その祈りを背負うもの Side:ヤマト その2

その祈りを背負うもの Side:ヤマト その2


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ゴフッと、カイドウの口から血が吐き出される音が聞こえた。


ヤマトの振るった渾身の一撃は寸分の狂いも無くカイドウに叩き込まれた。

ヤマトが生きてきた中で間違いなく最大最強の一撃。それを一切の防御も無しに受けたカイドウはしかし、


「効いたぜ……ヤマト」


「!?」


それでもまだ、倒れるには至らない。

冷徹な眼差しがヤマトを射抜く。


「久しぶりに、腹の底が冷えた」

「大したもんだ…強くなったと褒めてやる」


先ほどまで荒れ狂っていた激情は既に冷めている。ここまで己に迫った我が子をカイドウは心から称賛した。


「だが言ったはずだ。”おでん”を名乗るなら…」

「死ね」


そして、それ以上の殺意をその目に宿しヤマトを見据えていた。


「”雷鳴……”」


「!! ”鏡や…”」


全身に走る悪寒にヤマトは迷いなく防御の態勢を取ろうとする。

しかしヤマトが態勢を整えるより速くカイドウの一撃は放たれた。


「”八卦”」


己が叩きつけた雷の如き一撃。それを容易く上回る一振りがヤマトの身体を打ちのめした。


「……ア゛ッ!! ガッ…!!」


「しまいだな、ヤマト」


直撃を受け、地に倒れ伏すヤマト。まだ息はある。気絶したのか、人獣形態は解除されている。

終わった。カイドウはそう判断し、意識を未だに聴こえる歌へと向ける。



♪こ………獄な……も ……た輝… 決…………ない



「この歌…”赤髪”の娘か」

「話に聞く”ウタウタ”の能力とは違うみてェだが……」


”ウタウタ”は能力者の歌を聴いたものを”夢の世界”に引きずり込むものだと聞いていた。

だが、この歌が聴こえてきてからそんな感覚は一切感じていない。


だとしたら何のためにあの女は歌っているのか。カイドウには分からなかった。


「結構な歌じゃねェか…その喉を叩き潰す理由ができた」


まあ理由などどうでもいい。あの女は生きて確保できるだけで価値がある。最悪その能力を潰すことになっても問題はない。

倒れるヤマトに背を向け、未だ下で続く戦いを終わらせるために足を踏み出すカイドウ。


「……っ!!!」


その声が耳に届き、ヤマトは朦朧としていた意識を無理やり覚醒させた。


こいつはウタの喉を潰すと言った。そんなことはさせない。

僕はまだ終わっていない。生きてる限り、カイドウを絶対にこの場から動かしはしない。


全身に走る激痛に震えながら、手に持つ金棒を杖にしてヤマトは再び立ち上がった。


「勝手に…終わらせるな」


「まだ立つか……」


息も絶え絶えなヤマトをカイドウは冷ややかな目で見つめる。

先ほどの一撃で死ななかったのは流石だと内心称賛する。だがもうこれ以上自分をこの場に留めることなど不可能だとヤマト自身も感じているだろうに。


何がそこまでヤマトを駆り立てるのか。カイドウにはまるで理解できなかった。


「”おでん”は……死なない!!」


「何を言ってやがる……」


カラ元気にしても笑えない冗談だ。自分を鼓舞しているというのなら滑稽極まりない。

とうとう気でも狂ったかとカイドウは顔をしかめる。


「彼がどんなに愚かだったと罵られても…忘れ去られても…」


まだ完全に戦えなくなったわけじゃない。今まで散々目の前の男に負け続けた甲斐があった。

業腹だが血の繋がりにも感謝しよう。自分は特別頑丈のようだ。


「モモの助君に…赤鞘に…この国の民たちに…」

「僕に!! その意志が受け継がれている限り!! 彼は死んでない!!!」


お前たちがどれだけ吹き消そうとしても、彼の遺した火は消えていなかった。

たった一人でも受け継いでくれる人がいる限り、絶えることはないんだ。



――食べなさい。侍は腹など空かぬものだ

――食え…えれェ家に生まれたな…



「彼らの意志は……」



――ありか゛ぽう、おざむら゛いさん達……!! ぼくはこのごはん゛、一生忘れま゛せ゛んっ!!



