ちゃんと優しい方の話

ちゃんと優しい方の話


夢を見ていた気がする、それも凄く酷い夢を見ていたはずだ。その夢の果て、目前でアクアが刺され死に行くそんな最低な夢。まどろみの中でああ、これは夢だと認識している自分もいた。それとは別に抱きしめていたアクアから引いていく熱を現実だと認識している自分も居たがそのどちらも夢だとしたら、この身に感じている絶望もまた夢へと溶けてくれるのだろうか。…それでも、どちらも夢であってほしい。そんなまどろみの中、聞こえてくる懐かしい声に私は飛び起きるがごとく目を、覚ました。


「あっ!やっと起きたね、ルビー!」

「マ、マ…?」

「それにしても凄い汗だねぇ、怖い夢でも見てたの?」

「う、ん…ちょっとね…」

「あ!でも早く起きてね。アクアがご飯作ってくれてるから」

「ごはん………アクアッ!?」


部屋着のまま私は部屋を飛び出してリビングに駆けだし、キッチンに立っている兄の姿に思わず抱き着いてしまった。目に涙をためて、その熱を確認するかの如く、強く強く抱きしめて。困惑している兄を涙目で眺めて…ああ、やっぱりあっちが夢だったんだ。ママもアクアもミヤコさんも居るあっちではありえなかった幸福な夢の家族。


「どうしたんだよ、ルビー」


あの日聞いた台詞、でもあの時のような絶望感はない。ただ私を心から心配してくれている兄の声に私はもう限界を迎えそうで、それでも必死にこらえて抱き着いてる。


胸を打つ鼓動も規則的で、緩やかに止まっていったあの日とは、違う。


「アイ、ルビーのやつどうしたんだ?」

「それがね、何だか魘されてたの」

「怖い夢でも見たのか?」

「うん、すごく怖い夢。ママとアクアがいない寂しい夢だったんだ」

「…そうか、それは兎も角ルビー」

「なに、あくあ」

「飯が冷めるから、早く着替えてこい。今日、入学式だぞ」

「あ、うん。わかった」


部屋に戻る途中、少し冷静になった頭で考えた、アクアの言う入学式が何を指しているのか分からなかった。いや、分かってはいるのだけど…どうせアクアは普通科で私は芸能科だから一緒に通う事はできても一緒に居られる時間は少ないのが残念で…でもアクアが芸能科にいたらそれはそれで大変だし、良いのかもしれないね。


「また、アクアと一緒に学校に通えるんだ…それにしてもよくできた夢だなぁ」


夢か現実かを試す、世の常の行いを自分の頬で試してみる。痛い、痛い……夢じゃ…ない?夢じゃないなら、アクアから目を離さないでおこう。アクアが穏やかに笑って居られる世界なら、私はもう何も望まない。まぁ構ってほしいけど…そこの心配はいらないかな。アクアってシスコンだし。


「おい、飯冷めるぞ」

「あ、ごめん…ねぇアクア、確認したいんだけど」

「今日の放課後はアイとミヤコさんがお祝いしたいから早く帰って来いって言ってたけど」

「そうじゃなくて、やっぱり普通科なの?」

「は?いや、一緒に芸能科行くって言ったろ」

「…ごめん!変なこと聞いて」

「いやまぁ、ルビーが変なのはいつものことだし」

「酷くない?!」

「アイもミヤコさんも待ってんだから早く来いよ」

「分かってるよ」

「あ、それと。制服にあってる」


…率直な反応を見せてくるアクアに、私はまた撃沈しそうだ。私はアクアがせんせだという事を知っているからこその反応なんだけど、アクアには他意がなさそうだから今後が大変だなって、だって入学したらあの二人がクラスメイトで先輩もいる。アクアの貞操は私が守らなくちゃだ。


「ルビー早くしろ、アイの空腹が限界だ」

「ごめん、すぐ行くよ」

「まったくしっかりしてくれ」

「勉強以外はちゃんと頑張るよ」

「勉強も頑張ってくれ、頼むから」

「私の子が朝からイチャついてる…かわいい…」

「大丈夫よ、アイ。あなたもあの二人と一緒に居る時凄く可愛いから」


「それじゃあ、行ってきます」

「ママ、ミヤコさんいってくるね!」


「ミヤコさん、やっぱり二人の写真撮りに行っちゃだめ?」

「仕事を早急に片づけて、あの人に黙っていきましょう」


どうやらこれは夢じゃない見たい。私だけ時が戻ったみたいで、でもママもアクアも生きてる。笑ってる。私はこの世界で、前の世界でつかめなかった平穏で楽しい思い出をたくさん作っていけるのが堪らなく嬉しい。だから、恋は先手必勝だよね!


「ねぇ、アクア。一つ伝えて良い?」

「急になんだよ」

「私、16歳になれたよ。せんせ、あの時の約束守ってくれる?」

「…はぁ?!いや、まさか…さり」


「今はルビーだよ。だからね、アクア」


「私を貴方の推しにしてくれるんでしょ?」

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