とある神鳥の願い

とある神鳥の願い


「……ガルダ、もっと小さくなれないか。こう、シマエナガくらい、小さく丸く」

我を抱えたハタヨーダナの突然の言葉に驚いた。最近は子供組に混ぜられることに文句を言うくらいには発言が増えてはいたけれど、唐突にそんなことを言い出すとは思っていなかった。

【大きくなるのではなく、小さく?】

「ああ。最終的には大きくなってもらう可能性もあるが、まずは小さいほうがいい」

偵察の際に背中に乗せて飛んだりするので大きくなることはよくあったが、小さくなってほしいとの頼みは初めてだ。

薄い灰色の瞳に宿る配慮の光にまあいいかと体を縮める。ヴィシュヌにある程度体の大きさを変えられるようにしていてもらって良かった。……この気遣いを何故この子が生きていた時に発揮できなかったのか今でも疑問だ。いつか気づくだろうと放置した我にも責任はあるのだろうが……早く何とかしろと突き回してやれば良かったか……。

【──よし、と。それで? 何がしたいのだ?】

ご希望のシマエナガサイズになっても我の色は変わらないので赤金のギンギラ仕様だがいいのだろうか?

手乗りサイズになった我を握り飯というのを握るように少し揉んでから、ハタヨーダナが頷く。これがしたかったのかとも思ったがすぐに歩き出したので違ったようだ。我を両手のひらで包んだまま足取り軽く何処かを目指す。

ぱたりぱたりと、体格からすれば軽すぎる足音を軽く立てながらハタヨーダナが向かったのはヴィヤーサの部屋だったが、違和感を覚える。ヴィヤーサの部屋はマハーバーラタ組がしょっちゅう出入りする為に日中とされる時間帯は扉が開け放たれている筈だが、今日はそれがピッタリと閉じていた。

【何かあったのか?】

「あれは合図だそうだ」

【合図?】

インターフォンを押し、名乗って来訪を告げると扉が開いた。

【……なるほど】

扉を開けたプリヨダナに納得した。指の隙間から部屋の中を窺えば小さなラフティーヨダナがヴィヤーサの胡座の中に座って絵本を読んでいたようだ。……子供ではないと聞いていたが、子供にしか見えない。心を休めている最中と言っていたから、そういうものなのだと納得しておく。沈黙は金だと言うし。

つまり、ヴィヤーサの部屋の扉が閉まっている時は彼が休んでいるという合図なのだな。

「なぁに?」

完全に神々の被害者側であるハタヨーダナには少々甘いプリヨダナが首を傾げると、ハタヨーダナが我を隠したままの手を持ち上げる。

「少しラフティーヨダナに見せたいものがあって」

「わしさまに?」

ヴィヤーサの膝から立ち上がったものの扉(外)に近づけないらしいラフティーヨダナが、それでも気になるようでヴィヤーサのストールを掴んだままソワソワと首を傾げた。

「入っても?」

「いいわよ」

声音だけで問えるようになったことに成長を感じていると、許可を貰ったハタヨーダナがほんの少しだけ浮いて足音を立てずにラフティーヨダナとヴィヤーサに近づく。

……これ、正面にいる相手には良いが絶対に他所でやるなよと言い聞かせておかないとな……反射で殺しにくる連中に武器を投げられそうだ。

二人の近くまで進んだハタヨーダナが少し距離を開けたままゆっくりと膝を折って手を差し出すと、ラフティーヨダナとヴィヤーサが一緒になって不思議そうにこちらを見ているのが隙間から見えた。向こうからはどう見えているのだろうか? 何かわからない赤いのがモサモサはみ出しているとか?

「それ、何か飛び出したりしないわよね?」

「しない。……しないでくれ」

【しないしない】

中身がわかっていないプリヨダナはいいが、ハタヨーダナは我をなんだと思っているのだ。

ハタヨーダナが手を開くのに合わせて、頭を上げて目の前の二人に正面から顔を見せるとラフティーヨダナの目が見開かれ、僅かに光が差した。

「わぁ……!」

「おやまあ」

シマエナガを所望ということで、求められているのはこうだろうと思い全力で可愛いこぶる。中身が我なのは仕方がないとして今の見目は可愛い筈だ。おいヴィヤーサ、笑いを耐えているのわかっているからな!

「人の形をしているものより親しめるのではないかと。このくらいの大きさであれば威圧感も無いだろう」

「ちゅん」

いや、待ってくれ。声たっか。自分で驚いたぞ。しかもなんだ「ちゅん」って、我はスズメか。肩を震わせるなヴィヤーサ!

