とあるよそ者イッカの末路
(イッカネズミの共食い描写があります)
夜のテーブルシティ、ポケモンリーグへ繋がる門の近くで。
”パパー、ママー、おなかすいたよぉ…”
”ごめんね、今ママたち食べられるごはん探してるからね…”
”うーん、飲食店は何処も腐ったごはんしか出さないなぁ…”
4匹家族のイッカネズミが、腹を空かせていた。
パルデア最大の都市であるテーブルシティは、毎日多くの残飯が出る。
その残飯がポケモンリーグ付近のイッカネズミの主食なのだが、夏場は残飯の腐敗が早く、
食べられる量が少なくなり、その結果食いっぱぐれるイッカもいるのだ。
”ねえ、アカデミー行ってみない?”
”アカデミー??今あそこ行っても腐ったごはんしかないよ?”
”最近アカデミーで、イッカネズミを沢山飼い始めた女の子がいるんだって。その人に一緒に飼ってもらえば、きっときれいなごはん一杯食べられるわよ!”
”仲間が沢山いるなら、いい所に違いない!”
”僕とつがいになってくれるガールフレンドも出来るかな?”
”よーし決まりだ。アカデミーへ出発進行!!”
そうしてそのイッカは、壁や配管を伝って起用にアカデミーへ侵入した。
―――待っているのは、同胞の姿をした異種である事も、知らずに。
***
寮の廊下を駆け回りながら、父ネズミは妻に聞いた。
”で、なんて言うんだ、その女の子は?”
”アオイちゃんって言うんだって。部屋がどこにあるかは知らないけど”
「アオイー、おやすみー!」
「おやすみー!」
アオイと呼ばれた少女が、寮の一室のドアを開けた。
”…あそこか”
”窓から入れそうね”
バスルームの窓から、アオイの部屋に入る事は可能だろう。
”朝ごはんが楽しみね”
***
壁をよじ登り、僅かに空いていた窓をこじ開け、飛び込む。
バスルームのドアは、開いていた。
”…なんか、変な匂いしない?”
子ネズミが、異常に気付く。
”…ほんとだ”
両親は、その匂いに強く反応し、奇妙な高揚感に襲われていた。
”毎日ご飯が食べられるなら…家族、多い方がいいでしょ?”
母ネズミは、期待に満ちた眼差しで夫を見つめた。
しかし、ドアの向こうにあったのは楽園ではなかった。
其処は、彼らにとってソドムとゴモラのような悪徳の園であった。
大量のワッカネズミ達がまだ起きている子ネズミの前で交尾にいそしみ、
高濃度のフェロモンにあてられたのか子ネズミまで交尾のまねごとをしている。
そして―――尋常じゃない数の子ネズミとタマゴが、母ネズミたちの体から産み出されている。
”見ちゃダメ!!ここはあなた達にはまだ早い場所だわ!!”
自らも発情しかけながら、母ネズミが、子ネズミの目を塞ぐ。
が、既に遅く―――
”こんばんは、みんな何してるの?僕もやってみたいな”
もう1匹の子ネズミがフェロモンで興奮し、部屋にいた異性の子ネズミに声をかけた。
”パパとママたちはねー、こうb…”
彼女が答える前に、彼の視界が赤く染まった。
”ダメでしょ、うちの親戚じゃないよそ者は食べなくちゃ。ただでさえご飯足りてないんだから。みんなー、夜食よー”
その母ネズミが声を掛けると、夫と思しきオスと2桁はいる子ネズミが集まって来た。
”いっただっきまーす!!”
たった今部屋に入ったばかりの同胞を、細切れにして分け与える。
一方、目の前で我が子が同胞に食われた事でやっと自分たちが招かれざる客であることに気づいたイッカは。
”悪いけど、君らは仲間じゃなくて、ごはんだから”
”私達は新種なの。あなた達よりも、すぐに、沢山、家族が増やせるの”
取り囲まれる前に、慌ててバスルームの窓から逃げ出した。
が。親ネズミと、残った方の子ネズミは混乱の中ではぐれてしまった。
”どうしよう、私達ワッカネズミに戻ってしまったわ!!”
”子供はまた作ればいい、今は逃げるぞ!!”
エントランスの方へ向かったワッカネズミ達の体が、宙に浮かんだ。
”脱走兵、はっけーん♪”
その声の主は―――代表的な、ネズミの捕食者。
”マスカーニャ…!!”
”あんたら、外から来た系?ここで生まれた系?”
”君は、アカデミー生のポケモンか!?他の生徒のポケモンを食べたら、君の飼い主が責任を問われるぞ!?”
”どっちにしても、うちのご主人はあんたらを好きで飼ってるわけじゃないからね~。はい、どーぞ”
マスカーニャは、母ネズミの方を隣にいるラウドボーンの口に投げ込んだ。
”あなたぁぁぁー!!”
母ネズミは、ラウドボーンが口を閉じるその瞬間まで夫の瞳を見つめて叫んだ。
最愛の妻が、目の前で飲み込まれた父ネズミは生還の望みを捨てて、ラウドボーンに向けて最期の懇願をした。
”お願いだ…僕のことも君が食べてくれ。最後まで、妻と一緒に居たいんだ”
”ごめんね。ぼくらも2匹だから、ワッカネズミは1匹ずつ食べる事にしてるの”
”という訳で、あんたは私が食べるわね。大丈夫よ、奥さんとは天国でまた会えるから”
そう言って、マスカーニャは父ネズミを食べた。
***
一方。
”パパ…ママ…どこいっちゃったの…”
はぐれた子ネズミは、教室のある棟を彷徨っていた。
「おや、珍しいな。イッカネズミの子供が1匹でいるとは」
懐中電灯を持った声の主は、アカデミーの教職員らしき人間であった。
その声に安心した子ネズミは、人間に近寄っていく。
”すみませーん、この辺でワッカネズミを見ませんでしたか?”
「1匹では無力なポケモンとはいえ、油断は禁物…ゆけ、ハブネーク」
人間がボールを投げると、中から出たハブネークが、子ネズミめがけて飛び掛かる。
出くわした人間が自分に敵意を持っていると悟った子ネズミは必死で逃げ回るが、やがて力尽きてへたり込み、抵抗も出来ぬまま飲み込まれていった。
「戻れ、ハブネーク…ったく、油断も隙もありゃしない」
巡回者の正体は、アカデミーの歴史学教師、レホールであった。
アオイのイッカネズミの爆発的増殖が判明して以降、手持ちをローテーションで史料の保管庫の警備に当たらせ、自らは警備員と共に深夜の巡回をするようになった。
「最初はアオイがイッカネズミの管理を誤ったかと思ったのだが、どうやら大穴の神秘に触れてこうなったようだな…やはり、大穴には何か人智を越えたものがあるのだ…」
『イッカネズミの管理も出来ない貴様に、災厄を任せておけん』
そんな事をアオイに言おうとした自分を、少し後悔した。
「とにかく、ネズミ共に史料を傷つけられないのが第一の目標だ…ジニア先生が早く真相にたどり着いてくれればいいのだが」
レホールは、明日も速いので教職員の寮に戻る事にした。