とある放課後の一幕
「…ふぅ」
ヴァルキューレ編入試験の過去の問題集の答え合わせを終えて一旦息をつく。
結果は9割正解というものだった。
何度も繰り返し解いているため正答率は上がっているが、
それでもケアレスミスも多いことが答え合わせで良くわかる。
出来ればもう少し正答率を上げてから編入試験に挑みたい。
「…ググググ!ハァ…」
背伸びをして体をほぐし、窓の外を見る。
もうすでに夕方になっていて、夕日が湖面に反射して、辺りが茜色に染まっていた。
アビドスの砂は例の事件で水へと変換された。
ミレニアムの人達の調査によると、水は普通の淡水なのだそうで、
アビドス砂漠はたった一日でアビドス湖になった。
そんなアビドスは対策委員会や現地の人達、
事変の影響でアビドスへ編入した人達が今頑張って再開発中である。
プワーン!
そんなことを考えていたら、今のアビドスの名物の一つである水列車の音が聞こえてきた。
ふと水列車の到着時刻を思い出し時間を確認する。
水列車は今のアビドスの動線にもなっていて、一般の人達も利用している路線が…!?
「…もうこんな時間!?」
時計を見たら水列車が発射するまで14分しかなかった。
アビドスは観光地として知名度を上げつつあるが、
まだ再開発の途中で色々と未調整な部分がある。
一般の路線もその一つであり、
その時刻の水列車に乗れなかった場合、私はこの区画に取り残されることになる。
ここから駅まで約15分…急げばギリギリで着く可能性がある。
私…本官は片付けの後、勉強のために外していた眼帯を付けて
荷物を持って部屋を飛び出した。
~十五分後~
ハイランダー鉄道学園からアビドスに転校した生徒が運行する水列車が水上を走っている姿が見える。
沈む夕陽も相まって、それだけで一つの絵画のようでした。
…現実逃避はここまでにしまして
「…間に合いませんでした」
結局間に合わなかった。
時間がギリギリだったこともあるが、道中で困っている人を見つけて、
その人を助けていたことも間に合わなかった原因の一つだろう。
…ですが後悔はありません!困っている身近な人を助けることが本官の正義ですから!
フブキがいたら『それで自分が困ってる人になってたら意味ないじゃん』と言われそうですが…
「どうしましょう…」
裸足になって線路を歩くという手もあるが、
日が沈んで暗くなる中で明かりもない線路を歩ける自信がない。
…というより以前試した結果、足を踏み外して全身ずぶ濡れになるという憂き目にあった。
グゥゥゥゥ…
「…お腹すきました」
そういえば、勉強にかまけて昼ご飯を食べていなかったことを思い出す。
この辺りに飲食店はあったでしょうか?そう考えていると…
パラリーラリ♪パラリリラリー♪
チャルメラの音が聞こえてきた。音の方向を向くと、
「…屋台?」
水陸両用に改造された屋台を発見した。
その屋台には暖簾がついていてラーメンと書かれていた。
「あちゃー…やっぱりいたか」
店主と思われる方が屋台から私に声をかけた。
「嬢ちゃん。水列車に乗り遅れたんだろ?」
「どうしてわかったんですか!?」
もしかしてこの方、観察眼がものすごいのでは…
「いや駅で項垂れてたら誰だって乗り遅れたって思うが…」
「……」
それもそうですね…早とちりをしてしまいました…
グゥゥゥゥ!
「!?」
お腹の音が鳴ってしまいました…聞かれたでしょうか?
「…ウチのラーメン食べるかい?」
「…はい」
お恥ずかしい限りです…
~数十分後~
それからお言葉に甘えて屋台の方で待たせてもらっていた。
日も沈みきった頃、名前を聞いていなかったことを思い出し、店主の人に名前を伺ったところ、
周りの人達からは主に柴大将や大将と呼ばれているそうで、本官も大将さんと呼ぶことにした。
店の名前も柴関ラーメンというそうで、なんでも元々はアビドスで経営していたそうだが、例の事変の影響でアビドスを離れていて、
最近になってアビドスへと戻ってきたとのこと。
「申し訳ありません!」
話を聞いて本官は頭を下げて、謝罪をした。
「うぉ!?急にどうした嬢ちゃん!?」
「例の事変には本官も中毒者として関わっていて、一般の方々に多大なご迷惑をおかけしました!」
直接ではないとはいえ、中毒者として本官は…私は大将さんに迷惑をかけた。
謝罪だけでゆるされることではない。でも何もせずにはいられなかった。
「頭を上げてくれって。何もしてないお客さんに頭を下げられちゃ、逆にこっちが悪いことをしてるみたいじゃねぇか」
「ですが!」
「謝罪はいいから、味の感想を教えてくれ。ほら」
そう言われて、目の前に大盛りのラーメンが置かれた。
グギュゥゥゥゥゥゥゥ!
