらかんとした声で話すが、私としては騒がし過ぎて耳がキンキンする。

『それより!お姉さんとどんな話したの!?どんな関係なの!?』

「ああもう……声がでかいって……」



『はぁ。マスターと呼ばれたと』

「うん」『…………それだけ?』

「あと猫を愛でた」『………………はぁ…』

心底呆れた溜息が電話から漏れ出る。

『もっと…こう……踏み込んだ話題とかしなかったん…?』「いや…翻弄されて、つい…」

本当は少し見惚れてたのだが、流石にそれを言うのは恥ずかしい。

「そ、そんなコトよりさ!一緒に課題しよ、課題!ほら、今日全部終わらしたら休日ずっと遊べるじゃん!」

『…アンタって焦ると話を逸らしたがるよね…まぁ良いけど。んじゃプリント出すから少し待ってて……』

無理矢理話題を逸らすのには成功したようだ。私もファイルを出して…出し…………

「……ない」『え?』

「ごめん、ちょっと学校に行ってくる!30分くらいで帰って来るから!」

電話を切って靴下を履き、一階に転げ降り、扉をこじ開け走りながら靴を履く。何処に行くの、と聞こえた気がするが無視して学校へとんでいく。ごめん、愛菜さん。



4月末の午後6時過ぎ。本来ならば学校は開いていた。本来は。

「…………開いてない」

そういえば、今日は5時までに教員は帰るとか、なんとか言ってた気もする。本来ならば帰り、また明日取りに来るべきなのだろうが………

(なんか、取らないといけない気がする。けど………)

私の直感はやけにあたる。だが、今日の直感は些か変わっていた。

もしかしたら職員室が開いてるかも知れない。もしかしたら鍵がかかってないかも知れない。もしかしたら忍び込めるかも──────


結果として、全て無駄だった。まぁ当然である。取りに行かなければいけない、しかし取ることはできない…と、察していたのだから。

(私何してるんだろ…意味のない事って分かってるのに行動するなんて………)

直感は、いつも正解を示してくれた。だけど今回ばかりは…………

「…ん?」

校庭に、人の気配。そして。

大気と、大地が揺れる。

「なっ…きゃぁぁぁっ!」

B級映画よりも遥かにリアルな爆発音。校庭で、何かが爆発したのだろうか?如何せん今までの人生は爆発と関わりのないモノだったので、真偽は分からない。ただ………

逃げろと喚く本能を叩き潰して、直感が、往けと命じていた。


校舎の陰からそうっと顔を出す。月明かりに照らされて、三つの影が校庭に在った。

双剣を持った赤い騎士と、巨大な弓を持った男と、そして。

(あの人…………お昼にあった…!)

