それはとても大事なこと:後

 それはとても大事なこと:後


 それから二週間が過ぎました。


 あの事件に関する後処理と、技を食らって病院に担ぎ込まれたアオキさんの穴を埋める為の事務処理、そのゴタゴタによる雑事に忙殺された日々を送っていたオモダカさんでしたが、アオキさんが何とか回復し仕事に戻れるようになって、ようやく平穏な日常が戻ってきました。


 今日はあの事件以降初めてアオキさんがリーグ本部にくることになっています。それを聞いたチリちゃんとハッサクさんもリーグに待機しています。ポピーちゃんも心配して会いたがっていましたが、日中の通常業務を終えた時間でないと来れないとのことなのでまた今度来てもらおうと言い含めて今日は帰宅させています。

 そんな彼を待ちながら、オモダカさんは忙しくて話す暇もなかったあの事件について二人と話していました。


「結局、その犯人の動機は何だったのですか?」

「私がカラフジムの視察に行った際に見かけて、それからずっと私のことが好きだった、と供述しているそうです」

「それでゾロアークに幻覚を見せさせて、連れ歩いてたん?」

「えぇ。けれどあれはあくまでも幻覚ですから、触れることは出来ません。それで私の姿をさせたゾロアークが街で騒ぎを起こせば、私自身が対処の為に出てくるだろう、と考えたそうです」


 勝手に横恋慕されていたようなものだったのでしょう。いえ、オモダカさんには恋人はいないしアオキさんと交際している訳ではないのですが。それでも仕事上とはいえ付き合いは長いので、あの時、彼からは二人が仲良く寄り添っていたように見えたのかもしれません。

 ちなみにハイダイさんいわく、彼はカラフシティで生まれ育った人間ではないということです。マリナードタウンから入国して観光のために訪れていたそうで、偶然ジムの視察の際のオモダカさんを見て一目惚れしたのだという話でした。それからしばらくパルデアに滞在し、今回犯行に至ったそうです。

「偽物にさせたのが些細な窃盗であったのも、たまたま手持ちのポケモンが言う事を聞かなかったのだと言い逃れ出来る程度にしたかったのと、洒落にならない被害を出して私の名を貶めたい訳ではなかったから、だそうです」

 もっとも、自分の欲望の為にポケモンに犯罪を犯させ、その罪をポケモン自身になすりつけるような男だというだけでオモダカさんにとっては許しがたい所業です。むしろあえて軽微な犯罪に留めようとする狡猾さに更に嫌悪感が募ります。オモダカさんは特定の行動を憎むことはあっても個人を嫌いになることは滅多にないのですが、何故か彼のことはどうにも許してあげようという気が湧きません。もしかすると明確に部下に対して殺意すら向けてきたせいなのかもしれません。


「まぁ、アオキに向かって技を仕掛けたのが決め手となって拘束されたのですが」

「そうでなければ厳重注意の上で釈放という可能性もあったかもしれませんね」


 ハッサクさんの言葉にオモダカさんは思わず首を振ります。確かに抱きつかれただけでそこまでの被害には遭っていないのでそうなる可能性もあるのですが。そうならなくて良かった、と思ってしまいました。


 それにしても、オモダカさんにはいまだによくわかりません。


「彼はどうしてそこまで私に執着したのでしょうか?」


 たまたま見かけたトップチャンピオンの美しい姿に惹かれ、自分のものにしたかった。そう言われても、ここまでの犯罪を犯すほどの感情は理解が出来ずどうにもしっくり来ません。

 あの街にも、それ以外の場所にもオモダカさんより美人な人はたくさんいるというのに。


「……この期に及んで、まだ理解出来ていないんですか?」


 そんな時、オモダカさんの言葉を聞きとがめた、不機嫌な声が聞こえてきて、オモダカさんは顔を上げます。見るとちょうどアオキさんが扉を開けて入ってきたところでした。その姿にオモダカさんは立ち上がり彼を迎えます。


