とある酒場の一幕
「ふざけてんじゃねえぞジジイ!」
新世界に位置するとある諸島の酒場で店主の老人は複数の男を従えた女海賊に胸ぐらを掴まれ恫喝されていた。
「アタシがあの『魔王 ウタ』だと知ってこれっぽっちの金しか出せねぇのか!?あぁ!?」
「ど、どうかご容赦下さい...これ以上みかじめ料を引き上げればうちの生活が...」
「おいおい爺さんよぉ?言い訳するならもっとマシなの言えよ?」
「姐御はあの麦わらの一味の船員であると同時に赤髪のシャンクスの娘なんだぞ?」
「姐さんがオッさんに襲いかかった貧乏人を追い払ってもらわなきゃ命は無かったんだぜぇ?」
「誠意って奴を見せろや!?」
無論この恩返しには裏がある。『ウタ』が適当に雇った浮浪者を店主に襲わせその借りを返させるという悪どいカラクリがあったのだ。
「払えないって言うならジジィの娘を売りに出させてもらおうじゃねぇか、てめぇが持ってるには勿体ない可愛げがあるしよぉ」
「!?す、すいません!どうか、どうか娘は勘弁してください!娘は持病を患っていて薬を飲まないと生活に影響が出るんです!お願いします!」
店主の必死な懇願に『ウタ』は苛立ちを覚え遂に限界を覚えていたその時...
「チッ!てめぇまじでふざけ「ねぇ」あぁっ!?」
カウンター席に座っていたピンクのパーカーを着込んだ少女が待ったをかけた。
「何だてめえ?大人しく引っ込んでろ!」
「お嬢さん、どうか納めてください!この人達は...」
大丈夫とそう店主に目配せして少女は『ウタ』に面と向かって口を開いた。
「もしかしてアンタが『ウタ』って奴?」
「...だったら何だってんだよ。」
「知ってるよ新聞で見た、遂最近四皇になったばかりの麦わらの一味の船員で歌でみんなを幸せにする色んな意味で有名な人!」
「...へっ!歌で幸せとかそんなガキみてぇな事考えてないが姐さんが麦わらの一味の船員なのは確かだぜ」
「嬢ちゃんも姐御におひねり渡しても良いんだぜ?今なら懐の金4割で勘弁してやるからよぅ」
周りの取り巻き連中も少女に対し下卑た表情で有り金をむしり取ろうとしている。
一般市民は海賊に対して基本無力であり従わなければ命が無いこの大海賊時代においてこの少女も餌食になるだろうと店主はそう思っていた...はずだった。
「え?いやだけど?」
「...はぁ?」
少女はさもあっさりと海賊達の要求を断ってしまった。
「て、てめぇ!姐御になんて口を!」
「だって渡さないじゃん普通そもそもおひねりって言うのは歌や踊りを見て『わーすごーい!』って思ったらお金をあげたくなる事なの。アンタ達がやってるのはおひねりじゃなくて只のタチ悪いカツアゲ。意味分かってないの?」
少女の淡々とした説明口調に苛立ちを覚えた取り巻きたちは怒りを抑えきれず少女に剣を突き立て自分がどういう立場なのかを分からせようとするが
「てめぇ...人が下手に出てりゃいいものを...」
「そんな怒んないでよ海賊さん、それより『ウタ』そんなにお金が欲しいんなら私と勝負しなよ」
「勝負ゥ?」
そう!と快活に返した少女は懐から一つのTDを取り出しメロディを再生させた。
それは1年前彗星の如く現れた謎の配信者が現れ今やソウルキングの楽曲と共に全世界で愛されている歌の一つである...
「これ...【新時代】か?」
「今から私とアンタがこの歌を歌ってどっちが良かったのかを店主のおじさんに審判させる。もしアンタが勝ったら私が今持ってるお金と金目になりそうな私物をアンタ達に渡す、けど私が勝ったらアンタ達は金輪際この店に手を出さないこれが勝負よ」
『ウタ』はその勝負の内容に内心鼻で笑っていた、この店主はこちらに対して従順な態度を示しているのでどちらに勝敗が傾くかは目に見えている。万が一このガキが選ばれる事になるならその時は力づくで黙らせれば良いだけの話だ。
「良いぜ乗ってやるよその勝負、おいジジィ!ちゃんと耳かっぽじってどっちが良いか決めろよ分かってるな」
「ハ...ハイッ!!」
「・・・」
店主に対してあからさまなプレッシャーを与える事しかしない『ウタ』のやり方に少女はフードの下から冷めた目線を送っていたのを誰もしるよしもなかった。
〜〜〜
「新時代だ!!」
大きく息切れした『ウタ』の独唱が終わるやいなや取り巻きの海賊達が盛大に盛り上がっていた。
「ヒュ-!流石姐さんだぜー!」
「お前も『ウタ』の姐御の実力にビビったかー?」
周りからの挑発に対し少女は軽く拍手し
「へーアンタ上手だね、普通に」
「ふつっ!?...ふん!さぁ次はてめぇの番だよ」
はーいと間伸びした言葉で返した少女は酒場の簡素なステージへと向かっていく。
歌なんてどうせ誰が歌っても上手いか下手かの違いしかない、そう『ウタ』は思っていた。
「新時代はこの未来だ
世界中全部 変えてしまえば 変えてしまえば...」
音楽が流れ出し少女が口を開き出すまでは...
