とある日記
○月☓日
今日も虐めは止まらない。陰湿な奴らめ、と唾を吐いても私達を救ってくれる人は現れない。
やつらめ、証拠を徹底的に潰しているし正義実現委員会も上も他派閥も見て見ぬふりだ。
同じ一年のあの二人は話が分かり、協力してくれているのが救いだが…いじめグループは上級生が主体、しかも地位もそれなりにあるときた。
…立場の弱い私達ではどうしようもない。
けれど、これで終わるわけには行かない…私だけがターゲットならばともかく、あの子達まで標的なんだ。
考えなくちゃ、どうにかする方法を、術を…!
○月△日
一人嵌めた。いい気味だ。
派閥を追われ一人ぼっち、虐められ居場所を奪われそして外に追いやられた。
そうだ、摘発ができないなら最初からこうすればよかったんだ。
アイツラが私を標的にした理由…賢いから、それを活かせばよかったんだ!
アイツラの処理はアイツラにしてもらえば良い、なんてシンプルな解決策なんだろうか!
…あの二人には、そして皆には悪いが、私一人で終わらせる。巻き込むわけにはいかない、万が一、万が一この行為がバレれば…破滅するだろうから。
○月□日
聖歌隊に入らないかと勧誘された。
聖歌隊?確か既に無くなっている部活の筈だがと聞いてみれば、そうです、と頷きながらも
「それでも、どうしても、復活させたい」と彼女は言う。
そしてどうやら口だけではなく、各地を駆け巡っては勧誘をし、アルバイトをして資金を稼ぎ、その上で成績を疎かにしないように勉強を頑張っている。
…眩しい。私の今の目的とは真反対、ちゃんとした夢のために進む彼女は私にとって眩しすぎた。
だから、私が関わるべきではない。
彼女の夢は私のような者が汚して良いものじゃない。
彼女には悪いけれど、断らせてもらおう。
計画は順調、私達への虐めが無くなるのも時間の問題だろう。
…けれど、それだけでは他の生徒へターゲットが向くかもしれない。
やるなら、徹底的にやるしかない。
△月□日
奴らのグループ…と言っても下っ端の方だけではあるが、雰囲気が悪くなってきた。
最早私達に構う余裕は無くなってきたようで、こちらへの虐めは日に日に少なくなってきている。
皆は首を傾げつつも…どこか、感づいている様子ではあった。けれど、何も言わないでくれた。
ありがたい、何かを言われたのなら決意が鈍っただろうから。
このままで終わらせないという、決意が。
ああ、もう止まれやしない。止まるわけにはいかないんだ。
△月○日
どういうわけか、私は聖歌隊の彼女…ムツに勉強を教えることになった。
キッカケは図書室でうんうん唸っていた彼女に声をかけた事。
どうしたのかと問う私にムツは
「テストの点数が危なく、けれど勉強は苦手でアルバイトや聖歌隊活動の時間も削れない…でもテストの結果が悪かったら聖歌隊の活動を禁止されるかもしれない」
そう答えたムツに私は勉強を教えることを提案した。
誰かを陥れる事にしか使わなかったこの知恵をちゃんとした形で使えるのなら…なんて、思ってはいけないのだろう。
誰かを陥れた時点でもう、戻れないのだから、今更いい人には戻れないのだから。
けれど、それはムツには関係のないことで、ムツがピンチなのに見捨てる…そんな事をする理由にはならない。
…なにより、聖歌隊のために努力を重ねている純真な彼女を放っておけなかった。
△月△日
メール、SNS、手紙に細かな嫌がらせに…ちょっとした不和の種。
一人でこっそりと仕込むのも随分と慣れてきた。計画を建てることに関してはこの知恵に信頼を置いてはいるが、肝心の実行に関しては自信はなかったが…この身体は上手くやってくれた。
結果が出るのが楽しみだ、結果が出るまで…ムツに勉強を教えることにした。
今日は古典を教えた…暗記に躓いている彼女に「覚え歌で覚えてはどうか?」と何気なく助言すると…すぐに彼女は覚えてしまった。
歌に関する彼女の記憶力は良いようだ。
あの日から定期的にムツに勉強を教えている、彼女は虐めのことは知らないようだ…まあ、シスターフッドを中心に、しかも聖歌隊のために動き回っている彼女にはこっち側の事情は知る由もないだろう。
それに知らないでいてほしい。
優しい彼女の事だ、この事を知ってしまえば…止めるだろう。
あるいは…協力してしまうのだろうか?私の決意を踏みにじれず、けれど別の解決方法を思いつけず、そして見過ごすことも見捨てることもできない彼女なら…
ああ、それならば尚更知らせる訳にはいかない。
だから、今は。ただの図書室の親切な人として、振る舞おう。
△月☓日
やってやった!上の連中も疑心暗鬼だザマァ見ろ!私の復讐を終わらせてなるものか!
あの子達も、あの二人も何も言わない、それで良いんだ!