「アオキ、身体は大丈夫ですか?」

「ええ。何とか」


 あの事件以降、オモダカさんがアオキさんと顔を合わせたのは初めてです。あの後アオキさんは丸一日程度意識が戻らなかったそうですが、精密検査でも後遺症が残るほどのダメージではないと診断されたようです。意識を取り戻してからは特に経過に問題はなく、病院食が不味いからさっさと退院したいとこぼしていたそうです。その話を聞いて彼は大丈夫だろうと思ってはいました。それでもこうして元気な姿を見るとほっとします。


 チリちゃんとハッサクさんも安堵の表情を浮かべ、口々に無事を喜びます。その言葉に礼を返しながらも、アオキさんは不機嫌そうに眉を寄せてもう一度オモダカさんを睨みます。


「あなたはまず自分がどんな目で見られているのか、それを理解して下さい」


 アオキさんの言葉にオモダカさんは黙って目を伏せます。

 今回の件は変な男の奇行に巻き込まれただけの事故のようなものだという思いはありますが、アオキさんはオモダカさん以上にそう思っているでしょう。少なくともオモダカさんがあの時一緒に連れてこなければあんな目には遭わなかったのですから。

 アオキさんが不機嫌なのはオモダカさんが何かの自覚が足りないのだということを言いたいのはわかります。何となくそれはオモダカさんが知らない、理解が足りないことが絡んでいるのだろうと思います。

 アオキの言葉を聞き、色々と考えるべきなのでしょうが、今聞いても本質的なことを理解出来る自信がありません。どうすべきかわからずオモダカさんが口ごもっていると、チリちゃんとハッサクさんが二人の間に割り込んできました。


「そういやトップ、こないだ結局授業はろくに受けられなかったんちゃうん? まずそこからやない?」

「そうですね。アオキの指摘ももっともですが、まずその前にトップが基本的な知識を身につけるのが先かと思いますですよ」

「は?」


 割り込んできた二人を見てアオキさんは怪訝な顔をします。チリちゃんとハッサクさんはそんなアオキさんを連れて部屋の隅に行くと、何やらひそひそと話し始めました。きっとオモダカさんが一部の知識が全く足りていないことを説明してくれているのでしょう。二人の話を聞いたアオキさんがものすごく何か言いたそうな顔でこちらを見ましたが、オモダカさんは黙って目を逸らしました。普段のアオキの様子と逆だな、と思いますが、流石にこの状況で臆さずアオキの目を見返すことは出来ませんでした。


「あれは、新人教師の授業を受けて問題がないかみていたとか、そういう話だったのではなかったんですか?」

「理事長とはいえ私にそんな権限はありませんよ? ……私が、お願いしていたのです」


 アオキさんは微妙な顔で少しの間何やら考えていましたが、やがて色々と押し殺したような声で言いました。


「それなら、可能な限り速やかに基本的な知識を得てきて下さい。自分の話はそれからで結構なので」

「……わかりました」


 アオキさんに直接迷惑をかけた以上、断るという選択肢はありません。今度こそきちんと授業を受けるべきでしょう。

 善は急げとオモダカさんはスマホロトムを出してミモザ先生に連絡を入れます。アオキさんはそんなオモダカさんの姿を見て、溜息をつきました。行き場のない思いを少しでも追い出そうとするかのように。


   * * *


 そうして数日後。再びミモザ先生に来てもらい、オモダカさんは今度こそきちんと授業を受けます。

 今度はアオキさんや他の人が邪魔をすることもなく、事件が起きて授業が中断することもなく。きちんと話を聞くことが出来ました。


「つまり……赤ちゃんが出来るには、……を、……に、入れて……」

「え、あの……どうやって?」

「……は、……したり……すると、……すんの。そうすると……」


 以前の授業で聞けなかったことも、ミモザ先生は丁寧に説明してくれます。それを聞き教科書を読むだけでも刺激が強過ぎたのか、オモダカさんは机に突っ伏してしまいます。その様子を見たミモザ先生は思わず問いかけます。


