とある喫茶店にて

とある喫茶店にて

ナナシ






「よー。待たせちまったな、大赦ワイ」

「いえ、私も今来たところなので」

 

 

涼し気な顔でお店に入って来た夏ワイさんが、私の前の席に座ります。

体格こそ二メートルを超える大男な夏ワイさんですが、飄々とした態度と優雅とも言える挙動で周りへの威圧感を無くしています。

事実、オシャレな喫茶店に大男が突然入って来たにも関わらず、周囲のお客は誰も気にした素振りを見せていません。

……こういう所を含めて、才能に愛された男と言えるのかもしれませんね。

 

 

「すみません。お忙しいところ、貴重な時間を頂いてしまいまして……」

「なーに、今はそこまででもねーよ。むしろ、お前や園子ちゃんの方がよっぽど忙しいだろ?」

「そうですね。私はそうでもありませんが、園子様の方は……。それでも、最近はようやく少し落ち着いて来ましたが」

 

 

我が主、園子様が大赦の代表となられて早数年。

事実上、この四国を治めるリーダーとなられた園子様は書類の決裁や、私達神官や巫女の皆様、防人の方々への指示、夏ワイさんや結城様、USA様方への本土調査の打ち合わせなど、目も回るような忙しさでした。

最近は私も多少なりとも書類仕事ができるようになり、また風見君もこちらの仕事に加わるようになったため、園子様にも若干の余裕ができるようになりました。

喜ばしいことです。

 

 

「ま、仕事が忙しいことは良いこととも言うが、忙しすぎるのもアレだわな。お前も少しは要領よくやれよー? 多少のズル休みは結果的に仕事の効率改善に繋がるぜ?」

「いえ、私は園子様の付き人なので休むわけには……。それと、夏ワイさん。もしかしてこの時間も……」

「おう。書類仕事を春信の奴にぶん投げてきた。今頃、あいつカンカンかもなー」

 

 

しれっとサボりを自供しながら、注文したコーヒーを飲む夏ワイさん。

年齢に見合わないこういう気さくな所が、彼の魅力に繋がっているんでしょう。

……いえ、フォローしきれませんね。

サボりはよくありません。

 

 

「……後で、春信さんに差し入れを持っていきます」

 

 

とはいえ、夏ワイさんに無理にこの時間を作ってもらったのは、私の都合です。

夏ワイさんを責めるよりも、私が春信さんに謝罪した方がいいでしょう。

春信さんにはいつもお世話になっていますし。

 

 

「相変わらずクソ真面目だねー。ま、そういう生真面目な所に園子ちゃんは惚れたんだろうけどなー」

「……恐縮です」

 

 

園子様と恐れ多くもお付き合いをさせて頂き、しばらく経ちます。

最初、私は園子様が一介の神官と恋仲であることが周囲にバレると、園子様にご迷惑になると考え、お付き合いを隠そうと思っていました。

ですが、園子様曰く「今更なんよー」とのことで、交際の次の日には堂々と人前で手を……恐れ多くも、繋がせて頂いたり、お昼時には……は、恥ずかしながら、あ、あーん、といったことも……してしまいました……。

私個人としては大変幸せでしたが、園子様の風評が悪くならないかと、別の意味でもドキドキしてしまいました。

……ですが、周囲の方々からは「ようやくか」「まだ付き合ってなかったの!?」「園子様おめでとうございます」「あの鈍感な大赦ワイをついに落としたのか……」「流石、園子様!」「はよ結婚しろ」などの祝いの?言葉を頂きました。

……私は知らなかったのですが、どうやら私と園子様の両片思いは周りの方々にはバレバレだったらしく、中にはいつ付き合うかを賭けていた人もいたくらいです。

ちなみに、この賭けで大儲けしたのが、今私の前の席に座っている現代のヘラクレスさんその人だったりします。

 

 

「で、今日はどうしたんだよ? なんでも俺に聞きたいことがあるとか、ないとか?」

「はい……。実は可及的速やかに夏ワイさんに相談したいことがありまして……」

 

 

真面目な顔になった夏ワイさんがコーヒーカップをテーブルに置かれます。

その動作も洗練されており、男の私でも思わず見惚れそうになってしまいます。

 

 