…元々空腹だったこともあり、本官はラーメンに手を付けた。
ズルズルッ
「!!」
「どうだい?」
「美味しいです!」
本当に美味しかった。空腹と言うことを抜きにしても、今まで食べたラーメンの中で一番美味しい!
ズズズッ、パクッ
スープも具もどれも美味しくて、本官は夢中で食べた。
「ご馳走様でした!」
気付けば大盛りだったはずのラーメンを綺麗に完食していた。
「おう、良い食べっぷりだった。食べっぷりの礼として、運んでやるよ」
「いえ!?そこまでは…」
「気にしなさんな。元からそういった生徒がいるか確認するためにこの辺を回ってるんだからな」
「ありがとうございます!」
何から何まで、本当にお礼を言い足りなかった。
「…その代わりと言っちゃなんだが、こっちも質問いいか?」
「なんでしょう!本官に答えられることならなんでもお答えします!」
「…その眼帯、ファッションかい?」
「……」
やっぱり気になりますよね…
「…いや、やっぱり都合が悪いなら言わなくていい」
「…砂糖の後遺症です」
「…やっぱりか」
大将さんが悲しげな表情をした。
本官は少し嘘をついた。
いや、後遺症というのは事実だ。
けど悲しげな表情をされるようなものではない。
「…私はまだマシな方ですよ」
「……」
「…○○地区までお願いしてもいいですか?」
「……おう」
…なんとなく気まずくなってしまった。
何か別の事を…そういえば
「どうしてこの辺りを回ってるんですか?」
先程の話で気になることを質問した。
「お、おぉ…そうだな」
話によると、バイトの人が列車に乗り遅れる生徒がいることを話しており、
大将さんはそういった人がいないか確認のために回っているそうだ。
「そのバイトの方はお休みですか?」
「いや、材料の買い出しを頼んだんだが…そういえば遅いな…」
そんな会話をしていたら…
ウーーーー…
「「?」」
サイレンの音が聞こえた。それに続けて…
『…待ち…』
何やら声が聞こえたのでそちらを見ると…
「「!?」」
水上で追いかけっこが行われていた。
片方は普通の水上バイク…もう一方は…
「対策委員会…」
それは対策委員会の人が用いる専用水上バイクだった。
何があったか様子を見ていると、追われてる方のバイクがこっちに向かってきた。
ブウゥゥゥゥゥゥン!!!バッシャーン!
バイクは猛スピードで水上をかけていった。
幸運なことに屋台の被害はなかったが
もし当たっていたら、ひっくり返っていた可能性があるほど危険な運転を相手はしていた。
それを追って対策委員会のバイクも来た。
「『いい加減止まりなさい泥棒!!!』あぁもう、こういうのはアヤネちゃん向きなのに!」
対策委員会のバイクに乗っていたのはセリカさんだった。
「セリカちゃん何があったんだ!?」
「あっ、大将!聞いて!アイツ泥棒よ!」
「「泥棒!?」」
話を聞くと、あの人は元は二人組で、買い物に行く途中のセリカさんに一人が道を尋ねてセリカさんが答えている間に
もう一人が荷物を盗っていったとのことだった。…柴関ラーメンのバイトってセリカさんだったんですね。
「片方は捕まえたけど、今バイクに乗ってる方はすばしっこくて中々捕まらないのよ!オマケに荷物もあっちが持ってるし…」
「そうだったんですね…」
「…ところで、アンタ確かキリノだっけ?」
「?…はい、本官に何か」
「『魔弾』の異名で」
「ああ!?ワー!?アー!?聞こえません!本官そんな痛い二つ名知りません!」
中毒者時代の黒歴史をどうして言い出すんですか!?
「怪我もしてないのに眼帯してるのは十分痛いじゃない!…ってそうじゃないわ!アンタ後ろに乗りなさい!」
~~~
「ようやく撒いたか?」
水上バイクをいったん止めて後ろを見る…
アビドスが観光地として賑わっていく中で相方と思いついたこの稼業…
どうせ被害者のアビドスの生徒は元は中毒者…前科者だった奴らだ。
そいつらから盗みを働いたところで何の問題もない…はずだった…
「よりにもよって対策委員会とか…運が悪すぎだろ!」
今回のターゲットに選んだ奴が対策委員会だとは夢にも思わなかった。
対策委員会…今のアビドスの生徒会、いわばトップ中のトップだ。
「クソッ!相方も捕まったしどうすれば…」
とりあえずアビドスから離れようと考えたところで…
バン!