「死んでないっ!!!」


分かっている。これはただの駄々だ。自分がそう信じたいだけだ。勝手に背負った気になってるだけだ。でも、この男にだけは絶対否定させない。

あの人たちは今日を信じて、僕に全てを託してくれたんだ。



――ぼくは…その時は「ワノ国」といっしょに戦うよ…

――それは心強い…では拙者達は、おぬしをここで”死なせぬ”事で未来の戦に参戦いたそう



僕の命を救ってくれたお侍さん達の意志は生きている。

まだ死んでなどいないと叫び続ける。



――お侍さん!! そんな事したら父が……!!

――このまま衰弱死など御免こうむる!! もとより屈する気などないゆえ!!



だって、これくらいしかあの人たちに報いる方法が思いつかなかった。

僕はあの人たちの名前を知らない。彼らの墓すら作ってやれなかったんだから。


お侍さん達が命を賭して守ろうとしたワノ国を滅茶苦茶にした百獣海賊団。

その頭領の子どもなんてあの場で殺されて当然だったのに、あの人たちは助けてくれた。



――生きよヤマト!! おぬしが自由を掴むために…

――「ワノ国」を”開国”せよ!!!



だから僕は”光月おでん”となって、ワノ国を支配する父を倒さなくてはならないとずっと思っていた。あの時救われた命は、その為にあるのだと固く信じていた。

それで僕に接したがために殺された全ての人が報われるとは思わない。それでもやらなければならない。


だって、そうでもしないとあの人たちは何のために死んだって言うんだ?


僕が”おでん”になろうとさえしなければ、あの人たちは生き延びられたの?

僕に優しくしてくれた人たちも、死なずに済んだの?


悪夢は常に脳裏にあった。表面だけでも父に従順であれば彼らだって救えたのかもしれないと、後知恵が後悔を生んで胸に溜まり続けていた。

それでも一度選んだ道は引き返せない。僕は”光月おでん”になって父を倒さなければ。


そうしたら”おでん”が信じた”新たな時代を担う強者”が本当に来てくれた。運命なのだと確信した。


「ぼくは……っ!!」


そして生きていた。生きていてくれた”おでん”の意志を継ぐモモの助君や赤鞘たち。

ルフィから聞いて、自分のやるべきことは決まった。モモの助君を守る。彼こそがこの国の希望なのだから”おでん”として当然のことだ。


……ようやく、心の何処かで言い聞かせて続けていた「自分がやらなければならない」という想いが少し軽くなった気がした。

自由になりたい。”おでん”のように。でもあの人たちの意志にも報いたい。だから僕はこの国の希望であるモモの助君たちを守る。



――ねえ……!! おなかがすいても……侍になれますか…? ぼくは…!!

――おぬしは「光月おでん」だろう?



「僕は”光月おでん”!!! カイドウ!! お前を行かせはしない!!!」


だから、絶対にここで倒れたりはしないんだ。だって僕は侍の”光月おでん”なんだから。

自分はまだ屈していない、彼らは負けていないとヤマトはカイドウを睨みつける。



――答えのわかりきった…愚問でござる!!! 我らが「将軍」は光月家のみ!!!



「…………!!!」


ヤマトの瞳に、過去の幻影が重なる。

最後まで自分に屈することがなかったワノ国の大剣豪たち。あの猛者たちの強き意志を、その瞳の中にカイドウは見た。



――おれのことは忘れ去ってくれて構わねェ。おれの魂は生きて行く!!



「”生きていやがった”か!! そんなところに…!!」


討ち入りしてきた赤鞘たちの気迫に”おでん”を見た。そしてこの夢ばかり語る愚か者の目にも同じものが宿っている。


どうやら、奴が死に際に言った通りのようだ。

まだ奴の魂は生きている。生きているならば、殺さなければならない。


「認めてやるよヤマト…!! お前の目に”おでん”達はいる!!」

「だからこそ、お前はここで死ぬ!!!」


もはやヤマトが自分にとって脅威にならなくとも、今ここでその目に宿るものを消さなければならない。

消さねば、また誰かがその意志を継ぐ。根拠なくカイドウはそう確信した。


「このまま終われるか…!!」


己に向き直り殺意を滾らせるカイドウを睨み返し、ヤマトは両手で金棒をしっかりと握りしめる。

この命が尽きるまで、この場に押し留め続ける。ルフィが戻ってくるその時を信じて。


ヤマトの背後で、何かが突き破る音がした。ヤマトは気付かない。


「ん?」


一瞬、カイドウの視線がヤマトの背後に移る。

自分たちが立つ「鬼ヶ島」の屋上。そこへ地面を突き破り滅茶苦茶な軌道で動き回る桃色の長い生き物?