「……本当に知らなかったんですね。理事長、今まで誰かとお付き合いしようとかそういう話にはならなかったんですか?」

「付き合ってほしい、と言われたことはありましたが。私にバトルで勝てる人でないと嫌でしたし……負けたことは一度もないので」

「それでゴリ押し出来るんですかトップチャンピオンともなると……」

 少し呆れたような顔をしたミモザ先生でしたが、気を取り直して話を続けます。


「ところで理事長。折角なので女子生徒に宝探し中はこういう状況は避けるように、って説明用に考えてた話もあるんですけど。それも聞いてもらってもいいですか?」

「むしろこちらからもお願いします」


 オモダカさんがそう言うとミモザ先生は話を始めます。

 宝探し中は出来ればジムなどの公的な宿泊施設を利用すること。街によっては歓楽街のあるところもあるので特に女子はその近辺に近寄らないように。とにかく、男性に力では勝てないのだから気をつけるように。ポケモン達が助けてくれるとはいえ保護者もいない一人旅では何が起こるかわからないのだから。

 また、誰かと交際に至ったとしても、いや交際に至ったからこそ相手と二人きりは気をつけるように。双方が望むのであれば絶対にするなとまでは言えないが望まぬ妊娠には十分に気をつけ、きちんと避妊すること。


 そこまで聞いたところで思わずオモダカさんは質問をします。


「あの、何故わざわざ赤ちゃんが出来ないように気をつけながら、そういうことを……?」

「えっと、コミュニケーションとして? あと単純に気持ちいいからってする人もいるとは思いますけど。」

「そういうものなのですか……?」


 そんな話にオモダカさんの混乱は頂点に達してしまいます。子供の作り方はわかりました。けれど、それは結婚する前の交際している程度の状態でも普通にする可能性のあることなんでしょうか。確かに子供が出来たから結婚するという人の話もそこまで珍しいことでは無いですが。どうしてそんなことを結婚前にする必要があるのでしょうか、

 混乱しているオモダカさんの様子を見て、ミモザ先生は休憩を提案します。オモダカさんもそれに異論はありません。こうして少し休憩を挟むことにしました。

 お茶でも淹れようか、とオモダカさんが立ち上がったその時です。


「ポピーちゃん?!」


 廊下からチリちゃんの悲鳴のような声が聞こえました。

 慌ててオモダカさんがドアを開けると、そこにはきょとんとした顔のポピーちゃんがオモダカさんを見上げていました。その様子にオモダカさんとミモザ先生は硬直します。まさか、今までの授業を聞いていたのでしょうか。廊下を駆けてきたチリちゃんも、とても困った顔をしています。

「ポピー、いつからここにいたのですか?」

「もうじきおやつのじかんですので、トップとごいっしょしたいとおもいましたの。でもおはなしのじゃまをするのはいけないとおもいましたので、まだおはなししてるかかくにんしてましたの」

「それで扉に耳当てて話聞いてたん? いつから?」

 その言葉に思わずオモダカさんは額に手をやります。チリちゃんの言葉の通りならポピーちゃんは完全に中の授業に聞き耳を立てていたのでしょう。それにおやつの時間、とポピーちゃんは言いました。オモダカさんが時計を見上げると今は既に4時を過ぎています。つまり思っていたよりもかなり長い間、話を聞いていたということでしょう。

「あ、あたしどこまで話しましたっけ……?」

 それを察したミモザ先生も思わずうろたえた声を上げます。とはいえ保健体育の授業の範囲内のことしか話していないはずです。そのはずです。内容的には幼いポピーちゃんに話すには刺激が強過ぎるのではないかとは思いますが、そこまで教育に悪いと言うほどのことは話していないはず。そう思いながらもオモダカさんも何と声を掛ければいいのかわかりません。


「あの、ポピー。今、私達が話していた話は、その」

「おはなしをきけて、よかったですの」

「え?」


 それでも何とか話をしないと、こんな事を聞いて混乱しているだろう。そう思ってポピーちゃんの前に跪き視線を合わせたオモダカさんですが、ポピーちゃんはオモダカさんが思っていたより冷静なようでした。そしてオモダカさんを見返して話します。