ヴィヤーサに襲い掛かりたい気持ちはあるが、そろっと手を伸ばしてくるラフティーヨダナを驚かせないよう目を閉じて待ちの姿勢を取る。一瞬だけ触れて引っ込められた手が、それでも近くで彷徨っている気配があるのでまだまだ『待ち』だ。

「それガルダ?」

「ああ」

冷静なプリヨダナとハタヨーダナの会話が少々つらいが耐えるとも。ふわりと今度こそちゃんと毛に触れる小さな手のひらのほうが大事だ。すぐに離れてしまいそうな弱さではあるが、それでも毛に感触を感じるのなら彼の手にも伝わっているだろう。

「撫で心地が良いだろう」

「ああ、ふわふわしててあったかい」

手を皿のようにしてみてくれと言われたラフティーヨダナが素直に従うと、ハタヨーダナは小さな手のひらの上にコロンと我を降ろす。一瞬硬直したラフティーヨダナだったが、意識してできるだけ大人しく体制を整えて座り込んでみせれば少しだけ笑ってくれた。

「大きい状態の背に埋もれると極上だ。すぐには難しいだろうが、慣れたらいつか埋もれさせてもらうといい。ガルダは護衛としても十分な戦力になる」

「せなか……」

「たまにシミュレーターで大きなガルダだけ見えることがあると思っていたけど、背中に埋もれていたのかい?」

「ああ。ガルダがいればユユツもユユツオルタもそっとしておいてくれる」

安息を与えたいというユユツたちの気持ちもわからんではないが、意識のシャットダウンをハタヨーダナは苦手としているからな。全力で威圧している。それにしてもヴィヤーサは何処から見ていたのだ……と、問うのは野暮か。此奴確かかなりの高ランクの千里眼持ちだったな。

小さくなった我の体でも溢れてしまう程に小さな手のひらの上で、脚を畳んで体を伏せると両の親指でおずおずと撫でられる。今はそれで良い。

これがスヨーダナやスヴァタントラナマ、スヨーダナ・キャスターやマジカルであれば肩に乗って頬に頭を擦り付けるくらいはするが、この子にそんなことをすれば驚かせて怖がらせてしまうだけだろう。

「アニマルセラピーってやつなのかしら……? ガルダなのはちょっとアレだけど、今は貴方の預かりだものね」

「ああ。“ドゥリーヨダナ”の味方だと思ってくれて構わない。ガルダもその考えでいてくれている。アイラーヴァダもいるが、流石に大き過ぎるからな。まだ怖いだろう」

アイラーヴァダもラフティーヨダナのことを気にしてはいるのだがな。ハタヨーダナの考えのとおり、ラフティーヨダナと触れ合うには早い。

セタンタやキャスターのクーフーリンが連れている犬……狼?でも大き過ぎるし、アスクレピオスが連れている蛇は論外である。毒の有無ではなく、それを持っている可能性だけで無理だろう。ロビンフッドが連れている小鳥やガネーシャのムシカ君は大きさは良いが少々無邪気が過ぎる。となれば理性があって小さくなれる我がこの役割を負うのは当然のことであろう。

動物のようなサーヴァントたちもいるが雷帝や項羽、ロボや鬼女紅葉は言わずもがなであるし、赤兎馬に関してはもう何もわからん。存外真摯な対応をしそうではあるが……まあサイズ的にアウトだ。

しばらく我を撫でていたラフティーヨダナがそっと手を伸ばすのでハタヨーダナが先程とは逆に我を受け取った。時間としては5分程であろうが初回にしては上々だろう。

大きくなると驚くだろうから、小さなままでハタヨーダナの手に収まってラフティーヨダナを振り返ると、ゆっくり手が近づいてきて先程よりしっかりと頭を撫でられる。

「また、なでてもよいか?」

「勿論だ。いつでも声をかけてくれ。遊べる元気がある時に誘ってくれてもいいぞ。最近少し丸くなっているから」

「ちゅん!」

いや、慣れんなこの声。遂に噴き出したヴィヤーサはラフティーヨダナの見えない所で突き回しておこう。あと別に太ってはいない。……もし仮に太っているとすれば、それはハタヨーダナがランサーのビーマから延々渡される菓子を我に横流しする所為である。勿体無いので残せないという気持ちはわかるが、きちんと断れ。

我の頭を撫でていた手が離れるのを待って、ハタヨーダナがゆっくりと立ち上がる。

「そろそろお暇しよう。休んでいるところに邪魔をしてしまった」

「かまわない。……たのしかった」

「そうか」

そこで「なら良かった」とかを加えられるといいんだがなぁ。まあこの鉄面皮が僅かに笑っているのを正面から見ているラフティーヨダナは気づくだろうからいいのだが。

部屋を出て、扉を振り返って覚えたばかりの「バイバイ」で手を振っているハタヨーダナに小さく手を振り返すラフティーヨダナの顔色はそう悪くない。負担になり過ぎずに済んだようだ。

