とある月夜のこと

とある月夜のこと


穏やかな風がふく夜、ゾロは展望室の屋根で一人晩酌に興じる

昼間島で買ったばかりの酒をお気に入りの盃に注ぎ、先程サンジが届けにきた夜食をつまみつつ傾ける

空には十六夜の月が浮かび、静かに海と船を照らしている

「あの日も、こんな綺麗な夜だったな…」

ゾロはそう独り言ちた直後、「…なんて、柄じゃねェか」と言って酒を煽った


思い出すのは村を出る前日のこと

たった一人で住んでいた家の整理をしていると、戸棚から未開封の酒瓶と「ゾロが成人した時に開ける」と書かれたメモ書きを見つけた

メモ書きにあった力強く少し堅い筆跡に、ゾロは見覚えがあった

それは、自分が幼い頃に死んだ父のものだった

その日の夜、ゾロは一人でその酒を開けて飲んだ


(いいか、ゾロ。背中の傷は剣士の恥だ)

(なんでなんだ?)

(お前は、どういう時に背中に傷ができると思う?)

(えっと…敵から逃げようとして、それで斬られた時?)

(そうだ。背中に傷があるってことは、敵から逃げたってことだ。怖気付いて敵に背を向けるなんてことは、剣士として絶対にあっちゃならねェ。だから背中の傷は恥なんだ。まっ、母ちゃんのつける分は別だけどな)

(ちょっと!子どもの前で恥ずかしい事言わないでよ!)


(何があっても、自分の信念に後悔するような生き方はするな。たとえどんな道を歩もうが、何者になろうが、お前が自分の選択に後悔してないなら、それでいいんだ)


十七歳の舌には少し苦い酒を飲み込む度に父との、家族や親友との思い出が脳裏をめぐる

障子から差し込む光は十六夜の月、外に出て眺めていると無意識に涙が零れていた


ゾロは傍に置いていた刀に触れる

「親友(アイツ)の分も強くなる」と誓ったあの日から共にある白鞘の刀

僅かに抜き、キンとならす

約束を忘れていないことの戒めに

刀を傍に置き、飲み干した盃にまた酒を注ぐ

瓶に書かれた銘柄は、あの日飲んだものと同じ

「見ててくれよ」

誰へともなくそう呟き、また盃を傾けた

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