「ポピー、このあいだおとうさんとおかあさんがベッドでなにかしてるのをみたんですの。おかあさん、くるしそうなこえだったから、おとうさんがベッドでいじわるしていたとおもってたんですの。でも、もしかして、あかちゃんがくるのにひつようなことをしてたんですの?」

「あの、ポピー?」

「いじわるしているんじゃなくて、なかよしなひとだけ、するんですの?」


 つまりは、ポピーちゃんはうっかり両親の夫婦の営みを見てしまったことがあるのでしょう。なので今聞いた話をすんなり受け入れてしまったようです。けれどオモダカさんもチリちゃんも生々しい話に対して何て言えばいいのかわからず気まずげに視線を交わし合います。

 三人の同意を求めるように見回すポピーちゃんに、最初に気を取り直して応えてあげられたのはミモザ先生でした。

「まぁ、そうとも言うんじゃないかな?」

「それならよかったですの!」

 ミモザ先生の返事にポピーちゃんは嬉しそうに笑います。実は両親が不仲なのかもしれないと不安に思っていたのかもしれません。

 そんなポピーちゃんの様子を見ながらミモザ先生は苦笑いを浮かべました。

「……まあ、一つ屋根の下にいるとうっかり見られちゃうことはあるよね、多分……」

 確かに、兄弟姉妹がいる家庭は少なくないですが、その為に今いる子供を預けてどうこうしようという人はそこまで多くないでしょう。寝かしつけてからそういう行為をしようとしたのに子供が起きてしまった、ということがあってもおかしくはないのでしょう。

 けれどこんな話を幼いポピーちゃんにしてしまったなんて、とても彼女のご両親に顔向けできません。せめてあまり他で言いふらさないようにしなくては、とオモダカさんは咳払いをすると再びポピーに視線を合わせ、言いました。

「ポピー、今日聞いた話はお友達や、ご両親などには話してはいけませんよ?」

「どうしてですの?」

 理由を問われ、オモダカさんは一瞬口ごもります。どんな風に話せばポピーちゃんは口にしなくなるでしょうか。そして咄嗟に思い浮かんだ言葉を口にしました。

「こういうことは大勢の人に言っては、赤ちゃんが来てくれなくなってしまうかもしれませんよ。ポピー、先日、妹が欲しいと言っていましたよね?」

「そうそう。赤ちゃんは恥ずかしがり屋さんやからな。ポピーちゃんが見てたら来てくれないかもしれんよ。夜ははよ寝ような?」

 チリちゃんもオモダカさんの咄嗟の言葉に合わせてくれました。実際、愛娘に見られていたと知ればご両親も色々と気まずくなるのは事実でしょう。完全な嘘ではありません。

 若干ミモザ先生は何か言いたげな顔をしていましたが、それでもその言葉を否定はしませんでした。


「わかりましたの!」

 二人の言葉を素直に受け入れて笑顔を見せるポピーちゃんに、大人たちはとりあえずほっと息を吐きました。


   * * *


「それで、子供の作り方はわかったん?」

「……一応、理解はしました」


 ポピーちゃんが帰宅する時間になり、同じタイミングでミモザ先生を見送って。


 オモダカさんとチリちゃんはオモダカさんの執務室で、少し一息つきました。そうしてチリちゃんの探るような視線を受け、そっと目を逸らします。

 作り方は理解はしたつもりです。勿論実物は見た事はないのでピンときてはいませんが。


「けれど、こう、理論的には理解は出来てもやはりよくわからない、というのが正直なところです」

「理論と実践が結びついてないんやろ?」

「そうなのでしょうね。ただ、話を聞いて思い返せば、そういった視線を感じたことなら、何度もありますね」

「せやろな……」


 オモダカさんが基本を理解してくれたのはよかったと思います。けれど、この間の事件もそうですが、自分がどんな目で見られているのか、という視点はまだ抜け落ちています。自分は取るに足らぬ人間と思い込んでいるのでしょうか。