「さぁ、アーチャー。軽く殲滅してあげなさいな」

「御意に」

アーチャーと呼ばれた青年は矢を持たず弦を引き…放つ。その瞬間。

九条の流星が、騎士へと牙を向いた。

騎士は悠然と剣を構え、ただ作業を行うが如く迫りくる流星を受け流す。流星は余す事なく空へと消えていった。

青年もまた動じる事なく弓を構え、再び九つの流星を放つ。

「ぁあ…しゃらくせえ!」

騎士は流星へと走り出し、両の剣で二つの流星を斬り伏せて、眼前の青年へと迫る。

青年の弓が消え、代わりに────────

「ッ!?」

騎士が横へと飛ぶ。次の瞬間、騎士がいた地点に鉄塊が叩き落とされる。

「クソが………弓兵の癖に物騒なモン持ってんじゃねぇよ」

「避けられましたか。今の一撃で終わらせるつもりでしたが…………やはり、人間相手はどうも苦手だ」

両雄、剣を持って睨み合う。次の刹那に、命が散ってもなんらおかしくないのだ、と…


「んぁ?………目撃者か。悪ぃなアーチャー。先にアレを殺す」

騎士が、私がいる方向へと駆ける。

その標的が私なのだと気づくには、些か時間が足りなかった。


剣が

視界の外から

内に


目を閉じきる数瞬前に、騎士の体制が崩れるのが視えた。

「がっ………てめぇ、アーチャーァ!」

「主の命ゆえ、御容赦を」


青年の武器が剣から弓に戻っている。その狙いは、寸分の狂いなく騎士へと向けられる。


「逃げなさい、可愛いマスターさん!教会へと駆け込めば、きっとなんとかしてくれるわ!」



昼に聞こえた声が天啓が如く聞こえた。直感が従えと命ずる。なら、それに従うべきだろう。

震える足を無理矢理動かして、裏門へと走り出す。目指すは………一条教会だ。




「…どうやら、行ったみたいね」

「おい…アーチャーのマスター。どういうつもりだ?まさかアイツ………」

「どういうつもりも何も、死ぬことを黙ってみてる王はいないわ。それに──────」

そこで、白い女はニヤリと笑う。絶対的自信の証明とでも言わんばかりに。

「倒すなら、チャンと──────完璧な状態で倒さないとね」

「………不気味な女だ。まぁ…こっちもマスターからの命令だ。目撃者は余す事なく殺せ、とな。……邪魔すんなら今度は殺すぜ」


そう伝えて、騎士は消え去り、後にはアーチャーと女が残された。

「追わなくても?」

「いえ、良いのよ。あの娘感と運は良さそうだし、多分助かるでしょう。と言うか、ここまで助けておいて死んだらもう知らないわ。さて………そろそろアイツの事が心配だし、帰りましょうか」




夜の道を駆ける。脳内で地図を構築し、教会が何処にあるかを思い出す。

(ここを曲がれば、すぐに………!)

混乱する頭にしては良く働いて、ここ讃ヶ峰市の中心に建つ一条教会に辿り着いた。

…正直、教会は墓石が立つ庭が怖くてあまり好きじゃない。ホラー映画で殺人劇の舞台になるイメージもあるからだろう。


恐る恐る扉へと続く道を歩く。先刻の騎士を思い出して、一瞬足が竦む。また、歩き出そうと足を出して…

「ぁあ、間に合ったな」

振り向く前に横へと逃げる。勢い余って、墓石に身体をぶつけ、立ち上がれない。

私がいた場所を、赤い閃光が通り過ぎる。

「チッ…素人に避けられるたぁな…俺としたことが頭に血が上ったか」


兜の奥の瞳は視えない。ただ、確実に私を殺すという意思だけは理解できた。


「んまぁ…次は死ぬがな。あばよ」


剣が振り上げられる。

視界の内から、中へ。

きっと脳天を貫かれ、脳漿を晒して死ぬだろう。


目は閉じれない。だけど、何も見えない。

視界が白く染まり、そのまま。




ギィンと、金属が響く音でホワイトアウトが晴れる。

その代わりに、黒い布が目の前をたなびく。

その頂点には、真っ白な美しい髪が靡いている。

ああ、この人と、やっと。


「………俺はよぉ。邪魔されんのが頗る嫌いでなぁ。んで、今日だけで2回目なんだよ」

「………恐らく、マスターからの指示でしょう?目撃者は殺せ、と………なら、僕に任せてくれませんか?」

「あ?」

「聖杯戦争において神秘の隠匿は僕の役目です。漏洩を防ぐには殺すだけではありません。それに──────貴方なら、僕の事も大体分かるでしょう?」

先輩が何言ってるのかは分からなかったが、騎士には通じたようだった。騎士は暫く黙っていたが、舌打ちの後に消えた。



「無事で、良かった……立てるかい?」

今朝と同じ笑顔だと考えながら、無意識に差し伸ばされた手を取る。

「あ……ありがとうございます……」

そのまま手を引かれ、私はゆっくりと立ち上がる。「あの、本当にありが─────」

「…それ」「え?」

先輩は、私の手の甲を見つめていた。私も釣られて、手の甲を見る。


今朝の傷が、赤く輝いていた。






「ふむ、なるほど…その騎士に襲われている最中に終夜に助けられた、ですか…」


と、老人は確認をし、私はそれに首肯した。

老人の名前は、一条萬里。一条教会の神父であり、一条先輩の父親らしいが…先輩と違い、真っ当な日本人らしい顔をしている。


萬里神父は頷いて、物語を語るように話しだした。

「貴方は、聖杯戦争に巻き込まれたのです。聖杯戦争とは、簡単に言えば何でも願いが叶う杯"聖杯"を巡って行う魔術儀式であり、数人のマスターがサーヴァントを用いて聖杯の所有者………つまり聖杯戦争の勝者になるべく殺し合うのです。基本的には魔術師がマスターになるのですが…偶に、貴方のような一般の方もいらっしゃいます」

