たったひとつの冴えないやりかた
「ここのifミンゴなら、ハートのクルー(特に旗揚げ組の誰か)を誰かしら生け捕りにして目の前でバラバラに解体してそう」×「生け捕りにされたのはペンシャチ揃ってで、(中略)ペンシャチ合意の上でペンギンがシャチを手に掛けたとかないかなって」
石の地面はどこまでも冷たい。暗い空間には深海のような静けさがあったけれど、ポーラータングの中とはどこまでも異なる、氷の静謐さと湿った停滞の臭いがあった。
ペンギンとシャチは、古式ゆかしい石造りの牢屋に転がされていた。拘束が無いことに腹を立てるような情動はもう失われていた。
たった数時間前の蹂躙は、二人の心どころか、ペンギンの右足とシャチの左腕、そして三人以外の全ての命を嵐より残酷に奪っていった。
洞窟の横穴に柵を付けただけに見える、簡素で粗雑な檻。地面は平らですらなく、横たわっていても全く安らぎは得られなかった。
壁も半端な高さの天井も岩肌がむき出しで、そこから滴った水滴が頬を打ち……ようやくペンギンは口を開いた。
「……ローさんって」
潰れかけた喉がごぼりと鳴ったので、一度言葉を切った。シャチは答えない。そもそも二人からは血が失われすぎている。
血の混じった唾を吐き、ペンギンは続けた。
「……あんな風に泣くんだな」
シャチは長いこと息を吐き、「ああ」とだけ返した。
仲間の悲鳴も、地獄を歩き自分達を地獄から救ってくれたあの人の懇願の声も、未だに耳にこびりついている。
船長と定めた人が身も世もなく頭を地面にこすりつけていたことが悔しいのではない。
そうさせた自分達の無力が悔しい。
「人質、だよな」
「だろうな」
「おれ達、何させられるんだろ」
「…………」
末路――を迎えることができるかどうかも怪しい。ペンギンの右足とシャチの左腕を止血している糸はあまりにも強く、ペンギンが爪で、シャチが歯で血が出るまでひっかいてもびくともしなかった。
「シャチ」
「おれには無理だ」
シャチが即答したのでペンギンは苦く笑った。予想通りの返答で、想定したくなかった既定路線。
仕方なくペンギンはうつ伏せになり、片足でシャチの元まで這いずった。ペンギンが大層苦労しながら馬乗りになった時、シャチは「ふ」と笑った。
「ごめんな」
「ごめん」
どちらともなく漏れた謝罪は、十三年と半年を共にした互いへのものではなかった。
おれはお前に謝らない。ただ義理堅く懐の深いあの人にだけ届けばいい。
ローさん、ごめん。おれ達はこの苦界にあなたを置いていく。あなたに苦しくなく生きてほしい、それだけは分かってほしかった。
彼に繋いでもらったこの命と腕が彼を妨げるなど、あってはならないことだから。
ペンギンの両手が、病人に触れる聖者より敬虔に、シャチの喉笛に添えられた。
大丈夫、やり方だけはもう知っている。
おれ達の船長は医者なんだ。
頸動脈の位置を探られながら、シャチは笑った。
「……地獄で待ってる」
「……バァカ」
ペンギンは片頬だけで皮肉に笑った。
仲間に殺されるお前が地獄行きのはずがない。せめて「同じ場所で待ってる」ぐらいのリップサービスは欲しかった。
◆
ペンギンは体をくの字に折って胃の中身を全て吐き切った。
「…………!!」
吐瀉物のひとしずくもかかることのないようシャチからは離れた場所で、四つん這いになる体力も無くペンギンは横たわっている。
潤む視界はペンギンとシャチの家族を根こそぎ奪っていった高波の飛沫に似て、そしてあの高波を見た時のように世界がぐらついていた。
きっと時間は無い。シャチの糸に脈拍が響かなくなったことに「あれ」が気付くまで、あと何分?
最後の気力を振り絞ってあお向けになった。嘔吐の酸味もすえた臭いも両手に響いた肉と骨の感触も今さら震える自分の吐息も、何もかもがうっとうしかった。
「…………ローさん……」
シャチの名前を呼ぶ資格も泣く資格も無いから、これは水滴が落ちてきているだけだ。震える歯の根を無理やり開き、ペンギンは、恐怖する代わりに生活を共にしてきた全てに向けて高らかに謳った。
あいしてる。
そしてペンギンは自らの舌に歯を立てた。
悪魔の足音にも気付かずに。
END.
2022/12/10追記
同じ小説を2022.10.15. 00:21:45付けで「ぷらいべったー」に投稿しています。非公開です。
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