「いつまでも終わりが来ないようにってこの歌を歌うよ」
それはこの混沌の最中である大海賊時代に現れた
「果てしない音楽がもっと届くように
夢を見せるよ 夢を見せるよ 新時代だ」
夢と浪漫に溢れた明日に向かって生きたいと
「新時代だ」
そう思わせる美しい歌だった。
「ふぅ...さぁおじさん!どっちの歌が良かったか選んで!」
「...は!そ、そうですね。...私が心に響いたのは...その...おじょ」
バァ-ン!
静寂に包まれた酒場に突如銃声が鳴り響き店主の足元に煙がたちこもった弾痕が店主を現実に引き戻されてしまった。
...撃ったのは眉間に青筋が浮かび怒りで顔が歪んだ『ウタ』であった。
「おいジジィ、てめぇ今何て言おうとしてた?どっちが良いか分かってて言ってんだろうなぁ!?」
銃口を額に突きつけながら怒号が飛ばす『ウタ』に対して冷や汗を流しながらも店主は眼孔を開き力強く言い放つ。
「私は...私はお嬢さんの歌が素晴らしいと心の底から思っています!娘はこの曲を聴いてからそれまでベッドで暗い顔をしてたのが嘘みたいに元気になれたんです!その思い出の曲を素晴らしく歌ったお嬢さんが優れています!」
「チッ!てめえ!」
あぁ...自分はここで死ぬのか。覚悟していたが死の恐怖から思わず目を閉じていった店主は
ガキ-ン!
...死ぬことは無かった、甲高い金属音が鳴り響き恐る恐る目を開くと少女がいつのまにか手にした身の丈以上の槍で『ウタ』の銃を弾き飛ばしていた。
「あ...姐御!?」
「このクソアマぁ!姐さんに何しやが」
「ちょっと黙ってて」
...少女が放った一言。たった一言の言霊が殺気だった海賊達が一人また一人と泡を吹いて気絶していくその異様な光景に『ウタ』は感じたことのない恐怖を感じた。
「お...おい!お前ら!何寝てんだ!早く起き...ヒィッ!」
狼狽えた『ウタ』はいつのまにか壁際まで追い詰められ自身も足腰が立たない状況になっていることに気づき尚自分に槍を向ける少女に対し懇願した。
「な...なぁ...アタシは無防備なんだよ。本当だ!銃もナイフももう持ってない!だからさ!見逃してくれよ!」
「...無防備なおじさんに銃を突きつけたアンタが言う事なの?」
正論を言われしどろもどろな口調になった『ウタ』に対し少女は続け様に言い放つ。
「いい?アンタがさっきまで使ってたのは人を脅す道具なんかじゃない。自分がそれを使うことは自分も傷を負う覚悟がないと駄目な武器なの。...アンタにその覚悟があるの?」
フードの下から覗く冷酷な目に焦りと恐れがピークに達した『ウタ』と不安を増していく店主
緊迫した状況が続く酒場に一人の男が現れ静寂を終わらせた。
「あぁ!やっと見つけたぞウター!探したぞー」
『ウタ』はその男の顔を見て驚愕した。あの顔は知っている、現在の賞金30億ベリーになる前の手配書で見たあの麦わら帽子は...
【モンキー・D・ルフィ】!?
...では今目の前で自分に槍を向けてるこいつは...まさか...!?
「?何だこいつら?お前がやったのかウタ?」
「ルフィ探してもらって悪いけどもうちょっとだけ外で待っててすぐ済むから」
「ん、わかった」
ルフィが店を出ると少女は槍を縮め荷物の中からTDを取り出しメッセージを書き込んだそれを店主に手渡した。
「ごめんねおじさん、私食い逃げしちゃうけどこの人達を海兵に引き渡せばそれなりのお金が貰えると思うからそれでお代と娘さんの薬代という事で!これ娘さんにせめてものお土産、早く体良くなると良いね」
そう言った少女は酒場の扉に手を掛けたとき
「あぁそれとね大事な話」
「な、何でしょうか...?」
「おじさんじゃないよ...アンタに言ってんの」
再び鋭い目線を向けられた『ウタ』は体が震えていく。
「...【魔王】っていう肩書きはアンタみたいな小悪党なんかじゃ背負い切れない大きな力と大勢の命が奪われて積み重なった末に呼ばれているの。」
「覚悟も持たないでせこい金稼ぎにしか使おうと思ってるんなら」
「半端な気持ちで【私】を名乗るの、やめなよ。」
...その言葉を最後に『女海賊』はギリギリまで繋ぎ止めた意識を手放していった。
〜〜〜〜
「なぁウタ、結局あの店で何があったんだ?顔も不機嫌そうだし」
「別にぃ?...ただ」
そう言うと少女はフードを脱いで鬱憤とした感情を吐き出していった
「有名になるのも考えものだなぁって」