 オモダカさんがそうなら一体誰が価値がある人間なんやねんとチリちゃんは内心思います。


「アカデミー生でも、まだ幼い子であればまだ大丈夫ですよね?」

「まぁ、結構ちっちゃい子もいるし大丈夫そうな子もいるやろうとは思うけど、具体的には誰を想像してます?」

「チャンピオン・ハルトは……」

「いや十分駄目な歳やない?! むしろ一番興味津々なお年頃ってやつやろ!」


 確かにお部屋にお邪魔した時は少し落ち着きがなかったですが。そう嘯くオモダカさんにチリちゃんは頭を抱えます。一般的に二次性徴を迎える頃の少年少女なんて、一番こういうことに敏感なものです。そんなお年頃のハルトくんの自室に堂々とお邪魔したのでしょうか。危機感がないにも程があります。

 やはり最低限のことは理解した、と言ってももう少し色々と具体的に教えておかないと駄目な気がします。やはりどうにも危なっかしいです。

 とはいえその辺は流石に執務室で話す内容ではありません。ポピーちゃんに聞かれることはないにしても、他の職員にも聞かれたくありません。それならばやはり仕事を終えたオフの時間にすべきでしょう。


「……とりあえず、今日仕事終わったら飲みに行かへん?」


 もうちょっと色々教えたるから。チリちゃんがそう言うとオモダカさんは少し戸惑いながらも頷きました。


   * * *


 そうして、業務終了後。チリちゃんはオモダカさんを連れてテーブルシティの居酒屋にやってきました。パルデア式のバルよりもゆっくり話せると思って、あえてジョウト風の個室のあるお店です。

 そうして料理や酒を頼み、少しアルコールが入ったところでチリちゃんはオモダカさんに説教混じりのお話を始めます。


「だからな、男は皆狼さんなんや。だんだんと大人に近づいてくる10代の年頃なんて、大体四六時中そういうことしか考えとらんよ?」

「そうなのですか……?」

「やから、トップもこんなエロい格好してたらアカンって。こないだの事件の前にも、何処かで雨に降られた上にジャケット脱いでこの格好になってたんと違う?」

「……心当たりは、あります」

「そりゃアオキさんも怒りますわ。トップ、無自覚にそういうことして変なのに粘着されてること、トップが思ってる以上に多いんやで?」


 そう言いながらチリちゃんはジャケットを脱いで惜しげもなく晒しているオモダカさんの肩をペシペシと叩きます。部屋の温度が高めで暑いのかそれともアルコールが入って少し火照っているのか、飲み始めて少しした頃には脱いでいました。別に見ているのはチリちゃんだけなのでそこまで問題はないのですが、時折お酒や料理を運んでくる店員さんにどんな目で見られるかは理解していないのでしょう。今日のこの部屋の担当は女性店員のようなので良かったですが。それでももっとそういう危機感を持たせなければ、とチリちゃんは決意を新たにします。

 叩かれながらオモダカさんは少し困った顔をしていますが、酔っぱらっているせいだと思っているのか文句も言わずにされるがままです。そんなオモダカさんに、チリちゃんは更に話し始めます。


「だからな?……は……」


 チリちゃんも程よく酔っ払っているせいでだんだんと際どい話になっていきます。どんなことをすると男性が劣情を煽られるのか。男は女性の身体のどこが好きなことが多いのか。それに一般的には女性もそういう雰囲気になればたいてい少なからず色々と反応してしまうこと。しまいにはチリちゃんの経験を交えた女の子を気持ちよくさせる方法まで。女同士二人きりであることから、かなり露骨な表現もしています。

