それでいいのか
新聞にエース処刑の記事を見た後、おれはすぐにポーラータングをマリンフォードに向けて進めることに決めた。
あのルフィのことだ。どんな手を使ってでも兄を助けようとするに違いなかった。
実際にあいつが取った"手"は誰にも予想できない類のものではあったが、兄としてのエースの話を聞いていたおれにとってはさほど驚くべきものでもなかった。"あの"クロコダイルを再び野に放つ程度のことは、切羽詰まったルフィならやるだろう。
そこまでは別にいい。あいつだって海賊なんだ。船長としての判断で、結果どこの誰が死のうが気にしてやるいわれも無い。
それだけなら、別によかった。
置き去りにされたあいつの宝を拾い上げ、森の方へ向かったルフィを追う。
「キャプテン!?陣から出るなって女帝達が…」
「すぐ戻る。たぶんな」
戦争なんだ。誰しも誰かを殺すし、殺されもする。
アルバーナのそれと比べて随分お行儀の良いあの戦場で、おれもルフィも、エースの死に方を選べるほど強くはなかった。ただそれだけの話だ。
イトできれいに首を刎ね飛ばされた兄に手を伸ばしたあいつを引きずって、二人とも生きて艦に戻れたのすら奇跡に近い。
それでも、本当は放っておいてやるべきなのかもしれない。
それが優しさというやつなのかもしれないが、そんなものを海賊に求める方がどうかしてる。八つ当たりの音が響く方へと足を進めながら、どこか遠くで冷静になれない己を感じていた。
ああそうだ。
今おれの心にあるのは、猛烈な怒りだ。
ルフィが暴れて随分開けた場所となったそこで、うずくまるあいつの後ろに立つ。
様子を窺うジンベエは、大股で近付いていくおれを止めはしなかった。
「ルフィ、なぜ一人でマリンフォードへ行った」
「ロー…!!あっち行けよ…!!!一人にしてくれ!!!」
折角治療した両の拳からは、幾度も地に叩きつけられ血が滲んでいる。
ふざけるな。
ふざけるなよ。
「いい加減にしろ!!!!」
問答無用でドクトリーヌ直伝の蹴りを叩き込んだ。
おれもそう気が長いほうじゃない。
「…!!…なにすんだ!!!!」
「チョッパーは!!!」
「!!」
「あいつはお前の掲げるドクロに、"麦わらのルフィ"に命をかけると決めたんだ!!」
あのヤブ医者の"奇跡の医療"が心を癒すまでのあいつを、おれはよく覚えている。
ドクロの旗を掲げた男に不可能はないといっそ愚直に信じたチョッパーが、自分自身を信じ切れずにいたことも。
「おれの船にも乗らなかったあいつは!"父親”の遺志ごとお前に夢を託した…!!!」
「チョッパー…」
「あの戦場で!おれが居なけりゃエースどころか、お前だって死んでるとこだ!!」
「それは!!おれが弱かったから…」
「そうだ!!なら戦うべきじゃなかった!!アラバスタでビビから何を学んだんだ!!」
身内同士で血を流し合う悪夢じみたあの戦いを止めるために、一国の王女が取った行動をこいつだって覚えているはずなんだ。
途中で無責任に放り出すくらいなら、誰かの上に立つことなんてやめちまえ。
「…今のお前は船長失格だ。仲間も、夢も…全部放り出したのはお前だろうが」
蹴り飛ばされて仰向けに転がったままのルフィの目から、大粒の涙が溢れてくる。
「……頭を冷やせよ。海賊王には、独りじゃなれねえんだろ」
ぐちゃぐちゃの泣き顔を隠すように、額の血を避けてそっと麦わら帽子を被せた。
腑抜けたこいつをぶん殴ってやれそうなエースはもういない。ならおれがこのくらいしてやったって、バチは当たらないだろう。
「…よい友人を持ったな、ルフィ君」
「う゛ん…!!!!」
静かに声をかけたジンベエに肩をすくめ、なんとなしに縫い目のない帽子を被りなおす。
ここまで安定すりゃあ、ルフィならまあ大丈夫だろう。
踵を返してクルーたちの待つポーラータングに向かい、来た道を辿った。
あの戦場で一人の男の首を刎ねた、あの人のもとへ戻る為に。