あの姿は、まるで……


「”神足…”!!」


カイドウの意識が自分から逸れたことを察知し、その隙を突かんとヤマトは駆けだす。

”覇気”を滾らせ、一瞬で間合いへと踏み込む。


「”ギア4 スネイクマン”!! ”ゴムゴムの…”!!」


こちらへ凄まじいスピードで突撃してくる桃色の龍の頭から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

何故、という疑問にカイドウの意識を割かれた隙を見逃さず、予測不可能な軌道を描き拳が迫ってきた。


迫るヤマト。迫る拳。カイドウが己の致命的な判断の遅さに気付いた時、既に防御も回避も叶うタイミングではなかった。


「”JET大蛇砲”!!!」


「”白蛇駆”!!!」


金棒と拳。強烈な直撃を二つ同時に受け、カイドウはその巨体を大きく吹き飛ばされた。


「え」


カイドウに自分の攻撃が通る未来など予想していなかったヤマトはしばし呆然とし、自身の横に伸びる腕に気付いた。


「ルフィ!!」


「ヤマ男!! お前がカイドウ止めてくれてたのか!! 助かった。ありがとう!!」


父が龍へと変じた姿にそっくりな桃色の龍の頭に乗るルフィを見つけ、ヤマトは喜びの声を上げる。

無事で良かった。間に合ってくれた。僕のやったことは無駄じゃなかった。

己が成し遂げたことへの喜びも束の間、父そっくりの龍が何者なのかと首を捻る。


そんなヤマトたちの姿を見遣り、龍へと姿を変えたカイドウが怒りを滾らせながらルフィと桃色の龍を睨みつける。


「どうやって助かった麦わらァ!! その龍は何者だ!!? 名乗れ!!」


己に敗北し「鬼ヶ島」から落下した”麦わら”のルフィが自分の龍形態に瓜二つな桃色の龍に乗り戻ってきた。

余りにも突飛すぎる現実を前にカイドウは声を荒げ、ルフィたちに向かって叫ぶ。


カイドウの剣幕にヒッと桃色の龍が小さく悲鳴を上げる。


「どうやっても死なねェよ!!! おれは海賊王になる男だ!!!」


ルフィは恐れず声を張り上げる。その闘志は先ほどの敗北を経て更に高まっている。

お前を倒し、海賊王になるのだと力強く吠える。


カイドウはその目に苛立ちを含ませながらルフィから桃色の龍へと視線を移す。

この男が未だに夢を見ているのは分かった。ではお前は何だとその目が語り掛けていた。


もはやその眼力だけで人を射殺せるのではないかと桃色の龍は身を竦ませる。

それでも、震えながら口を開いた。


「せ、拙者…!! 拙者の名は…!!」


古来、龍とは滝を登った魚が至るものだという。普通の魚ではとても登れぬ急流の滝、登龍門を超えたものが天に昇り龍へと至るのだと。

ならば能力で成長を早め、精神が肉体に追い付かぬまま龍へと至った彼は未だ稚魚のままなのだろうか?


「光月モモの助!!! 「ワノ国」の将軍になる男でござる!!!」


己の中で鎌首をもたげる恐怖を必死にねじ伏せ、桃色の龍は吠える。

今はまだ弱く小さくとも、いずれこの国を背負う龍王の片鱗がそこには確かにあった。



ここに”鬼姫”の尽力花開き、完成せしは双龍図。ワノ国の”希望”、再び戦場に舞い戻る。


向かい合い、睨みあうは青桃の双龍。

青き悪龍、世界の頂に座す皇帝。希望を散らさんと猛り狂う。

対するは桃色の若き龍、未だ未完の大器。国を解放せんと滲む瞳に決意を宿す。


この戦いの末、敗者は哀れ地に落つ運命。天に座す龍王はただ一匹。

若き龍の背に乗るは”太陽”の如き輝きを放つ男。幾度となく悪龍に沈められ、なおも諦めず頂きまで駆け上がった男。


「ワノ国」の、世界の皆々様、今しばらくお待ちあれ。

”新たな時代”を告げる”夜明け”の刻限、もう間もなく。


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