とある女の異世界転移
誰かに優しく触れられて目を覚ました。目覚めたのは見知らぬ森のような場所で、私に触れたのも見知らぬ人。
私の知るどの場所とも違う空気に、二度と元の所に帰れぬ場所に来たのだと自覚する。思わず、涙があふれだした。
幼い頃、私はいつもお腹を空かせていた。
裕福なはずの国で、生きるに困らない程度の生活をしていた両親は、自分たちの日々しか見つめていなかった。
それでも生まれたのだし死んでしまえばそれはそれで困るという事で、死なない程度に蔑ろにされながら、しかし蔑ろなので満たされることなく育ってしまった。
そんな形で育ってしまって満足に人間になれるものかというと……少なくとも私は、きちんと人になれなかったような気がする。
自分を売りつけて手に入れたお金でご飯を食べても、情欲で身体を温めても、いつだって飢えていて、次から次に不義を働き続けてしまった。
一応は学校に行っていたし道徳教育というものも受けていた。受けていたけれど、どうしようもない渇きを癒すためにどうすればいいかわからなかったからそうなってしまった。
自分を満たすものが何かわからないまま日々を過ごしていた中で、事故と私の転機は起きた。私と何人目かの彼氏が暖めあっているところに、その彼氏の妻が凶器をもって乱入してきたのだ。
流石に驚いた。私に引っかかるような男に、ここまで情熱的なパートナーがいるだなんて想定外だった。
そいつはまず彼氏の頭をかちわり、次に私を殺そうとした。私はベランダまで逃げて、女の振りかぶった凶器を何とか避けた。
振り降ろした凶器の重みに引きずられるように、女がベランダから転げ落ちてしまったのを見届けた。不幸な事故だった。
浮気をするような男のために手を血に染められるような強烈な感情も、その感情が報われずに死に一直線に向かってしまう事も、私には衝撃的だった。
そして衝撃的すぎて、その一連の流れの時は人生の中で常に漂っていた渇きを忘れていた……忘れることが、できてしまった。
ずっと悩まされていた飢えが、渇きが消えていた事に気づいた私は、自分を満たす物に気づいてしまった。
一応は学校に行っていたし道徳教育というものも受けていた。
受けていたけれど……どうしようもない渇きを癒すためにどうすればいいかわかってしまったら、そうすることに躊躇はなかった。
生きたまま怪異のように過ごすようになった私の事を、誰も許してくれないのだと気づいていたけど。
手当たり次第に人の頭をかち割っては逃走を繰り返す怪人として、私の姿と名前は一気に全国に広がった。
そうなると狙いやすい状態の人はどうしても少なくなってしまうし、私はまた渇きに苦しめられるようになった。
癒された瞬間があるからこそ苦しかった。
「私が生きていても、許されるような場所はないのかしら」
あまりの苦しさの中、そう呟いて寝たのが、私の故郷で過ごした最後の瞬間だった。
誰かに優しく触れられて目を覚ました。目覚めたのは見知らぬ森のような場所で、私に触れたのも見知らぬ人。
私の知るどの場所とも違う空気に、二度と元の所に帰れぬ場所に来たのだと自覚する。思わず、涙があふれだした。
ああ、きっとここは、私が生きていてもいい場所だ。
手に触れた石を握って、私はうれし涙と共に振りかぶった。