ただいま、お帰り
「プハァ!やっと着いた…大丈夫か?ウタ?」
「うん…それにしても本当にメチャクチャだね。」
海王類の口から吐き出され涎まみれになりながらこちらを心配してくれてるルフィを見る。私とルフィは今、追われる身だ。毎日続く連戦の日々に精神は摩耗し擦り減っていく。そんな中ルフィが取った作戦が渡り鳥と海王類を使って追っ手を巻く方法だった。実際にその作戦はうまく行きつい5日前まで新世界にいた私たちが"赤い土の大陸"を超えてるとは夢にも思わないだろう。
「取り敢えず内陸に行くぞ。海岸は目立つ。」
そう言ってルフィは私に肩を貸してくれる。この逃亡先はルフィが決めたものだ。その手にはいつの間に手に入れたのか"永久指針"が握られている。角度のせいでこちらから名前は見えない。お互いに疲労しきった体を引きずり森の中に入る。ふと、ルフィの体に目がいく。"大将"赤犬と戦った時私を庇ってできた火傷痕。"大将"青雉と戦った時、逃げる為の隙をつくる為に作った凍傷の痕。"大将"黄猿に不意打ちを受けた時の脇腹を貫通した傷痕。"四皇"ビッグマムから受けた切り傷。"四皇'カイドウから受けた打撲痕。この逃亡生活の中で私たちは確かに強くなった。ルフィは四皇最高幹部が相手でも撃退、撤退が出来るぐらいには。それでも3大将と四皇の連戦はルフィに深い傷を残した。そう。ルフィにだ。私は自分の体を見る。汚れてるし軽い怪我もある。ただ、それだって充分に休息をとり体を洗えば元の白い肌に戻るだろう。ルフィは体をボロボロにしてまで戦ってくれてるのに私はただ守られてるだけ。その感覚がずっしりと重くのしかかる。
「おいウタ?大丈夫か?」
そんな私の変化を感じ取ってかルフィは優しく声をかけてくれる。大丈夫だよと作り笑いをする。ルフィには気付かれるだろうが彼は何も言い返さない。ただ、前を向き歩く。
「え…なん…で…」
森を抜け、飛び込んできた光景に目を疑う。逃亡生活をする身だ。ルフィが選んだ島でも無人島だと思っては居た。それでも目の前の光景を信じられない自分が居た。崩壊した民家、壊れた道、そして見覚えのある城。
音楽の国エレジア
ルフィの最初の航海先の国であり、赤髪海賊団の音楽家の最後の航海先の国でもある。
「ルフィ!なんでこんなとこ!」
思わずルフィに叫ぶ。エレジアは思い出の国だった。私の好きな歌が国中に響き素晴らしい音楽で溢れていた。みんな私に優しくしてくれたし国に留まらないと知ったら送別会を開いてくれた優しい国だった。そう。だっただ。この国は11年前に滅ぼされた。私の育ての親だった赤髪海賊団に。海兵になって当時の新聞を見た時の感情は今でも覚えてる。怒りと困惑。取り乱してルフィを傷つけてしまった事も。全部覚えてる。だからこそわからない。なんでこんな場所を逃亡先に選んだのか。なんでこんな場所への"永久指針"を持っているのか。叫んで問いかける私に対してルフィは壁に腰掛けて麦わら帽子を外し静かに言う。
「ごめん。」
訳がわからない。何故ルフィが謝る必要があるのか。ルフィは何もしてないのに。そんな私の困惑などお構いなしにルフィは続ける。
「この国を滅ぼしたのは…おれだ…」
今度こそ思考が止まった。今、なんと言ったのか。この国を滅ぼしたのがルフィ?ありえない。ルフィにそんな力は無かった筈だ。
「本当はもっと早く伝えるつもりだったんだ…けどよォ…ウタと一緒に過ごしてて…あの日のウタを見て…思っちまったんだ…嫌われたくねェって…」
ルフィは涙を流しながら言葉を続ける。やめてくれ。そんな弱い所を見せないでくれ。どうして突然そんな事を言うのだ。
「やめて!」
思わず声が出る。やめてくれ。これ以上私のルフィを傷つけないでくれ。これ以上私のルフィを貶めないでくれ。目の前にへたり込み泣きじゃくるその姿はまるで幼い子供のようだった。
「なんで突然そんな事言うの?!なんでそんな後ろ向きなの?!いつものルフィはどうしたの?!」
「おれじゃお前を守れねェ…おれじゃお前のそばにいられねェ…おれじゃ…」
「やめてって言ってるでしょ!?」
耐えきれなくなり、ルフィに背を向けて走り出す。思えば私からルフィの元を離れるのは初めてだったかもしれない。けれども、今はあんなルフィを見たく無かった。ルフィはいつも笑顔で、頼りになって、暖かくて…あんなルフィを見てたら自分が壊れそうだった。ずっと堰き止めてた何かが溢れ出しそうだった。だから逃げた。森を逆走する。海岸に出るかも知れないが今はとにかくルフィと距離を取りたかった。
