ちからつきた

ちからつきた


「はぁ、ハァッ――っくそ、最悪だ……!」

肩で息をしながら、ライムは悪態をついた。ライムの周囲は未知のポケモン達に取り囲まれている。その未知のポケモン達が足蹴にするのは、ライムが下した無粋不躾な侵略者達の屍。

「ジュペッタこごえるかぜ!ミミッキュはかげうちで撹乱!」

ジュペッタが放った冷気に凍えるテツノカイナ達の影に飛び込んだミミッキュが、影の中を駆け抜けざまにその鋭い爪で引き裂いていく。あまり大きなダメージは与えられた様子はないが、本命はミミッキュではない。

「今だっ!ぶちかましなストリンダー!」

テツノカイナ達の防御がほんの少し崩れた隙に、ストリンダーのばくおんぱが突き刺さる。そこらの野生のポケモンなら、これで既に瀕死か逃げ帰るだろう。

だが、パラドックスポケモン達はそうではない。ぐらりと大きく体を揺らしはしたが、それでもその目はハッキリとした殺意を宿したままだった。

「ミミッキュかげ――!」

即座に次の指示を繰り出そうとする。しかし、ミミッキュが爪を振るうよりも、テツノカイナ達が動き出す方が早かった

『ミギュゥウッッ!!』

「っ、くそ、戻れ!」

テツノカイナのアイアンヘッド。効果は抜群。それが何重にも小さな小さな体に降り注ぐ。痛ましい悲鳴を上げながらひんしに追い込まれたミミッキュを、慌ててボールに逃がした。先程までミミッキュの小さな体があった場所へ、テツノカイナの巨躯が沈む。

「ヘビーボンバー……ははっ、マジで殺しに来てやがる――!」

ミミッキュが、あのヘビーボンバーを食らっていたら。脳裏にべったりと張り付く不穏な未来に冷たく震える背筋を抑え込んだ。

範囲攻撃を得意とするストリンダーを厄介に思ってか、テツノカイナ達は徒党を組んでストリンダーへと飛びかかる。

「良い的だ!もう一度ぶちかませ!ばくおんぱ!」

そうして搔き鳴らした魂の音擊に、今度こそばたばたとテツノカイナ達は倒れ行く。

「よしっ、後は――」

それに、ほっと息をついた。その時。

『カゲッ!』

「っな――!」

ライムの守備に回っていたミカルゲが、ライムを横へと勢いよく押し飛ばした。ライムの驚きに見開いた目には。

「……ぁ」

ミカルゲの本体であるかなめいしが、激しい水流によって粉々に砕けた瞬間が焼き付いた。伸ばした手は何も掴めず、苦しそうな顔をしながら世界に溶けて消えていくミカルゲを、呆然と見送った。

水が飛んできた方向にいたのは、二体のテツノツツミ。ストリンダーのばくおんぱに紛れて、こっそり近づいてきていたのだろう。

「……ちく、しょう」

二体目のテツノツツミが、ライムに向けて袋の先を突きつける。狙撃に抜かりはないと、無表情なブリキの顔が、何処か愉快げに歪んで見えた。

ジュペッタ、ハカドック、ストリンダーが、何とかライムを庇おうとする。しかし、間に合わないどころか、崩れた陣形の隙をつくように、パラドックスポケモン達にポケモン達があっさりと蹂躙される悲鳴が聞こえた。

――ごめん。姉さん。

一人残してしまう肉親に謝罪の言葉を残して、放たれたれいとうビームの目映さにそっと目を閉じた。



「……いっだっ?!」

しかし、ライムを襲った感覚は、貫かれた腸が凍り付く冷たさでは無く、地面に自慢のダイナマイトボディが打ち付けられる痛みだった。目を白黒させながら目を開くと、そこには予想外のポケモンが羽ばたいていた。

「モスノウ……?」

太陽の光をさんさんと浴びて、透ける羽はキラキラ煌めく。れいとうビームを庇ったモスノウは、強かに体を打ち付けたライムを心配するように、大きな瞳でじぃと見つめていた。

呆気に取られているライムの思考へ割り込むように、ズシンと大きく地面が揺らぐ。ハッと意識を現実に戻せば、テツノツツミ二体をハルクジラがその巨体で押し潰していた所だった。

