ただのなんて事のないプロローグ

ただのなんて事のないプロローグ

感動の再会をさせ隊


※わずかに高波表現あり

※ノベルロー準拠

※過去捏造だらけ



 ペンギンくん。

 シャチくん。

 息苦しさの中から、どうか二人はさらわれないでいてほしいと兄さんは願っています。


 波打ち際で海水を蹴って遊んだあとは、冷たさを紛らわすように焚火の近くに走って行って、三人で濡れた足を寄せ合いながら乾かした。

 懐かしい思い出の一つ。


 気持ちの良い風が吹いている。

 両親とシャチくんの親御さんに混ざって食事を用意する。今日は浜辺でバーベキューだ。スワロー島の中も一番きれいと名高い場所に陣取って、バーベキューコンロから巻き上がる白煙を浴びながら二人の父がトングを持って火加減と食材を操っていた。母たちは食材を食べやすい大きさに切り分けたり、順序よく串に刺して大皿の上へ置いていく。母たちのそれに倣って、串に野菜や肉を突き刺してぎゅっと詰めつつ固めていく。やや不格好になっているのは決して慣れていないのではなく、不貞腐れているからだ。

 本当は父と同じように火元で焼くのを手伝おうとしたが、悲しいかな身長が足りないので危ないからいいと言われてしまったのだ。口をへの字に曲げながらぐさぐさと刺していく子供の─こと見た目は幼く見える─光景に、微笑ましいのだろうシャチくんのお父さんからは自然と小さく笑いが漏れていた。父はいつものことだと気にしていないのがなんだか気に食わなくて、二人が楽しみにしているワインのボトルを一本開けて、そのまままだ串に刺していない肉が入ったボウルへと注いだ。二人が気づく頃にはある程度味が染みているに違いない。母は気づいているようで笑いを堪えている。自分でも幼稚だと分かっているから、何に対して笑っているのかは聞きづらかった。

 ──海へ問いかけてみましょうか。気まぐれか丁度よくいい波がそこまで来ています。

 コンロの前に立つ父が珍しく焦ったような声を上げた。ワインに気づいたのかと顔を上げれば、いつもの表情が驚きから段々と落胆しているような、青ざめたものへと変わっていくような雰囲気をみせている。トングを放って頭を抱えている様に、そんなにいい代物を持ってきたのだったら悪いことをしてしまったかもしれない。

 それにしても、よく子ども扱いされるくらいには背が低いけれど、この家の長男はもう十七歳で危機管理も分別もあるのに、そんなに危なっかしいのだろうか。兄なのに歩いていると町の人に─ペンギンくんだけでなく、シャチくんとでも─弟と間違われるからだろうか。それとも、兄なのに弟のおさがりを着ているからより子供に見えてしまうのだろうか。一度「兄さんなのに!」と抗議したら弟からは「しょうがないだろ、背が低いんだから」と呆れられてしまった。

 どんどん風が強くなってきているような気がする。

 成長期を迎えてから兄の身長を追い越した愛しい弟たちは、もうやることがないからと父母どちらにも追い出されてたので、出来上がりの時間まで遊んでくると浜辺から離れて行ってしまった。きっと前情報から水平線が見えやすい、高い場所を探しに行ったのかもしれない。今頃仲良く木登りとかしているに違いないと協力して太い枝へ足をかける姿が浮かんだ。

 元気で愛らしい弟たち。もっと小さい頃は「キィくんはペンちゃんシャーちゃんのにぃちゃんだよ」だなんて言いながら引っ付きに行って、団子みたいにもみくちゃになったこともあった。今そんなことをやろうとすれば、数日は口を聞いてくれないだろうから父たちの昔話に留めているけれど。

 レモンの美味しいレシピを発見したから今度作ってもらったのを一緒に食べて、レモンの美味しさをもっと知ってほしいと思う。唐揚げにレモン果汁の組み合わせは良いと父に教わって、一度味わってみてほしくてレモンをかけたらペンギンくんに怖いくらい怒られてしまったから詫びもかねて。肉とレモンは良いけど、ワインとレモンって相性は良かったっけ。母が笑いを堪えていたのはこのこともあるのだろうか。

 どうしてこんな些細なことが頭に浮かぶのだろう、巡るように彼らとの記憶が思い出されて、今やりたいことでいっぱいになっていく。

 海へと視線を移せば、波が大きく揺れているのが見えた。

 父たちの焦ったような声。

 先ほどまで響いていた母たちの笑い声も、いつの間にか途絶えてなくなっている。

 そういえば、さっき放り投げられたトングが浜辺へ落ちる音を聞いていない。

 焼いていた食材がなんだか焦げ臭い。

 止まらない昔の記憶と、それに合わせて回っていく思考が足をその場へ釘付けにしている。その代わりに響いてくる轟音と、鼻を覆いたくなる程の酷い土の匂い。

「あ、これって走馬灯です」

 納得して現実へ戻ったときにはもう、目の前に濁流があった。上なんて本当にあるか分からないほど─ひょっとしたら島ごと飲み込んでしまいそうな─高くて速い波。

 後ろへと振り返る暇もない。耳へはただ水音が叫ぶように通り抜けていって、視界の端で伸ばされた手を取る前にそれは千切れるように波の中へと消えていく。


 気づかなかったなんて今更遅い。

 みんな浮かれていたから、忘れていた。

 海は、怖い。

Report Page