「キャッ!?」
何かに足を取られ地面に倒れる。こんな時にと躓いた場所を見ると、1匹の映像電伝虫が倒れていた。縋るようにそれを取る。今はとにかく逃げたかった。この国の映像電伝虫ならきっと素晴らしい歌が入ってるのだろう。そんな気持ちで。縋る気持ちで。その映像電伝虫を起動する。
『この映像を見ている人!気をつけろ、ウタという少女は危険だ。あの子の歌は世界を滅ぼす!』
「あっ…」
流れた映像に釘付けになる。映っているのは化け物が国を破壊し、国民を虐殺している姿。あぁ…全部思い出した。あの日、ルフィにねだられて歌ったあの歌の事を。あの時の悲しい目でこちらに手を伸ばすルフィの姿も。全部思い出した。何がこの国を滅ぼしたのはルフィだ。赤髪海賊団だ。本当にこの国を滅ぼしたのは…私ではないか。暗く染まってく思考の中で映像電伝虫は止まらずに次のシーンに移る。
『なんでだよシャンクス!ウタは赤髪海賊団の大切な娘じゃないのかよ!』
聞き馴染みのある声が聞こえた。映像電伝虫が映してるのは滅んだ街を背景に言い合うルフィとシャンクス。ルフィのそばにはまだ幼い私が倒れていた。余程丁寧に扱われたのか傷一つなく優しく岩にもたれかけされてる。シャンクスの顔は苦虫を噛み潰したようで。明らかに辛いのを我慢してる顔だった。これだけで、あの日私をフーシャ村に置いてあったのがどれだけ辛い選択だったか推察できた。けれども、もっとも目に残ったのはルフィだ。幼いルフィは涙を流しながらシャンクスを責め立てる。シャンクスの表情にも気付かず、涙で顔をぐちゃぐちゃにして。
「ルフィ…」
思い出した。思い出せた。シャンクス達に置いて行かれてから。あの日、シャボンディ諸島でルフィに助けてもらってから。私はルフィの姉でいられただろうか。幼馴染でいられただろうか。対等で…いられただろうか。涙が溢れる。いつの間にかルフィに助けられるのが当たり前になっていた。ルフィに庇われるのが当たり前になっていた。ルフィに…理想の王子様を重ね過ぎていた。ルフィはルフィだ。泣き虫で寂しがり屋で、負けず嫌いで。今も昔も変わってない。あぁ…わたしはなんてバカなんだろう。いつの間にルフィを王子様と勘違いしてたんだろう…あいつはそんなんじゃない筈なのに…
「ウタァ!!」
声が響く。ゆっくりと振り向くと、彼がいた。泣きながら声を出そうとするわたしにこの幼馴染は駆け寄って抱きしめる。体は震え、息も絶え絶え。まるで赤子のようだった。
「ごめんね…ルフィ。わたし、ルフィの事わかって無かった。わかろうとしてなかった。ルフィの気持ちに気づかずに私の理想を押し付けてた…ごめんね…」
涙を堪えルフィの頭を撫でる。何度もくっついた。何度も顔を合わせて笑い合った。何度も唇を重ねた。だが、ルフィをあやすのは随分久しぶりだった。
「ウタァ…」
泣きじゃくるルフィを愛おしく思う。そうだ。ルフィは理想の王子様なんかじゃない。わたしが惚れた男は決してロマンスに出てくるような王子様じゃないのだ。バカで能天気で考えなしで子供っぽくて。それでもいざという時はカッコいい。そんな男だからわたしは惚れたのだ。固まってた心が溶けていくのを感じる。葉っぱの間から太陽の光が見える。もう一度歩き出そう。ルフィに守られるだけじゃなくて、ルフィを守れるように。きっと、わたしが望めばルフィは王子様の仮面を被ってしまうから。わたしはルフィにバカやって笑ってて欲しいのだ。
「ねェルフィ。知ってる?センゴクさん。いっつもガープ中将の事で怒ってたけど、昔はガープ中将と一緒にやんちゃしてたらしいよ?」
「あははは…なんだそれ。誰から聞いたんだよ?」
「お鶴さん。あのバカ2人は昔は常に問題起こしてたって。」
「なんかおれ達みたいだな」
「そうかもね」
他愛のない会話。一体いつからしなくなってしまったのだろう。こんな会話が出来るのが昔の関係に戻れたみたいで嬉しくなる。
「ルフィ。ただいま。」
「おかえり。ウタ。」
きっとわたし達ならこの困難も乗り越えられる確信する。なぜなら
「なぁウタ。おれ久々に激しめの曲が聴きてェ。」
「いいよ。じゃあ、曲名は」
なぜなら、「わたしたちは最強」なんだから。