その2

その2


 キットが姉の部屋に行くと、旅行かばんに荷物を詰める姉の姿があった。

「リズ姉、発情期前なのに旅行でも行くの?」

「そうなのよ。シュライグったら張り切ってあのお城の用意してくれたのよね」

キットの問いかけに姉の声は上擦っている。

「クソボケが治ったら女の子の扱い少しは分かるようになったのかしらね」

「リズ姉、でもシュライグってベッドヤクザのドSなんだよね。なんか企んでないかな」

「なに企んでいたって平気よ。私が発散できれば問題ないんだし」


 城での夕食は例によってシュライグが用意した。珍しい料理ばかり作っているようだ。フェリジットには材料はなんなのか見当がつかない。

「発情期はいつ頃なんだ?」

「後二日ぐらいかな」

「そうか、じゃあ賭けるか」

「賭けってどうするの?」

「二日後まで俺は何もしない。フェリジットから求められても応じない。ちょうど二日後に発情期が来たらフェリジットの言うことを何でも一つ聞く」

「じゃあ、私が負けたら?」

「抱く」

「いつもと同じよね。それ賭けとして成立してないよ?」


 その夜、シュライグは椅子に座り本を読んでいた。フェリジットは彼の膝の上に座る。彼女の息は荒かった。体を擦り付けるように動かしている。フェリジットの心臓の鼓動は早くなる。

「ねぇ、シュライグ。思ったより早かったみたい。賭けは私の負けね」

「そうか」

シュライグは本を読むのをやめるつもりはなさそうだ。フェリジットは後ろを向いてシュライグにねだった。

「抱いてよ」

「二日後まで俺は何もしない」

「えっ……」

フェリジットの顔が絶望に沈む。その表情を見てシュライグは柔らかく微笑んだ。

「お前のその顔が見たかった」

 シュライグはフェリジットの体を猫を撫でるように撫でる。そんな優しい刺激では彼女は満足ができなかった。

「シュライグのバカーっ!」

 フェリジットは指を拭った布を壁に叩きつけた。少しだけ発散できた彼女はシュライグに対する怒りに燃えていた。

(だいたい、あそこまでして生殺しにするなんて最低じゃない)

彼女は部屋の錠前を睨んだ。内側から開けることができない部屋を用意しているなんて聞いてなかった。

 シュライグのクソボケが鋼の意思で構成されていること彼女は気がつかなかった。発情期特有の酩酊感と渇きが彼女の誘い受けの技を鈍くしたということである。

「シュライグの鬼!悪魔!ドラグマ!」

フェリジットの叫びは砦にこだまする。そうして虚しくなった彼女はブランケットを被って眠ろうとする。

 発情期の酩酊感と渇き晴れない限り眠れないことが分かった。フェリジットはじっと手を見つめる。

「いるな。入る」

ノックもなく鍵が開く音がする。シュライグは書斎でフェリジットが脱いだ服を持ってきていた。綺麗に畳まれているのは彼なりのお詫びの印だろう。

「シュライグなんて知らない」

フェリジットは彼の方を見ずに言った。ブランケットに深く潜る。

「俺を呼ぶ声が砦に響いていた」

「シュライグは吸いたくなったの?」

「そうだな」

 フェリジットの意趣返しもシュライグは気に留めないようだ。彼女は背中をシュライグに見せた。白い肌は少し汗をかいている。シュライグの重さの分ベッドが凹んだ。


「ねえ、シュライグ昨晩の料理って」

 フェリジットは珍しく百科事典を開いていた。書斎の椅子に座り本を読むシュライグは聞いていない振りをした。

「獣人発情期を引き起こす料理なんてあるんだぁ。へぇ、私知らなかったなぁ。シュライグは知ってたぁ?」

「そういえば昨晩誰かさんが言ってたわよね。賭けは痛い目を見るから面白いって。イカサマはバレなきゃイカサマじゃないけど、バレたら制裁があるって」

フェリジットはねっとりと言葉を発した。やはりシュライグは聞いてない振りをする。が、流石に顔をあげてフェリジットの方を見た。

「すまない」

「すまないですまないわよっ!」

百科事典の角がシュライグの頭に振り下ろされた。


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