「痛ってぇ!?」
なんだ!?いきなり両目に痛みが…まさか…
「撃たれたのか…一体何処から!?」
辺りは明かりになるものが一切ない真っ暗闇だぞ!?
オマケにここは水辺のど真ん中…
周囲には足場になる場所もない…つまり超遠距離からの射撃…
こんな距離を撃つなんてどんなスナイパーだよ!?
とにかく逃げ…
バン!バン!バン!
「グワッ!?」
手のひらにも何発も!?どんな射撃の腕してんだ!?というか物理法則どうなってんだ!?
というかこれじゃアクセルを握れねぇじゃねえか!?
こうなったらバイクを置いて泳いで…
ザザッ『見つけたわよ泥棒!神妙にお縄につきなさい!』
その声が聞こえ、目を開けると…
アタイは既に追いつかれていた…
「…参った」
~~~
泥棒を捕まえた後、
私はセリカさんに住んでいる寮まで運んでもらい、遅れた理由を寮の管理人の方に説明したところだった。
列車に乗り遅れた私が言うことではないが、元中毒者の人達にかけられた時間制限はとても厳しい…
既に夜中になっていたのでなおのことだ。
今回は対策委員会のセリカさんも一緒だったので信用してもらえて何よりでしたが、
それが無かったらもっと怒られていただろう。
そう考えていたら…
バシッ!
「…やるじゃないキリノ!」
セリカさんに背中を叩かれた。
「アンタのおかげで、犯人を捕まえられたわ!」
「い、いえ…本官は大したことは…」
「まぁ、材料の買い出しは明日になっちゃったけど、
財布を含めて荷物を取り返せたのは間違いなくキリノの協力があったからよ。良ければアビドスの治安維持」
「すみません、それはお断りします!」
セリカさんが言おうとしたことを遮る。きっとスカウトなのだろう…
本官はヴァルキューレに戻ることを目指しているので、アビドスのスカウトは断ることにしているのだ。
「そう?…それだったら明日以降、対策委員会の呼び出しがあると思うから」
「え!?…本官は悪いことは…今はなにも」
「感謝状よ感謝状!」
「あっ、そうでしたか!」
また早とちりをしてしまいました。
「あと『今は』って元中毒者だからだろうけど…誤解される可能性もあるからその言い方やめたほうがいいわ」
「は、はい!」
そんな会話をしながらセリカさんはバイクに乗りこみ、最後に…
「素直に来なさいよ。…終わったら柴関で奢ってあげるから」
そう言い残して、去っていった。
「ありがとうございます!!!」
聞こえているかはわからないけど、私は遠くへ行くセリカさんに声の限りでそう答えた。
そうして部屋に戻り、ベッドに座る。
それにしても、今日の夕方は色々なことがありました。
色んな発見がありましたが、一番印象に残ったのは…
『ありがとうねぇ…散らばった荷物を拾ってくれて…ビニール袋が破けちゃって…』
「やっぱり、駅に向かう途中で困っていたおばあさんのお礼ですね」
大将さんとの会話も印象深いけど、
やっぱり本官はおばあさんのお礼の言葉ぐらいが一番性に合ってるのだろう。
「……ふぅ」
『私』は改めて眼帯を見る。
砂糖の後遺症…医者に聞いた話では、基本的には良くない効果の方が多い。
だが、極稀にプラスに働く人もいるそうだ。
『私』は後者だった。
両目がしっかり見えている場合、狙った場所や物に命中させることができる。
むしろ中毒者時代よりもその精度は強くなっており、
これは内緒だが、中毒者時代にも出来なかった銃以外を命中させることも出来るようになった。
今回は闇に乗じて一定の距離に近づいて撃ったが、
多分、大将さんのいた場所から撃っても命中していただろう。
それでも本官は『私』の射撃能力は苦手だ。
ズルをしている気分になるし、『私』の方に慣れると
能力が無くなった場合に支障が出てしまう。
それに『私』の能力はあまりにも強力だ…絶対何かしらの反動がある。
片目だけでも閉じると逆に狙った場所に絶対に当たらなくなるのは反動と言えなくないが、
それ以外にも何かしらの落とし穴があってもおかしくない。
だからできるだけ使いたくないのだ。
ベッド近くの窓から外を見る。
水面に映った月が綺麗だった。
たしか月は自分では光らず、太陽の光を反射して光っているそうだ。
何となく今の自分のようだった。
「…本官は小さくても自分で輝く星を目指します」
なんとなく、そんな誓いを立てた。
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(SSまとめ)