その薄氷が割れるまで

その薄氷が割れるまで



「やぁ、素晴らしい友情だね。良いものを見させてもらったよ」


「アナタは、神覚者の」


パチパチと軽い拍手の音を響かせながら、物陰から何者かが現れる。燃える炎の印を背負う糸目の男。カルド・ゲヘナ、数年前に神覚者になった男だ。そんな彼がどうしてここに?と二人が警戒を強める。


「そんなに警戒しなくても」


「いやさすがにする·····」


「どう考えても黒幕の登場の仕方だったぞ今の」


「君達さては仲良しだね?」


呆れたような茶化すような、そんな声音でカルドが笑う。そんな彼に二人分の訝しげな視線が刺さる。


「魔法人材管理局局長が何の用です?まさか試験の結果が気に食わないと?」


「いやいや!別に今からひっくり返そうとは思ってないよ。さっきの話も聞いちゃったら尚更ねぇ」


「では何故」


「率直に言って、君をスカウトしに来た。ドゥウムくん」


一瞬思考が置いていかれた。ドゥウムがその言葉を飲み込むよりも早く、傍で聞いていたツララの方が先に表情を明るくした。


「スカウト、スカウトだって·····!よかったねドゥウム·····!」


「ん、ああ·····」


生半可な返事にツララが首を傾げる。どうしてだろう。神覚者にはなれずとも、魔法局に勤めるとなればエリートコースだ。ツララとしては彼の道を奪ってしまった形になる訳で、そんなドゥウムが正しく評価されるならそれは嬉しいことだった。

だがドゥウムの反応は芳しくない。それはカルドも予想外だったようで、怪訝そうな顔をした。


「何か不味いことでもあるかい?」


「二、三、聞きたいことがある」


「いいよ、なんでも答えよう」


軽い調子でそう述べたカルドに、ドゥウムは僅かに息を吸った。


「スカウトと言うが、具体的にはどこに」


「正直、君ならどこにでも行けると思う。けれど僕が推薦したいのは魔法警備隊かな」


「私は盲目だが、それでも?」


「問題ない、対処法はいくらでもある。不自由な点はこちらで対応しよう」


「家族のことがあるので帰りが遅くなると困る」


「警備隊隊長のライオさんも似たようなタイプなんだ。間違いなく認めてくれるし、きっと仲良くなれると僕は思うよ」


(わりとしっかりしている、というか細かいな。いや、この場合は何か踏み切れない理由があると見るべきか·····?)


人事に携わってきたカルドの勘がそう言っていた。できれば受けたくない、断る理由を探している、そんな印象を受ける。だがここで引く訳にも行かないのだ。ツララも当然非常に将来有望な学生、次期神覚者として申し分ない。だが同じように、場合によってはそれ以上の実力者がドゥウムなのだ。だからどうしても今のうちに引き止めておきたい。

冷静に現状を並べ立てるドゥウムと、熱心に口説き落とそうとするカルド。そんな二人の矢継ぎ早な会話をツララが不安そうな目で眺めていた。


「はぁ·····そんなに私を魔法局に入れたいのかアンタ」


「それはこちらのセリフなんだけどね。そんなに魔法局に入るのが嫌かい?」


ややうんざりした様子でドゥウムが言うが、完全にお互い様である。埒が明かないな、とドゥウムがもう一度小さくため息を吐いた。


「じゃあ最後に、今後何か不利益を被ることがあれば私はすぐに辞める。そちらも同じようにしてくれ」


「·····それは、君が何かしでかした時は魔法局から首にしてくれと?」


「そうだ」


「随分と変わった要求をするね、君」


「·····」


ドゥウムは黙ったまま、それ以上は言うつもりがないようだった。カルドも馬鹿ではない、目の前の学生が何か大きな隠し事をしている、それだけは理解した。一応彼の身元は調べてあるが、さらに精査すべきなのかもしれない。そう思いながらも、それをおくびにも出さず、カルドはにこやかに微笑んだ。


「いいよ、その条件を飲もう」


「いいのか?」


「なんだ、自分から言っといて驚くのかい?」


「·····分かった、そこまで言うなら、そのスカウトを受けよう」


根負けした、という表現がきっと一番正しい。ドゥウムが頷いたのを見て、ツララはホッと息を吐き、カルドはやれやれと苦笑した。


「じゃあまた今度、改めて書類を送るよ。これからよろしく、ドゥウムくん」


「ああ」


そう言って握手を求めるカルド。その後、彼はツララの方に向き直って話し出した。彼女に関しては次の神覚者になることが確定している。その様子を感じながら、ドゥウムは小さく呟いた。


「──アンタがこの決断を後悔する日が来ないことを祈る」


組織の中に入るには問題がある存在だと自覚している。ある程度の無茶が効く神覚者ならいざ知らず、誰かの下で働くなら尚更だ。

きっと永遠に隠し通すことはできない。それを理解していながら、どうかその時が来ないようにと。矛盾した自分の思考にドゥウムは呆れて苦く笑った。



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