それは一夜の

それは一夜の


・続×57のハロウィンネタより

・いきなり始まっていきなり終わる

・モブ村人が居る


………………


「「「トリック・オア・トリート!!」」」


 普段は長閑なフーシャ村に、子供達の元気な掛け声が響き渡る。

 色を鮮やかに変え始めたコルボ山、そこから村へと続く道にわらわらと姿を見せたのは様々な仮装をした小さな影が十以上。

 それを見遣り、村人達は笑顔と共に背中に隠した箱や籠の中身をもう一度確認し直した。

 今日は年に一度のハロウィン。

 初めに誰が言い出したのかは定かではないが、普段は山で暮らす子供達が思い思いの仮装をして村へとやって来るようになって約十年。今ではすっかりこの日の名物となったそれは、普段着子供の少ない村にとってもまた1つのイベントとなっていた。



「おっちゃん!! トリックオアトリート!!」

「おう、持っていきな!!」

 元気よく駆け込んできた小さなシーツおばけと狼男とミイラ男が差し出したバスケットに、クッキーの詰め合わせを一袋ずつ。

 〝トリックオアトリート(お菓子か悪戯か)〟なんて言いながら、初めからバスケットを高々掲げている時点でお目当てがどちらかなんて一目瞭然だ。

 腕に下げるどころか両手で抱えるほどの大きさのバスケット。今はまだすかすかなそれも、数時間後にはこの日のためにあれこれと準備していた村人達によって、溢れんばかりにお菓子やジュースで埋め尽くすされるだろう。

「ありがとな!!」

 表情が見えなくても満面の笑みだろうとわかる弾んだ声音で、小さな影達は跳ねる様にして次へと向かう。……その内の幾人かの輪郭が僅かに揺らいでまた戻る様を、宿屋の主人はそっと見なかった事にした。



「あそこの店のパイは美味しいんだぜ。ただし飴は外れだから貰うなよ」

「うるさいよクソガキ共!! さっさと取りに来な!!」

「あっちの肉屋は最後にした方がいい。ジュースだから持って帰れねェんだ」

「おう! 待ってるぜ!!」

 ぱたぱた、ばたばたと駆け回る足音の合間に好き勝手に言い募る子供の声と村人達達の笑い混じりの叫び声が混じり合う。

 怒り顔を作って腕を振り上げる老婆を躱し、遠くから太い腕を振る店主に小さな手を振り返す。

 数個のグループに分かれた子供達は気まぐれで、合流して数を増やしたと思えばそれまでとは違った組み合わせでバラけて散っていく。

 それはまさに気まぐれな妖精や妖怪の様で――そして事実それらに近しいモノが混ざっている事を村人達は知っていた。


「……今年も、居たなァ」

「そうだね。……わかってはいても、やるせないものさ」

 子供達が駆け去り近くに他も居ない事を確認した村人達が密やかに囁きあっていた。

 コルボ山を住処として暮らす兄弟は全部で13人。その内の5人は既に20を越えており、このイベントには不参加だ。何より……此処へやって来た子供達はその13すらも越えていた。

「心配なんだろうねぇ」

 すっぽりと、性別さえ定かでは無いシーツおばけ達。……そのうちの幾人かは、この世にあらざる死者達だと皆が知っている。知っていて、ただ沈黙を選んで見守るに留めると決めた。

 毎年少しずつ、それでも誤魔化しようの無い程に成長していく子供達と、取り残された様に背格好の変わらない小さな影達。

 『トリックオアトリート』とお決まりの言葉以外は村人達達と交流せず、ただ楽しげな兄弟達の周りで楽しげに跳ね回る無害な存在である彼らは、きっと兄弟達が置いて行けずに連れてきてしまった過去なのだろう。

 平穏で普通の島や村に預けられず、緑深い山奥で暮らすかの兄弟達は、何かしらの事情を抱えている者が多かった。


「ま、気が済めばちゃんと逝けるだろ。これまでだって、そうだったんだ」

 今はここに居ない上の兄達も、暫くは影をつけていた。駆けて転げて笑い合って、そうして身丈の差が誤魔化しようの無い程開いたある年に、彼らはぱたりと姿を消した。

 その後に何の災禍も無い事から、小さなおばけ達がかの兄弟達に何か害を齎すとは誰も思ってはいなかった。……ただ思うのは、その影の小ささと数の多さが示す過去の悲劇への悔悟と哀悼だけだ。



「じゃーなー!!」

「またなー」

 楽しい時間は瞬く間に過ぎ去り、日を跨ぐ少し前に小さな暴君達は山へと帰っていった。

 村中から掻き集めた大量の戦利品を抱えて、きっと最後の一軒となる山賊達の家に突撃して菓子を強奪しながら帰りを待っていた兄達にあれこれと話すのだろう。

 そうして疲れから眠りに落ちて、そして本来の数に戻ってまた普段の日常へと戻るのだ。



 今日はハロウィン。

 生者も死者もその姿を仮初の下に隠し、ただ一夜の交流を許された夜。

 いつか。かの兄弟達を心配して残ってしまった彼らの友人や幼馴染み達が、苦しむ事無く安心して天へと還るまで。

 フーシャ村には沢山の声が響く事だろう。


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