「へぇ。わざわざ俺に相談、ねぇ。春信とか風見の奴とか、それこそ勇者部のメンバーとか、他にも色々と相談相手はいただろうに。俺の相談料は高いぞー」

「はい。覚悟の上です。私にできることなら何でも致します。その代わり、夏ワイさんの知恵をお借りしたいのです」

「ほう……」

 

 

今回の私の悩み事を相談できる相手はそう多くありません。

おそらく、最も適格かつ真摯に話を聞いてくれるのが、この夏ワイさんだと私は信じています。

 

 

「とりあえず、ここの代金はお前が払えよ?」

「もちろんです」

「よし、言ったな? 店員さーん! 今日のランチと、サンドイッチセットと、ペペロンチーノ単品と、今日のデザートと、イチゴのショートケーキ単品をお願いしまーす!」

「さ、流石によく食べられますね……」

「知ってるか、大赦ワイ? 人の金で食うメシが二番目に美味いんだぜ?」

「一番は?」

「嫁さんの作ったメシに決まってんだろ。言わせんなよ、恥ずかしい」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「んじゃ、本題に入りますか」

 

 

テーブルに大量にあった料理を全て平らげて、優雅に三杯目のコーヒーを飲みながら、夏ワイさんが口を開きます。

 

 

「わざわざ俺を相談相手として呼んだんだ。割と深刻なことなんだろ?」

「……はい」

「だろうな。ちょっとした悩み事だったら、お前は良くも悪くも相談なんかしねぇ。普通の悩みならUSAや犬ワイにでも聞けば良い。園子ちゃん絡みの悩みだったとしても、須……美森ちゃんや銀ちゃんがいるから、わざわざ俺を呼ぶ必要はない」

 

 

……流石です。

 

 

「今回の悩み事は俺にしか頼れない……つまり、そこそこ深刻なことだって俺は読んでんだけど、違うか?」

「……いえ、流石は夏ワイさんです。概ねその認識で間違っていません」

 

 

素直に頭を下げる。

飄々とした態度やその強さにも関わらず、夏ワイさんの頭の回転は恐ろしく早い。

かつての邪教団残党の時も夏ワイさんの機転のおかげで、私達は無事に帰って来ることができたほどです。

 

 

「で、今日はなんの悩みなんだ? いよいよ、園子ちゃんにプロポーズでもするのか?」

「……それも、視野には入れております」

「マジで!? お前が!? 園子ちゃんに! 自分から!? え、園子ちゃんからのプロポーズを待つんじゃなくて!?」

「……その反応は、結構傷つくのですが……」

 

 

……いえ、分かりますよ?

告白もする勇気もなかった私がプロポーズなんてできるわけない、と思われるのは。

ですが、あの時とは事情が違います。

かつての私は園子様を幸せにする自信がありませんでした。

ですから、自分の気持ちに蓋をして、園子様からの想いに気付かないようにして、園子様のお見合い相手を自分で見繕おうとするような……園子様曰く、クソボケな男でした。

 

 

でも……今は違います。

 

 

「私は園子様に笑顔でいてもらいたい。幸せになってもらいたい。そして……その隣に私も立っていたいんです」

 

 

夏ワイさんはポケットに手を入れながらも、真剣に話を聞いてくれます。

 

 

「園子様に想いを告げて、実際にお付き合いさせて頂いて……ようやく気付けたんです。私は後ろから着いていく関係ではなく、この人の隣で一緒に歩んで行きたい、と」

「……主従関係じゃなくて、恋人……厳密には夫婦の関係になりたい、ってか?」

「はい。恐れ多い事なのは百も承知です。でも、あの人を本当の意味で笑顔にできるのは……僕しかいないと、今は確信を持って言えますから」

 

 

昔の自分なら決して出ないようなある意味傲慢な言葉。

でも、今は自信を持ってそう言えます。

 

 

 

 

 

「私は、必ず園子様を幸せにしてみせます。絶対に」

 

 

 

 

 

「……かーっ! 熱いねー! おまけに甘い! コーヒーに砂糖入れてなくてよかったわー! ……俺も夏凜ちゃんに会いたくなってきたぜ」

「ははは……すみません。で、ですので、今日はそのお手伝いをしてもらいたく、夏ワイさんを呼ばせて頂きました」

「おう! おう! 何でもこの夏ワイ様に言ってみな! あのクソボケ大赦ワイがここまで漢気を見せてるんだ! 可愛い、可愛い、弟子の園子ちゃんの幸せのためだ! いくらでも一肌脱いでやるよ!」

