たまには親子喧嘩も

 たまには親子喧嘩も



 シッケアール王国の城塞広場にて大騒動が起きていた。

 いやこれは騒動と言って良いものか……風が荒ぶりカマイタチの如く周りの木々を斬りつけていく。

 空気を震わす剣気がぶつかり、太刀音や剣戟の音が響き渡る。

 騒動というより一種の災害じみた現場に、一人の男が叫ぶ。


「お前らいい加減にしやがれえぇぇ!!!!」

 ロロノア・ゾロが乱れ飛ぶ剣風の中で激昂していた。




 事は30分前に起きた。

 修行中だったが昼休憩として皆で食事を取ろうとした時。ミルバスが作った握り飯と野菜の浅漬け、焼き魚と何とも和食に偏ったメニューを持ってきた。

 娘であるミルバスの料理にうんうんと舌鼓していたミホーク。ちなみにだがペローナは和食は得意では無いので今回は手伝いに徹した。

「しっかし、昆布と塩だけでここまで美味くなるんだな」

 ペローナがキュウリをつまんでポリポリ食べながら複雑な行程いらずの料理に感心し。

「本当だったらみりんとか和の国の米酒とか入れたかったけど、ここにあるお酒ってワインとかばっかりだし」

 ミルバスがお握りを頬張って補足説明。

「酒の話をするな……すげぇ飲みたくなる」

 禁酒中のゾロが苦い顔で魚を骨ごとかぶりつく。

 まるでそういう家族の団欒であろうか、和やかな空気で昼食を取る人の景色がそこにあった。


 ……少し話がそれるが、父親というものはつい小言や余計な一言を言いがちである。

 それが自分の子供相手となると言わなくても差し支えないものが出てきたりするものだ。

 アドバイスのつもりであっても……

 ミホークが箸を進めてる途中、口を開く。

「だがこの白菜はまだ漬かり切ってないな、漬け汁が薄かったか?」

 その瞬間、ミルバスの視線が父親を捉える。

「適度な分量でやってるよ、父さんは濃い目が好きかもしれないけど」

「いやそれにしてもだ、いくら浅漬けでもこれではな」

「あのねぇ、父さんはワインばっか飲んでて舌が鈍って来てるの。現に私とペローナちゃんは美味しく感じてる」

「そんなことはない」

 と、ここでゾロは『ん?』と眉をひそめた。いや別に味に文句があるわけじゃない。

 ただこの親子の雰囲気がちょっと険悪気味になってきたような……

 そして……


「相手に合わせて味付けを変えるものだ。これでは嫁の貰い手が──」

 と言った瞬間、ミホークの目の前にフォークが飛んでくる──難なくそれを箸で掴んでいたが……

「ねぇ父さん、その手の冗談は私嫌いって言わなかったっけ?あれ~?痴呆症かなぁ~?」

「親に向かって食器を投げるとはな、少し仕置きが必要か?」

 その瞬間、静かに立ち上がって背中の黒刀を抜く父と

「久しぶりに手合わせでもやる?……今のはムカついたし」

 腰元の二刀を抜く娘。

「おいロロノア……」

「わかってる」

 とここでヒソヒソと話すペローナとゾロ、ちょっと洒落にならない事態になってきた。

 最近知ったのだがミホークは根っから先まで堅物というわけではない、たまには冗談もいう事がある。

 特に娘に対しては……だが言い慣れてないのか下手だ。

「一先ずは……食っちまおう」

「うん!」

 飯をぶちまけられたら勿体ない。食える分だけ食って後は下げようとゾロとペローナはガツガツと片づける。

 その時……

(確かに、ちょっと薄いかもな)

 絶対口にはしないが、漬物の味付けに思うとこがあった……飲兵衛の舌は濃い目を好む。



 剣と剣がぶつかり合う。切り裂かれた空気が渦巻き散る。森の木々が両断される。

(っち!!これが親子喧嘩って規模かよ!)

 飯を持って避難したペローナを横目にゾロは苦虫を噛む。

 剣の頂きであるミホークとその剣を誰よりも学んだミルバスの戦い(喧嘩)に自分との差を嫌でもわからせられる。

 自分があの場に入れば間違いなく最初の脱落者となって斬り捨てられるだろう。

 さて、どうするかと悩む。

「何まごついてんだよ」

 とここでペローナが戻って来て

「仕方ねぇな、こうすれば解決っと。ネガティブホロウ!」

 能力によるゴーストを飛ばし二人の喧嘩は強制終了しようと試みた……しかし


 ズバンと一太刀。ゴーストが露と消える。

「ええええ!?!?」

「まぁそうなるよな」

 大方ゾロの予想通りの展開となった。

「ゴーストって斬れるのか!?」

「俺も見るまで知らなかったよ」

 だけどあの二人なら出来てもおかしくないと妙に納得してる自分がいた。

 ふと森の方が続々と何かが出てきた。ヒューマンドリル達だった。

「あ?」

 何やらゾロの方へ向かって来てキーキーと吠えている。何を言ってるかはわからないが、手を組んでお願いするポーズと喧嘩をしてる二人を指さして涙目になってるのを見るに……どうやら止めて欲しいというものだ。

 恐らく斬撃が飛んできて住処がえらい事になってるらしい。

『マジかよ』とゾロは顔を覆った。



「父さんっていっつもそうだよね!冗談下手くそなくせに悪びれもしないで!」

「お前は心のゆとりが無い、少しくらい笑って済ますことを覚えろ」

「うーわ自分のこと棚上げしてるし!だいたい父さんは!」

「ミルバス、お前にも言う所が」

 親子喧嘩はヒートアップしてく、話の内容だけ聞けばよくあるものだが如何せん起きてる事が事だ。

 ただの口喧嘩なのに世界でも有数の剣客二人の剣技による被害が尋常じゃないのだ……

 黒刀と翼剣がバチバチに打ち合って太刀音が響き渡る。


「っち……これも修行だ」

 三刀を抜いて、荒れ狂う剣風の中へ進むゾロ。聞こえてくる会話はくだらねぇと思いながらも繰り出される剣の技術に油断はできない。

 一歩踏みだして迫りくる太刀風をさばく、二歩踏みだして見切って躱す、三歩目で押し切る。

(ふざけても高みの剣豪か!)

 まるで嵐のただ中。和道一文字を噛みしめて荒れ狂う斬撃を何とかさばきつつ進んでく。

 気合を入れて突き進み、気力を持って押し進む。

 未だ二人のレベルには至って無いがそれでも留まることはない。


 そして、冒頭に至る。




「どうしたロロノア?」

「なんでボロボロなってんの?」

 お互い熱が冷めたのかゾロの声が聞こえたのか、あっけらかんとゾロの方へ見やる。

 ゾロに至っては服は太刀風によってボロボロ、息切れすら起こしている。

「お前ら……」

 わなわなと怒りがこみ上げる。

 そしてゾロは……きっとこれから先絶対口にしないだろう台詞を発してしまう。

「喧嘩も程々に、しろよ」

 そのままバタンと仰向けに倒れた。


 どっかの島で長鼻の男が『いや、お前が言うなよ!』とツッコミをいれたとか……





「本当、災難だったな」

 ペローナから手当をしてもらい包帯を巻きなおしてゾロが歯噛みする。

 自分の剣技ではあの二人の剣技の渦中に入れないのだ。悔しさが出る……それと同時に

「当面の目標が出来た」

「?」

 救急箱をしまいながらペローナが首を傾げる。

「まずあいつらの喧嘩を止められるだけの力をつける」

 ゾロの修行は始まったばかりだ。



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