「………は?」

何を言ってるのか理解できない。だが、一つだけ、マスターという言葉だけは聞き覚えがあった。

「サーヴァント…貴方が出遭った騎士や、弓を持った青年の事ですね。彼らは過去の英雄の一端であり、それを従えるのがマスターです。そして」

萬里神父は私の掌をとり、令呪を見せる。

「この令呪こそが、マスターの証、即ち……貴方はマスターに選ばれたのです」


ああ、やはり嫌な予感は当たる。

こんなオカルティックな話を聞かされるなんて、思ってもいなかった。縋るように一条先輩を見るが、先輩は神妙な面持ちで固まっている。

「……信じられないけど、実際に襲われたから………本当、なんでしょうね」

「ええ。貴方のような未だにサーヴァントを未召喚のマスターの為に、サーヴァントを喚び出す為の準備は出来ております」

「その、聖杯?は…手に入れるとどうなるんですか?なにか力が手に入るとか…」

「ええ。聖杯とは即ち万能の願望機。文字通り、財宝であれ、力であれ、なんであれ──────全てが叶います」

全てが、叶う。…そんな訳がない。人を殺すだけで、全てが叶うなんて、そんな。

…けど。もし、本当に叶うなら。

「…それって……死んだ人も、生き返りますか?」

萬里神父は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに元の表情に戻り、頷いた。

「ええ、無論ですとも。…最も、キリシタンとしては認めたくない事なのですがね」

「そう、ですか。そう…………」


直感がやめろと呻く。私はそれに従うべきだ。

だけど、コレを逃せば、もう二度と。


「分かりました。…聖杯戦争に参加します」

「っ…………」

一条先輩が、溜め息のような、うめき声のような声を漏らす。きっと彼は私を巻き込みたくなかったのだろう。


「そうですか。それでは………英霊を喚び出すといたしましょう。終夜、準備を」


萬里神父は立ち上がり、奥の部屋へ入るよう私を促す。



「君は…分かってるのか?聖杯戦争に参加するって事は、殺されるかも知れないって…」

「知ってます。…知ってて、選びました。私も、私にだって…叶えたい事が、あります」

「…そう。そっか。………分かったよ」


独り言のように呟いて、私の手を引いて奥の部屋へと歩いていった。





魔法陣の上に立つ。一条先輩が隣に立ち、私の手を握る。先輩が触れる掌から、だんだんとナニカが身体の中で開いていく。

「それじゃあ、僕の口上に合わせてくれ。…いくよ」

先輩は一息ついて、語りあげる。

「────素に銀と鉄、礎に石と契約の大公。 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

身体が熱い。何か、途轍もないものが来るのだと本能が理解する。

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。 繰り返すつどに五度。 ただ、満たされる刻を破却する」

先輩の声が上ずる。萬里神父の息の音が聞こえる。感覚が、段々とクリアになっていく。


「――――告げる!

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ!

誓いを此処に、我は常世総ての善と成る者、 我は常世総ての悪を敷く者。

汝三大の言霊を纏う七天、 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」



大気がうねる。大地が脈動する。全身が喚く。あまりの衝撃に、私は尻もちをついて倒れ込む。





巨きい。黒曜石が如き肌と、獣が如き眼光。瞳の色こそ紅であれど、先輩とは似ても似つかぬ力が籠もっている。



魔王だ。

それ以外に表現ができない。

少なくとも、それは。

この世の如何なるモノにも、従わせられない存在なのだと理解できた。




「応えろ」

ああ。今この瞬間に。

「貴様が、俺のマスターか?」

私の聖杯戦争が、始まった。

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