ちなみに紅茶は紙パック

ちなみに紅茶は紙パック


※娘ちゃんの名前は撫子ちゃん


大変に過保護な父から離れたいという理由で、現世で産まれた元隊長の子供や滅却士の生き残りの保護と周辺の監視をする任務に手を上げた。

父には反対されるかと思ったがすんなりというか驚くほど呆気なく見送られてその時は拍子抜けしたものだった。


なにせ母から離れたくないという理由で頑として隊の移動と隊長の就任を拒み続けた男であるし、アタシが家を出るときも裏から手を回そうとして面倒くさく揉めたのだ。

また知らないうちになんやかや大人の事情的な事態が発生してたまたまアタシの現世任務がなくなったとか、そんなことになるのではないかと心配していたのでなにもなかったことにむしろ驚いた。


でも今ならその理由もわかる。父は直接的な戦闘が少ないだろうことに加えて、別にどんな時でもこちらの様子を見に来ることができるから首を縦に振ったのだと。

そしてそれを眼前に現れた明らかに気合いの入った服装でバチバチに決めた父に嫌というほど思い知らされているのだ。


「な、なんで……」

「父兄の参加も認められているんだろう?案内に書いてあったよ」


口答えを封じられて口ごもるアタシを嬉しそうに撫でる姿は端から見れば反抗期の娘と優しい父親に見えるだろう。

……いやどうだろう。なんか雰囲気が堅気じゃないから、怪しげなパトロンとでも思われているかもしれない。冗談ではないが。

なんで今日に限ってあの外面だけは人畜無害みたいな眼鏡姿でなくノー眼鏡でオールバックなんだ、こんな格好ヤクザかホストくらいでしか見たことないのに。


「しかし随分と可愛らしい格好だね、給仕の姿になると聞いていたけれど」

「給仕やなくてメイドと執事や、ジジイみたいなこと言わんでくれる?歳バレてもしらんで」

「それは男装だろう?変わったことをしているね」

「そんぐらいキャッチーやないとウケへんねん、なによりイケとるやろ」


長い髪を後ろでまとめた姿はそれなりに好評だった。ジャケットは当番ごとに着回すのでちょっとサイズが大きいけれどそれもそれっぽくていいとかなんとか。

母に借りた黒のスラックスははけるかどうか不安だったけど、それも大丈夫だったし格好にはなんの問題もないはずだ。

そして問題しかないメイドはみんな客引きを断固拒否したのでここにいない。無理もないとは思う。


「とにかく帰って!仕事はどないしたん!!」

「日程の調整をしてね、二人揃ってこちらでの仕事を終えたあとだよ」

「てかオカンはどこや?来ん言うてたのに」

「絶対に止められるから、まぁ……色々とね」


色々とねじゃないが。娘の文化祭に顔を出したいがために自分の妻であり職場の上司を撒いたんだか振り払ったんだかする大人がどこにいる。

いやここにいるんだけど、そしてそれがアタシの父親なんだけど。なんでこいつが野放しなんだろうか、優秀だからか、そうか。


そもそも空座町の管轄は五番隊ではないので、この近くで任務がある時点でなにかしたのは明白なのだ。

それなのに母が父を止められなかったのだとしたら、それはもう計画的な犯行かなにかしらの実力行使が疑わしい。


「カフェなんだろう?紅茶でも貰おうかな」

「オトンに出す紅茶なんて一滴もないわ」

「客の選り好みはいけないよ」

「敷居が高くてすまんな、帰って」


ぐいぐいと押しても地面に根でもはってるのかと思う程にびくともしない。そしてアタシが必死だと父が嬉しそうなので腹が立つ。

しばらく押し問答しているとよく知っている声がそれはもう大音量で「コラァ!惣右介!!」と父の名前を呼んだので、やっと回収されるという安堵と静かに来て欲しかった気持ちで頭を抱えそうになった。


よく見なければ似てる部分の分かりづらい父と違い、一目で明らかにアタシの血縁だとわかる母がよく通る声で怒鳴ればそりゃあ目立つのだ。

度重なる直視したくない現実から逃避気味の脳みそは「いやオカン足ほっそコンパスの親戚か?」とどうでもいいことを考えている。もうアタシにはなにもできない。

そして明らかに人間の歯形がチラッと襟元に見えた気がしたことを、出来ることなら今すぐにでも忘れたい。


「惣右介!やめろ言うたやろ!」

「おや真子さん、早いお着きですね。もう少しかかるかと思いました」

「うるさいわボケ!かわいいからって撫子困らせとんちゃうぞ!とっとと帰るからな!」

「……早よ連れて帰って」


小柄な母に耳を引っ張られて耳元でギャンギャン怒られているのに、父は今日もいい天気ですねとでも言いたげな顔をしている。

どうせ母がそろそろ来ることもわかっていたのだろう。アタシに構えて母に構ってもらえるなんて一石二鳥とでも思っていたのかもしれない。大変に迷惑である。


「撫子ちゃん、さっきのあれ誰?」

「…………オトンとオカン」


嵐のような有り様に連れて帰るにしてももうちょっと目立たない方法は無かったのかと母に抗議したくもなったが、父の対処などできる者は母しかいないのでなにも言えない。

幸いにしてその後は無事に連れて帰ったと連絡がきたので、アタシはそっと胸を撫で下ろした。


両親を見た生徒の噂が巡りめぐった結果「香港マフィアの殺し屋とそのターゲットのお嬢様が駆け落ちした末に出来た娘」となっていることを一週間後に聞いたアタシが父に苦情の鬼電をしたことは言うまでもない。


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