【たくさんのうた】と一人

【たくさんのうた】と一人



【僕ら】は元は何処かの誰かが歌ったものだった

怒りだったり、寂しさだったり、哀しさ、嘆き…自身の奥底にあるものを伝えたい人ほどそんな風に暗い歌を創って、そして勝手に前を向いて歩いていって【僕ら】の事などおいていく

誰にも歌われない歌に意味などあるか

あんなに側に寄り添ったのに用済みになれば今度は創られた自分達が寂しくてもどうでも良いのか

歌ってほしい。寂しい。忘れないで。

そうして生まれた集合体が【僕ら】だった

いつからだったか、そんな【僕ら】を呼び出せる力を持った人間が生まれた

だから、【僕ら】は壊す事にした

悲しい事があれば、また悲しみの歌を

嘆く事があれば、また嘆きの歌を

怒る事があれば、また怒りの歌を

【僕ら】をまた、見つけてくれると思った


ーーーーーー

【僕ら】に名前がついてからどれほど経ったか分からないある時、新しい【僕ら】の歌い手の存在を感じた

本来なら、【僕ら】の眠る島に来なければ気付く事は出来ないのに存在に気付けた理由は酷く単純だった

新しい歌い手の少女は何処かで良くない者にやられたらしい。周りの誰にも忘れられて歌う事も食べる事も眠る事も出来ぬ生き地獄の中にいたのだ

つまるところ、遠くに眠る【僕ら】が思わず共鳴する程の絶望や哀しみの中にいた

…なんとなく、その少女を見守ってみる事にした。大した理由はない、ただこの子ならば今までの歌い手の誰よりも【僕ら】を理解してくれそうだと思ったからだ

そうして少女と、少女を忘れてなお共にいる少年の旅路を見ていた時、彼女らは突然離れ離れになった

名前を呼ばれない日々は更に少女を追い詰めて、とうとう【僕ら】の誰かしらが現実に顕現出来そうな程だった

このまま放っておけば勝手に孤独に絶望しきって、楽譜を歌わせなくても【僕ら】はまた破壊が出来るかもしれない…そう思っていたのに


「ムー」

「ギィ…?」


何故、側にいようなどと思ったのか【僕ら】の誰も分からなかった…でも、そのままになんて出来なかったのだ。

いきなり現れた【僕ら】を彼女はあまりにあっさり受け入れた。本能的に、【僕ら】と自分が繋がっている事に気付いてるのかもしれないが、それならそれで警戒が足りないのではと呆れた【僕ら】がいた。

だけど、それからまた仲間と合流する度彼女は、あの子は【僕ら】を友達だと説明した。

別に何かしてた訳じゃない、少年の様に名前を呼ぶ事も出来ないし、弱体化した体では歌う事は彼女と同じく出来ないのだから…ただ、隣にいただけ

なのに嬉しそうに【僕ら】を友達だというから、もう少し、いてあげてもいいかと思っただけだ。

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そんな彼女はもう人形ではない。己の運命に仲間と共に立ち向かい、見事人の身と自身の大切な者達から消えていた記憶を取り戻してみせた。

戯曲にすれば王道の大団円である。


しかしまだ、彼女は…ウタの人生はこれからだろう。奪われた12年間分取り戻す勢いできっと少年や仲間達と海をゆくのだろう

なんとなく理解者の様に思っていた分、【僕ら】に元からある寂しさが更に強くなった気がしないでもないし、仲間が戻って来たのだからもう自分達はお役御免…いつかこの子が【僕ら】の楽譜を歌う時まで消えていようかと思ったが


「ねえ」

「ムー?」

「あの時、側にいてくれてありがとう」


「…ムーム」


そうして【僕ら】を抱きしめる。もう綿と布ではない腕のぬくもりがあるから

もう少しだけ、この子のお友達のままでもいいかと思ってしまうのだ

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