 

 

よかった……。

無いとは思っていましたが、万が一にでも断られたらどうしようかと思っていました……。

この相談事は誰にでもできるようなものじゃない、デリケートな話題ですから。

 

 

「で? 俺に何を聞きたいんだ? 今は気分いいから、ここの昼飯代以上の代金は請求しないでおいてやるぜ?」

「ありがとうございます。それで、聞きたいことなんですが——」

「おう! ドンと来い!」

 

 

 

 

 

「——私に、馴染の娼館を紹介してほしいんです」

 

 

 

 

 

「…………………………は?」

 

 

唖然とした顔で夏ワイさんが呟きます。

珍しいですね、夏ワイさんがこんな顔をされるなんて。

そこまで突飛でもない相談内容だとは思ったんですが……。

 

 

「…………OK、大赦ワイ。もう一度、落ち着いて、ゆっくりと、話してくれ。……俺に、何を紹介してくれだって?」

「はい。私に、娼館か、もしくは娼婦の方を、紹介して、ほしいのです」

「……聞き間違いじゃねーのかよ……。ウソだろ……?」

 

 

夏ワイさんが空……というかお店の天井を仰ぎます。

……おかしいですね?

年頃の男性からの質問としてはよくあるものだと思ったんですが……。

 

 

「……ちなみに、なんでだ? 恋人のいるお前が娼館に行く意味なんてねーだろ?」

 

 

恐る恐るポケットを見ながら、夏ワイさんが尋ねられます。

 

 

「実は、私は生まれてこの方そういう経験が皆無でして……」

「……まあ、別に珍しくはないんじゃねーか? 今日日中学生や高校生で童貞を捨てるやつも多いが、三十歳を超えて魔法使いになる男だって今でもいるからな。……ていうか、お前。園子ちゃんとはヤってないのか?」

「はい。婚前交渉はどうかと思いまして。園子様には一度誘われたのですが、私の方からお断りしました」

「……絶対それ、誘われたの一度だけじゃないぞ」

 

 

夏ワイさんがどこか遠くを見てますが、この話題とは関係ないでしょう。

 

 

「ですが、私も男なので、正直このまま結婚まで我慢できる自信がないんです」

「お、そうか。だったら、今すぐ園子ちゃんと子作りしたいです!って頼みに行けばいいと思うぞ? ……土下座しながら」

「いえ、今すぐにするつもりはないんです。むしろ、そのために娼館に行きたいと言うべきか……」

「……なんだ? もしかして園子ちゃんと婚前交渉したくないから、性欲を他の女で発散したいのか? それが理由なら、俺はもう帰るぞ?」

「あ、いえ。別にそんな理由ではないです」

「……じゃあ、どういう訳だ?」

「婚前交渉はできるだけ避けたいのは事実ですが……。実は、そのこと自体はゆゆワイ様や犬ワイ君に相談した結果、責任を取るなら問題ないのではないかと思うようになりまして……」

「グッジョブだぜ、ゆゆワイ、犬ワイ! そういえば、そいつらは結婚する前からズッコンバッコンしてた奴らだったな! ……んじゃあ、猶更なんで娼婦を紹介なんて頓珍漢な話になるんだよ?」

 

 

訝し気な夏ワイさんの目を見ながら、私は答えます。

 

 

「園子様との初めてを失敗したくないので、先に練習しておきたいんです!」

「………………」

 

 

……なぜか、すごく可哀想なものを見るような目で見られてます。

お、おかしいですね……?

初めてを失敗したくない、というのは誰しもが思うことでは……?

 

 

「別に……失敗してもいいんじゃないか……? そういうのも含めて、夫婦の経験だと思うぜ……?」

「いえ、私だけが失敗するのはともかく、この場合は園子様の初めてが失敗する、という意味でもあるんです。それだけは絶対に避けなくては……!」

 

 

女性にとって初めての夜がどれだけ重いものは、私にも分かってるつもりです。

人生に一度きりしか存在しない特別な夜……。

それを私の不慣れさで台無しにするわけにはいかないのです!