慌てて当たりを見渡せば、ストリンダー、ハカドック、ジュペッタもまた、見知らぬポケモンに助けられていた。ツンベアー。マニューラ。そして、チルタリス。

「……あんた達、まさかっ!」

見覚えのある、見覚えの無いポケモン達。その正体に気が付いたとき、モスノウがするりと音もなくライムへと寄ってくる。その首にかけられている小さな鞄から覗く無線機から、ザ、とノイズが響く。そして、ノイズの向こう側から聞こえてきた聞き馴染みのある声に、ぎょっと目を見開いた。

【……ア、アー。マイクテスト。聞こえてる?ライムさん】

「グルーシャ!?」

それは、同じ雪山にねじろを構えるグルーシャの声。慌ててモスノウから無線機を受け取った。モスノウは役目は果たしたと言わんばかりに目を伏せて、はたはたと羽ばたきパラドックスポケモン達の処理に向かう。

「あんた、何やってんだい?!無事なのかい?!怪我は?!」

【怪我はしてる。パラドックスの奴等は皆最低でも足止めはしてある。空を飛べる奴等は皆ぼくと同じで、サムいのが苦手らしい。アンタの背中は襲わせないよ。】

「んなこと関係あるかい!こんな時に手持ち手放すなんて……死ぬ気か?!」

【……耳が痛いけど、そうだよ。ぼくは死ぬ気で、此処に立ってる】

「なっ、ふざけんじゃないよ!アンタみたいなガキが、何かっこつけて」

【かっこつけ、か。ハハハ。確かにそうなのかもね。でも、いいじゃないか、だって……】



「状況は、遥かに最悪を越えてる」

ナッペ山山頂。息も凍る極寒の世界。流石のパラドックスポケモン達も気軽には踏み込めない絶対の領域。そこにから双眼鏡で覗き込んだ先の光景は、控えめに言っても『地獄』だった。

「ライムさん。そこから山の下って見える?」

【はぁ?そりゃ、多少窺うくらい、は――】

「気が付いた?――アァ、本当に。」

なんて、冷たい現実だろう。

双眼鏡の先に見える光景。そこには、群れを成して行軍してくる『テツノブジン』の群れが。いや――軍隊が、あった。

【は、は……なん、だい。あの数】

「無線がつながるまで暇潰しでざっと数えてみたんだけど、三百を越えたあたりでもう限界が来た。まぁ、わかりやすいよね。正面からじゃ絶対勝てない。こんな雪山に、まったく随分な過剰戦力だ」

【……詰み、か】

流石のライムも、心を折られかけているらしい。無線の向こう側の声は、酷くやつれて聞こえた。

「似合わないですね。ライムさんがそんなことを言うなんて」

【はは、まぁそうだね……だが、もうどうしようも】

「……ある」

【え?】

「……勝ち負けには持ち込めない。良くて相打ち程度だ。少なくともぼくは死ぬ。コレにのったら、十中八九アンタも死ぬ。それでもいいなら策が、いや『武器がある』。超とびっきりの、イカれた武器が」

【本当かい?】

「サムい嘘は嫌いだ。それに、コイツの恐怖は、ぼくたちが一番知ってるはずだ。」

【……まさか、アンタ】

「そのまさかだよ。ライムさん。ぼくはこれから雪崩を呼ぶ。超特大の、この山の高さが何メートル、いや、何十メートルも縮むくらいの大雪崩を」

【……】

「ライムさん。アンタは別に、この策にのらなくたって良い。むしろぼくとしては逃げろと言いたい。コレは一人でもやれることだし、何より、アンタには家族がいる。アンタが死んだら、悲しむ人がいる。だから――」

【なにをすりゃ良い?】

「ッ、ライムさん、お願いだからよく考えて」

【あぁ。よく考えたさ。『のった』。そら、さっさと教えな】

「……はぁ。アンタにゃ叶わない。モスノウに預けた鞄の中に、地図がある。素人計算だけど、そこが一番雪崩で数を巻き込める」

【なるほど。ここに奴等を誘導しろって訳だ】

「話が早くて助かる。多ければ多いほど良い。誘導のためなら……ぼくのポケモンを、いくらでも『使って』構わない」

【……いいのかい?】

「皆、覚悟の上だって張り切ってる。だから、お願いします」

【わかった。男の覚悟にどうこういうのも無粋だね】

「じゃあ、まずは時間を」

【あ、ちょっとまった。雪崩つったって、一体どうやって……】

「あぁ。それですか?安心してください」

その疑問に、おどけるように笑う。

「良いもの、拾ったんです。沢山……ね?」

太陽に透かしたブーストエナジーが、ギラギラと輝いていた。

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