とある料理人の夢の話

とある料理人の夢の話



偉大な航路帰りの海。

全ての食材が集まる海を見つけることこそ叶わなかったが、俺はそこに奇跡の海の可能性を見出した。

気の知れた料理人仲間と立ち上げた船で、再度態勢を整えたらまたオールブルーを目指そうなんて話だってしていた。


ーーーだがその夢は、嵐海の藻屑になって泡沫のように消え失せたのだ。


***


(ーーー何も、無くなった。)


共に夢を追う同志を喪い、追い迫る海軍を蹴り散らした先で拾った招待状に導かれこの場にやってきたのは単なる気まぐれだった。


招かれた城の先には所狭しと料理が並んでいた。


入り口で受け取った飲み物片手に、目についたピラフを口にする。

瞬間、味の感想より先にぐわりと口の中に唾液が溜まる。

(ーーー美味い。)

がっつきそうになる手を必死に抑え食事を続ける。


食べやすいように食感を残した野菜や魚介、苦手な人間が多い食材ひとつひとつ施された工夫、味は勿論見た目や色味でも客を楽しませてやろうという気概すら感じる盛り付け、どんな種族でも食べられるよう用意された食器やカトラリー。

これは、この料理を食べる人の為に精一杯の心を込めた料理だ。

ーーーここまで他人の為に尽くす料理を作れるとは。

思わず舌を巻いてしまうほど、この会場にある全ての料理には、作り手が食べる相手を想う気持ちが込められていた。

それなのに。


並べられた料理は、気持ちこそ誰にも負けない程あるにも関わらず、どこか教科書通りにも取れるようなチグハグさを感じる。


ふと、大鍋によそられた牡蠣の味噌汁が目に入る。

一口飲んで気がついた。

これは7年ほど前に出版された本にある、俺も試したことのあるレシピだ。

著名な料理人が書いたのだというそれは確かに大衆受けする味を示している。

しかしあの調理時間だとどうしても味噌汁の味に僅かだが濁りが出てしまうのだ。


(……勿体ない、な。)


この料理を提供した料理人はそれに気がついているのだろうか。

ーーーそこまで考えて、柄にもなく他人の料理に興味を抱いていることに気がついた。


(どうやら俺ァ、あの嵐を経験して何かが変わっちまったらしい。)

だがしかし、そんな変化も悪くないと思えてしまったのだから、もうどうしようもないだろう。


とりあえずはこの料理を作った料理人の顔でも拝めないかと、厨房に続くのであろう薄暗い廊下を進む俺の口角は、久方ぶりに上がっていたかも知れない。


***


あの場の料理を作ったのは自分だと名乗りあげたまん丸い頭は、随分と幼なげな少年の形をしていた。

随分とぞんざいな俺の言葉にも食いついてきたガキ。


「おれ……!行きたい場所があるんだ、すべてが集まる海!!だからなんでも作れる料理人になりたい!短い間だけど、よろしくお願いします!!!」


ガキの口から溢れた言葉に、「オールブルーを見つけたい」と願ったかつての自分の言葉が重なる。


クセのない、まっさらな真っ直ぐさ。

素直なソレは、どんな調理法にも馴染むナスのよう。

ただやはり、その料理は何処かの本をなぞるように「お手本通り」だ。

ーーー美味いことには間違いがないが、それではやはり勿体ない。


せっかく優秀な嗅覚も味覚も持ち合わせているのにその感覚を使わない手はない。

己の知りうる調理法を見せながら、奴が己で味の組み合わせや調理法の工夫を考えるだけの余白も残す。

全てを教えてしまうことは簡単だ。

だが俺はコイツが己の手ひとつで考えたコイツだけの料理を食べてみたいのだ。

全てを教えて仕舞えば意味はない。


熟し満たされる前のこのガキが、何処は「誰かのため」の料理だけでなく、「自分のために」料理を作る日が来たら。


「おい、チビナス!」


コイツのレシピに1番に口にするのが俺であれば良いなんて。


「次の調理に移る。ぼさっとしてる時間はねェぞ!」


今日はなんて、柄にもないことばかり考える日だろう。


だが。

今日と明日、たった2日間の関わりを糧にしたチビナスが、いつかチビナス自身が1から考えたレシピでオールブルーの食材を料理する日が来たなら。

やつの笑顔は、いつか俺が仲間と夢見た全ての海と同じ色をしているのだろうか。


(俺が一緒にオールブルーを見つけたいと願った奴らは、もういない。)


それは、かつての俺の夢とは少し違う色をした夢。

けれど料理人としては同じ色をした夢。


ーーーこのチビナスが、夢を叶えるのを見たい。


そんなおもいは、空っぽの俺に見えた、新しい夢のかけらだったのかも知れない。


とある料理人の夢の話


○・○・○


スレ主様いつも素敵なお話をありがとうございます!

投稿範囲内ならSS投稿可とのことで、ゼフさんがサンジさんに料理を教えようと思った経緯についてゼフさん視点で妄想してみました。

問題等ありましたら削除します。


スレ主様の文章を読み、

>>45で

きっとこのゼフさんは料理を振る舞う仲間を失ったばかりで、このサンジくんは未だ己が料理を振る舞う理由になる仲間が居ないから2人ともどこか満たされてない空っぽ仲間なのかもしれないな……

似たもの同士の空っぽ仲間の2人が唯一追い求めるのが全ての食材が集まるオールブルーだと考えるとなんかエモいな……

なんてレスを自分でした結果生まれた文章でした。

このサンジくんはきっと本で読んだレシピを試すばかりで自分なりのアレンジとかは挑戦してこなかったかも知れないなぁ。


いつの日かサンジくんが0から考えた自分だけが作れるフルコースをゼフさんに振る舞う日が来たら良いな、という思いを込めて。



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