 

 

「私は、園子様を絶対に幸せにすると決めたんです。ですので、初夜で失敗するなど決して許されないんです……!」

「あ、はい」

「なので、まずはその道のプロである娼婦の方に教わり、然るべき時に園子様との初夜を迎えるつもりです」

「……エッチな本とかAVとかで勉強してもいいんじゃないか?」

「勉強自体は園子様お手製のほにゃ本などで、今もしっかりとしています。ですが、夏ワイさんもよく言われている通り、実践に勝る練習はなし。独学でやるのにも限界があるので、後はプロの方に教わろうかと思いまして」

「あーそっすねー」

 

 

ゆゆワイ様や犬ワイ君も実際にほにゃほにゃするのは全然違った、と言われてました。

それに、どうしても初めてだと痛がらせてしまう、と。

……ならば、私が先に経験を積んで、園子様の負担を軽くしなくては!

 

 

「夏ワイさんなら通われている娼館や馴染の娼婦の方も知ってると思ったので、紹介してもらおうと今日はお呼びしました」

「……俺は今日ここに来たことを、すっごく後悔しているところだよ……」

「なんとか、紹介して貰えないでしょうか。できるだけ園子様と年齢や体格、スリーサイズが近い方がいらっしゃれば、猶の事いいのですが……」

「…………………」

 

 

……本日二度目の可哀想なものを見る目で見られました。

じ、自分でも今の条件はどうかと思ったのですが、できるだけ園子様と近い体つきの方と体を重ねた方が練習にもなりますし……。

 

 

「お願いします! こういうことを頼めるの、夏ワイさんしかいないんです! 私のほにゃほにゃの練習を見てくれる方を、紹介してください!」

「………………わかった。とりあえず、馴染の娼館で条件の当てはまるお嬢を探してみるから、実際の紹介はまた後日でもいいか?」

「もちろんです! ありがとうございます!」

 

 

良かった……!

これで断られてたら、あとは娼館を虱潰しに回るしかありませんでした……!

ありがとうございます、夏ワイさん……!

これで園子様との初夜に一歩近づけられました!

 

 

「それと、今日の飯代は俺が払うから、別に奢る必要はないぞー」

「え? で、ですが……」

「なーに可愛い後輩の相談なんだ。これくらいはロハでやってやるよー。…………この後のことを考えたら、流石に哀れになってくるしな……」

「あ、ありがとうございます! ……正直、助かりました。これからは、できるだけ娼館に通うつもりでしたから、お金はいくらあっても足りませんでしたから」

「ソッカー」

「本当に……ありがとうございます、夏ワイさん!」

「イインダヨー」

 

 

なぜか夏ワイさんが優しい顔で微笑まれていますが、よしとします!

 

 

待っていてください、園子様!

必ず最高の夜をお届けできるように、私も頑張りますので!

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「……行ったな? ……よし。あー、聞いて……いたよな? あ、何も話さなくていいぜ!? 今のお前絶対怖いから! ……まあ、ちょっとだけ許してやってくれ。同じ男として、惚れた女に恥をかかせたくない、って気持ち自体は俺も分かるからな。……だからと言って、交際相手がいるのに、堂々と娼館通いを口にするのはどうかと思ったが。いや、悪かったって! 俺だって巻き込まれた側なんだぜ!? アイツがプロポーズの言葉なんて口にするとは思わなくて、俺も思わずテンション上がっちまったんだよ!? これ聞いたら喜ぶだろうなーと思って、ポケットの中で隠れてスマホをお前に繋いだんだよ! あの流れからあんな会話になるなんて、誰が予想できんだよ!? …………おう、落ち着いて……はいないだろうけど、とりあえずは暴れんなよ。いや、安心しろよ。マジで紹介するつもりはないからさ。……とりあえず、もう今夜か明日にでもやっちまえ。あの朴念仁を飛び越えたクソボケ野郎はそうでもしないと一線を超えないぜ? ……ああ、そうだな。ま、頑張れや。クソボケだけど、アイツがお前のことを誰よりも大切に思ってるのも事実なんだからよ。……ああ、頑張れよ、園子ちゃん」

 

 

——ピッ、ツー、ツー……

 

 

 

 


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