 オモダカさんは真面目に、けれど真っ赤な顔をしてそれを聞いていました。けれども、その赤面は恥じらいのためだけではありませんでした。

 オモダカさんは普段はあまり飲み過ぎて酔っ払うことはありません。そもそも割とお酒には強い方で、ちょっとやそっとじゃ顔色すら変わりません。

 なのでチリちゃんも気が付くのが遅れました。


 刺激の強い内容を聞いていることへの照れ隠しか、オモダカさんが話を聞きながらいつも以上に早いペースでお酒を口に運んでいることに。


 チリちゃんが気付いた時には、オモダカさんはすっかり酔っ払ってしまっていました。


 オモダカさんがいつの間にか酔い潰れる寸前になっているのに気付いて、色々と語っていたチリちゃんも少なからず血の気が引いて酔いが覚めます。


「あ……ふざけ過ぎたわ。堪忍な。大丈夫です?」

「だいじょうぶですよ……?」

「駄目やないか……」

 明らかにぼんやりしているオモダカさんに、チリちゃんは思わず頭を抱えます。自覚を持てと言いながら自分が潰してしまったら駄目やないか。そう自分にツッコミつつも、そろそろお開きにして帰ろうとオモダカさんにジャケットを着せ、店員さんを呼びます。お会計を済ませたオモダカさんがスマホロトムをしまったところで、その腕をとって立たせました。思っていた以上に軽い力で引いただけで立ち上がるオモダカさんを見て、思わずチリちゃんは呟きます。

「トップ、体重軽すぎん? 毎日ちゃんとご飯食べてるん?」

「食べて、ますよ? 先ほどもサラダを食べているの、見てましたよね……?」

「ちゃんとパンとか肉とか魚とかも食べて欲しいんやけど?」


 肩を支えて何とか歩いていこうかと思ったチリちゃんですが、思った以上にオモダカさんが軽かったし、彼女の足元がおぼつかなかったので、オモダカさんを背負って帰ることにしました。店を出て、夜も更けて人通りも少ない道を歩いて、オモダカさんの家へと向かいます。

 流石に部下に背負われて帰るのはきまりが悪いのか、オモダカさんが謝ります。


「すみません……」

「いや、うちもちょっと反省はしてます……トップ、それで大体のことはわかってくれました?」

「チリやアオキの言いたいことは、わかった気がします……気をつけないと、駄目だということは……」


 チリちゃんの背に背負われ、ゆらゆらと揺られている間に眠くなってしまったのか、だんだんとオモダカさんの声がかすれて聞き取りづらくなってきています。それでも一応理解はしてもらえたのだと、チリちゃんはほっとしました。

 けれど、オモダカさんは更に言葉を続けます。


「あの人や、他の人たちが、私の、どこが、好きだというのかは……よく、わかり、ませんが……」


 そんな呟きが夜の街に溶けていきました。それを聞いたチリちゃんは小さく息を吐きます。

 成人女性としては異様なほどに性知識がないことを誰にも気付かれないくらい、オモダカさんんのプライベートなことは蔑ろにされていたのかもしれないとチリちゃんは思います。多分、何よりもオモダカさん自身に。

 パルデアの未来のため、オモダカさんがこんな細い肩に全て背負ってリーグを牽引してきたことに異論のある人はいないでしょう。いつも明るい未来を願っていたオモダカさんが、他ならぬ自分の未来のことを考えず、自分の価値を低く見積もり過ぎているのは、何だかとても寂しいと思います。


「皆トップのことは尊敬してる思うし、トップのことをもっと支えたいと思てる人もぎょうさんおるんやで?」


 チリちゃんの背中からはすやすやと穏やかな寝息が聞こえてきます。とうとう完全に眠りに落ちてしまったオモダカさんにはチリちゃんの呟きは届いていないのでしょう。

 けれどチリちゃんも、ポピーちゃんも、ハッサクさんも。多分アオキさんも。オモダカさんのことは尊敬しているし、もっと頼られたいと思っているのです。部下に対しては頼りにくいというのなら、チリちゃんではなく誰か他の人でもいい。オモダカさんを幸せにしてくれるような人がいたらいい。チリちゃんはそう思います。


「まぁでも、オモダカさんを貰ってくれる人がいるとしたら、とりあえず四天王全員の承諾を得るのが最低条件やな……むしろ、チャンピオンランクに限るくらいでもいいくらいや」


……それでもそんなことを思ってしまうくらいは、許して欲しいと思うチリちゃんでした。





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