とある朝、弓道場にて

とある朝、弓道場にて

石川紫苑、茅瀬遥、鳳雛雨夜


学パロ時空。





ある高校の弓道場。1人男が床に座り目を閉じている。弓道着を着たその男は正座の姿勢から動かず、矢と弓を持ってただ鎮座している。拓けた真新しい木目と木肌。ジリジリと響く虫の声。差し込む光はまだ薄く、早朝であることが窺える。

男はゆっくりと眼を開いて、矢を1本2本と床へ置く。カラ、と木の音が床と擦れ、誰もいない空間に響き渡る。ジュラルミン製の矢は軽く、男は1本持ち上げてそのまま握った。握った手を腰の真横に設置すると、立ち上がる。

流された白髪が揺れ、漆の塗られた弓は輝く。


立ち上がって足踏みをし、ゆっくりと姿勢を整える。弓は左膝に乗せられ、右手は弦にかけられる。手の内を整えて男は正面に添えられた的を見た。

向こう側、芝生を超えた向かいにある一つの的。静かな眼が的を見る。そのまま打起しを行い、弓構えの姿勢から両拳が上げられる。ゆっくりと左右均等に引き分けて、会の姿勢を作った。


「...ふぅー...」


ゆっくり息を吐く。雑念考え全てを打ち消して、矢と一体化する。自分が目指すは的に当てることでもなんでもない。


ただ弓を引いて矢を射る。

それだけ。それだけを行う。


男は胸郭を開いて矢を放ち、弦が強く跳ねられる。カァンッと高く響き渡る弦音が空間を支配し、静寂に鋭い音を齎す。

発射された矢は日を浴びながら的に一直線。勢いに乗せられトスッと当たった。


場所は中心より少し下。それでも的中したことに変わりはない。


残心して男は放った矢を見続ける。やがて弦音の余韻が消えると縦横十文字の姿勢から直り、両拳を腰にとって物見を静かに正面へと戻す。その時、ようやく気づいた。


自分を見つめる4つの眼に。



「...茅瀬先生、おはようございます。」

「朝から良いものが見れましたわ。すっごく素敵でした。」


石川紫苑と鳳雛雨夜。自分が育て上げた射手2人。可愛い生徒が朝からいる。

それに気付き、自分が弓道との対話に酷く集中していたことを知る。そうして姿勢を崩して弓を下すと、2人に近づく。


「おはよう、鳳雛、石川。随分と早いね。」

「早く引きたくて堪らないんです。そうしたら紫苑もいたから。」

「俺も...なんだか引きたくて...そうしたら、茅瀬先生がやってたから。」


照れくさそうに笑う2人を見て、自然と顔が綻ぶ。しかしすぐに元へ戻して一言。


「なら、ここから先は君たちに譲るよ。早く着替えておいで。」


その言葉に更衣室に飛び込む背。それを見届けた後、茅瀬は的に刺さった矢の回収に向かった。

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