それは青春の光(偽)

それは青春の光(偽)



短髪学ラングエルを見た瞬間 モブ俺僕私の脳内に溢れ出した“存在しない記憶”



──あれが野球部のキャプテンのグエル・ジェターク…近寄り難いな。



──あ、今日も野球部練習遅くまでやってるんだ。ふーん。



──久々の全国大会出場、甲子園で全校応援……? えー、動員されるのやだなぁ。



──結局来ちゃったよ。スタンド席暑い……しんど……。野球部はもちろん応援団とか吹奏楽部も熱気すごいな。でもまだ一回戦じゃん、応援に来る意味あるのかな。

──え、うわ、ルールまだよく飲み込めてないけどグエル・ジェタークやば……エースで4番でキャプテンってこういうことなの?

──…………へえ。野球、面白いのかも。



──夏休み後半、テレビで甲子園の中継を観ることが増えた。正直分からないところもある。でもなんだか胸が熱くなるんだよね。


──調べるうちに知ったのは、復活の古豪と称されるうちの野球部はもちろん、グエル・ジェタークという天才的な球児もまた世間から注目されているらしいこと。強面だけどかっこいいとか、学校外のファンも増えてるんだって。ふうん。



──もう準決勝かぁ。ここまで勝ち上がるなんて。うちの学校というか今期のチームってかなり強いんだなぁ。

でも、相手も強い……こちらの上位打線だけでなく下位打線も頑張ってるのに、打っても打ってもすぐ点を取り返されてしまう。途中からマウンドに立ったとはいえ、相手の強打者を抑えられるのはエースであるグエル先輩だけだから、必然的に投球数は増えていった。


──テレビカメラが汗を拭うグエル・ジェタークの横顔を映した。彼の燃える瞳はこの最終盤であってもまだ諦めていない。自分も、固唾を飲んで一挙手一投足に視線を注ぐ。


──キャッチャーの出すサインに頷いた彼が、長い腕を大きく振りかぶった。





──季節は飛んで桜舞う卒業式の日。

眼下では卒業していくグエル先輩との別れを惜しんで多くの同級生や後輩らが彼を取り囲んでいる。その中に踏み入っていく勇気がなくて、短い手紙を出した。



──グエル先輩、海外の大学に行くんだよね。ドラフト蹴って野球も辞めてしまうのもったいないな。あんなすごい選手なのに。かっこよかったな。マウンドに立つ先輩。あれで見納めなの寂しいな。

──あの日の先輩の横顔、きれいだったなぁ……。



一年間使った教室の窓辺に佇むあなたの耳は、不意に物音を聞きつけた。この教室の扉は立て付けが悪くて開けるのに苦労する。普段ここを使わない人だろうかと、訝しんだあなたは引き戸を上手いこと開けてあげた。そして息を呑む。

「すまない……ここ、前はこんなに開け難かったか……?」

そうぼやきながらグエル・ジェタークが部屋に入ってきた。


「この手紙をくれたのはお前か?」

素っ気ない白い封筒。お世辞にも整っているとは言えない、何回もやり直してようやく納得のいった表書き。あなたの文字だ。

緊張で体が強張る。あなたはコクコクと大げさな動きで首肯した。

「読んだよ」

その言葉で胸がざわめいた。全部読んで、末尾に小さく書いた匿名希望の差出人のクラスだけを頼りに、ここまで来てくれたのか。

「……申し訳ないが、お前の好意に応えることはできない」

お断りをするために。

それが嬉しいようなやっぱり悲しいような。


でも俯くのは一瞬だ。

あなたはすぐに顔を上げるだろう。

憧れの人の門出を祝うために。

「先輩、ご卒業おめでとうございます!」

「野球部の夏の大会を見てから野球が好きになって。先輩のおかげなんです。本当はずっと、ずっとそれを伝えたかったけど遅くなって……すみません。あの、先輩のこと、応援してます!だから先輩も……先輩も」

「────お元気で!」

あなたの言葉にグエル・ジェタークはかすかに目元を和らげた。


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