話しかけないでくれ、これは私だけの復讐なんだ!これは、私がやらなければならないことで、これは私のするべき義務だ!ああそうだ、壊す、壊さなければ!早く!アイツラを!
まだ計画は完遂してはいない、早急に進めなければならない!
今日はムツに数学を教えた。
流石の覚え歌も基礎的な計算間違いには勝てないようで、ムツは頭を悩ませている。
こればかりは慣れるしか無い…いや、全てに言える事か。
私はすっかり、あんな計算に慣れてしまった。
…彼女がこの式を解く事がない事を祈った。
けれど私は…誰に祈ったのだろう?
神様なんていないのに。
そんな事を言えばムツを悲しませてしまうから言わないが…けれど、神様とやらに祈るムツにはどうしても…哀れだと、思ってしまう。
哀れなのは、私の方だというのに。
□月○日
多少勘付かれつつはあるが計画は順調、そろそろ…上も取り入ってくれる頃合いだろう。
最早アイツラに派閥としての組織力は残っちゃいない、密告するなら今だ。
…崩壊し全てを失うアイツラの顔が!最底辺へ堕ちるアイツラの姿を見るのが楽しみだ!
上機嫌になりながら今日もムツに勉強を教えた、ムツもテストでいい点を取れ、その上最近は聖歌隊の人数も増えてきたと言う。
明日練習風景を見に来ないかと誘われた…入りはしないと決めたが、見るくらいなら良いだろう。今更止めようにも止められない状況であるし、それに。
最後の思い出として、これ以上良いものは無いだろうから。
□月△日
なんでだよ。どうしてお前がそこにいるんだよ。どうしてお前がそこに、どうして、幸せに笑ってるんだよ。
復讐したはずなのに、追いやった筈なのに。なんで、なんて、思ってもアッチはこっちを覚えちゃいない。
ただ幸せに…聖歌隊で、歌っていた。
そして私が追いやった原因とも知らず挨拶をしてきた。
…無表情を保つのに苦労した、ムツの前であんな顔はしてはいけない。
アイツはどうやら、ムツに拾われたらしい。
…正確には助けられた、だろうか。
虐めの現場を偶然見たムツがその小さな身体を震わせながらも、間に入って…救った。
シスターフッドで可愛がられ、校内でも好意的に見られているムツには流石に手を出せなかったかそいつらは引き、そして救われたアイツはムツに入れ込んで…ああ、クソッタレ。
なんでだ、どうしてだ。
どうしてお前は救われるんだよ。
□月☓日
復讐は終わった。アイツラはもう見る影もない。なのに何も感じれない。あの日から、もうこの復讐に意味を見いだせない。あの笑顔を見た日から。
ちょうど、アイツらが復讐しにこっちに来ているようだ。いい機会だ。
むつ、ごめん。
□月●日
ムツの容態はよくなってきた、私の頭の傷がどうとか言うけど関係ない。
ムツ、ムツ。ごめん、ごめんなさい、最初からこんなこと、ごめん、ごめん、ごめん。
ムツ、怒ってよ。どうして、撫でたの。私のせいなのに。どなってよ、けいべつしてよ。
なんで
□月■日
全部話した、ムツは全部聞いてくれた。なのにムツは、抱きしめて、つらかったねって。
つらかったのかな、わかんないや。
もう、なにも考えられないから。
●月□日
今日、ムツがべんきょうを教えてくれた。でもね、ムツ。
もうムリなんだよ。ぼーっとしてきて、白くなって。
もうあの日からね、考えたくもないんだ。
気力も頭もなくなってさ。
本当にごめん。それに、日に日にひどくなってさ。
もう、どうしようもないんだよ。
●月○日
私は悪いことをしたから、バツがおりる。
やっぱり、バレちゃうんだよムツ。
かくしてくれたけど、でもね、悪い人はさいごにはオシオキされるから。
●月☓日
むつ?なんで
まるがつさんかくにち
きょうは、なしこちゃんとあそびました!
それとね、かしこちゃんがえほんをよんでくれたの!
おもしろかったです!
それとね、せいかたいのみんなとあたらしいおうたをうたうことになりました!
うれしいな、ずっときょうがつづいてほしい!
○月□日
今日は調子がいい。
頭が回るうちに聖歌隊の事務作業を手伝う。
これぐらいしか恩返しができないから。
…どうしてこうなったのかは、もういい。
私は聖歌隊で、奉仕とやらをすることになった、それだけなのだから…ムツにしては頭が回ったよね。
それにあの二人…ツルギとハスミ。
今や正義実現委員会のツートップだっけ?も協力してくれてさ。
それに私を受け入れてくれた聖歌隊の皆、お互いに謝りあったあの子。
本当に、ありがとう、皆。
さて、事務作業に戻る事にする。どうせ明日になったらまたああなる、そうなる前に終わらせなければ。
…戻る前に、もう一回。
ムツ、ありがとう。