【しかし、よく思いついたな】

大きさを戻し、肩に戻りながら聞くとハタヨーダナがもふりと頬を毛に埋めてきた。

「これが癖になってしまった」

【これ? ああ、顔を埋める行動か?】

「ああ。マスターにも癖だと認識されるほど繰り返していたようで「あったかもふもふは癒されるよね」と」

ああ、彼なら言いそうだ。フォウ君をもふもふーと言いながら撫でているのをよく見るし、我のこともよく撫でている。

「プリヨダナが、ラフティーヨダナには休息が必要だと言っていた。休息とは癒されることなのだろう?」

【……まあ、大きく括れば】

だいぶザックリ認識しているな。今回に関しては間違ってはいなかったが、精神的な療養と肉体的な療養は別であることや体を動かしたりといった対処もあるのだと学ばせるべきか? たまにドゥリーヨダナたちや、ランサーとバーサーカーのビーマたちにシミュレーターで勝負を挑まれては不思議そうなまま付き合ってはいたが、やはり理解していなかったか。

ストレス発散に暴れる者がいるのは別に良いし、頑強だからという理由でハタヨーダナが選ばれるのも別に構わないのだが……この子は本人の気性がおとなし過ぎるから、思い切り暴れて発散するという考えに到らないのがなぁ。どう教えるべきか。

……そういえばユディシュティラの絡み酒も問題だな。この子は「酔っ払いの発言を真面目に聞いてはいけない」と教えた結果悪意なくオールスルーしているから良いとして、ユディシュティラはドゥリーヨダナと仲良くなりたいのならとりあえず正論論破をやめればいいと思う。神々だって奇襲闇討ち嘘八百で戦うのだから多少卑怯なくらい問題無いと思うのだがなぁ。我が不死を得た時の卑怯代表選手インドラだぞ? 考えを変えるのは生前の写し身であるから無理なのか?

思考が逸れた。

しかし、ストレスを認識していないこの子に八つ当たりの概念を覚えさせるのは骨が折れそうだ。

つらつらと思考を巡らせていると「ふふ」と僅かにだが声を漏らしてハタヨーダナが笑った。驚いて首を向けるも、我の毛に顔を埋めてしまっていてその表情を窺うことはできなかった。

「ラフティーヨダナが口角を上げるのも、次を望むのも当機構は初めて間近で見れた。ありがとう」

顔をずらして此方を見る顔は最近見慣れた微笑みを湛えている。

【どういたしまして】

この子の心が少しずつ育つように、ラフティーヨダナの心も少しずつでも癒えればいい。心を知らぬ神の被害者と心を壊された人の被害者では少々在り方に違いはあるだろうが、どちらも癒やされるべき愛おしい子であれば。

神々に畏れられた我が玉体、存分に役立てよう。




「ガルダ、すごい撫でられ待ちしてたわね」

ハタヨーダナたちが去り、閉じた扉を見ながらプリヨダナがクスッと笑った。ヴィヤーサも頷いて口元に笑みを浮かべる。

「だね。つい笑ってしまったよ。彼は大人の精神をしていたはずなのだけど」

「なでられまち?」

再びヴィヤーサの膝に収まったラフティーヨダナが二人の顔を交互に見れば、優しく頷く。

「頭を差し出して目を閉じていたでしょう? あれは相当普段から撫で回されてるわよ」

「自分は当然撫でられると思っている姿勢だね。ハタヨーダナだけでなくマスターにも撫でられてるみたいだし、それこそ子供の姿のドゥリーヨダナたちがよく膝に乗せて撫でたりしているから、そのせいかな?」

ヴィヤーサの言葉を受けてラフティーヨダナは己の小さな膝を見つめた。ドゥリーヨダナたちの中でも一際小さな体ではあるが。

「わしさまも、やってもいいのだろうか」

「ええ。さっきの甘えっぷりを見る限り絶対喜んで乗ってくれるわよ。いつか大きな彼を抱えられるようになったら顔を埋めてみるといいわ。優しくて温かい香りがすると聞いたから」

「そうなのか……うん。いつか、やってみたい」

「ああ。きっと彼もその日を楽しみに待っているよ」

今はまだ二人とバーヌマティーしか見ることのできない、蕾が綻ぶような笑みを浮かべたラフティーヨダナに二人も優しく笑っていた。

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