その後は週1

その後は週1

◆tx0Ru6T/uBDO

※えっちな描写あり。閲覧注意。



現世の田舎、小さな観光地の宿での深夜。

枕元にある趣深いランプの光を最小限につけて、平子は初めて結ばれたばかりの恋人のうとうと顔を眺めつつ波打つ金の髪を撫でていた。

撫でながら、


あァー 気持ち良かった


と身も蓋もない感想を抱いていた。

百年以上ぶりの女性ということもあるだろうが、それだけではなく───例えば『それだけ』などという表現で済ませたら閻魔大王がわざわざこっちに来てしばくだけしばいてため息を付いて黙って帰りそうだった。

考えてもみてほしい。棗は胸が豊かで、腰が細く、尻もある。多くの男の都合のいいわがままを叶えた、女性として激しい魅力を完備した大胆な肢体をしている。

加えて、いつも隙さえあれば好きだと寄り添いながら素直に言ってくる。嬉しい。

可愛い。

棗はこんな女で。

こんなのを抱いた後の男が気持ち良かった以外に考えることなどない。

……何かあるか?


状況に浦原喜助のお膳立てがあることは少し気に入らないが、彼が『気を利かせて』なければこれほど早く彼女とこうはできなかったのも確かだ。

デートの後、平子と棗が交際を初めたのを三番目に知って、浦原は緊張感のかけらもないほうの笑顔で祝福しつつ扇をパタパタさせて喜んでいた。

もうそのときから何かしてやろうと考えていただろう。結構親切なのだ。親切なお節介を焼いて相手が戸惑うのを見るのが好きなのであろうが。


棗は一緒に食事がしたいとどちらかに仕事上不都合がない限り神がかった速度が出る足で毎日昼食を持ってくる。

仕事が終わってから顔を見にくることもある。

平子が好きで好きで仕方ない、の感情を誰にも隠す気がなかった。

初めての恋人に、百年の想いの結実に、棗は浮かれまくっていてしょっちゅうキスをしたがった。

外には出さないようにしているが実は久しぶりに得た恋人に平子もだいぶ浮ついているので否やがあるはずもなく、周囲に人影がなければ応じる。


これが非常にまずい。


棗の体はとてもエッチである。

キスをしていると、胸板に弾力がある柔らかな乳房が押し付けられる。腰に回る肘から下の腕及び手で細い腰の曲線を感じる。体勢によっては、うん、当たる。

辿々しかったキスも上手になってきて、これどないせぇちゅうねん俺男やぞ、と頭を痛める事態に陥りつつ……陥っていた。


どないもせんでええのは承知している。

付き合い初めて数週間で求められても棗だって困るだろう。何せ箱入りのお嬢様だ。結婚まではそういうことはしない貞操観念を持っていてもおかしくない。そして九割方持っているに違いなかった。

現実で平子が嫁にすることは理解と納得をさせたが、だからすぐさせてくれとは言えない。

大切にしたいし、無理強いはしたくない。

でも体を押し付けてキスされるとしんどいのである。

だからといってキスを断ると世界の総てに拒絶された───つまり平子に拒絶された顔になるので可哀想で心が痛む。正直そういう表情も平子を愛してるからこそなので可愛いのだけれども。

しかしそういうのを匂わせるのは少なくとも親に挨拶に行っておたくのお嬢さん俺の嫁にしますと断りを入れるくらいのことはしてからだろう。


───と、いうところに電話してきたのが浦原喜助である。


『どうもー あれから調子はどうッスか平子サン。こっちは最近新しくビタミンの入った醤油の』

「電話かけてくるてことはメールじゃ済ませられへん用があんねやろ。オマエんとこの新商品情報なんていらへんからはよ言わんかい」

『だからあれからどうッスかって』

「ハァ?」

『彼女サン可愛くてそろそろ悶々としてるんじゃないかと』

「ほななー」

『冷たく切』


切った。すぐ再度かかってきたが。


『冷たく切ろうとしても挨拶するあたりが平子さんッスよね』

「なんでオマエとそないな話せなあかんねんボケ。気色悪い」

『聞いてくださいよ。平子サン真面目なんでどんなに明日檜サン可愛くても手出せないからなるべく距離置こうとしてて、それで明日檜サンどうして冷たくされるのかわからなくて泣いてる頃だと思うんですよ』

「棗泣いとんの!?」

『アタシがこのあいだの帰りに予想した通りならあのペンギンのぬいぐるみに話しかけながら泣いてますね』


平子は深い哀しみに打ちひしがれた表情を思い出す。そんな顔も可愛いなどと思っていていいほど棗に余裕はなかった。


『平子サン気づいてないでしょうし明日檜サンが可哀想なので電話してみました』

「オマエ棗になんか仕掛けてへんやろな……?」

『彼女には霊圧を感知する菌が付いているのでそれを利用すれば盗聴も可能なんですが、プライバシー保護法に違反するのでそういうのはやってないッス』

「オマエが法を語るな。いや、なんでそんなもん付けてんねんあいつ」

『親御さんが付けたんじゃないですか? 霊圧が極端に低くなったら救急隊が出動するようになってるんですよ』

「ハァー」


過保護なのか、その手段がとれる立場ならやって当然の親心なのか。

本人の許可は取っているのだろうか?


『で、明日檜さん泣いてますけどどうします?』

「でも泣いとるってオマエが想像しとるだけやろ?」

『距離置こうとしてないんだったらアタシの予想そこから外れるんで泣いてませんね』

「まあ……しとるけど……」

『好き合ってると思ってたのにわけもわからず距離置こうとされたら女の子泣いちゃいますよ』

「せやろうけど……」


最初の悩みに戻る。どないせぇちゅーねん。


『みっともないっていうのは同じ男としてわかるんスけど、正直に話したほうがいいですよ? 彼女がお断りするならそれはそれで距離が開くことに納得はするでしょう』

「正論なんやろうけどオマエに言われるのが嫌やなァ……」

「ま、そんなワケで可哀想な明日檜サンと別の意味で可哀想な平子サンのためにいい口実を見つけてきたんですよ。聞きます?」

「別の意味ゆーな。何や」



『棗 一回帰らせといて悪いんやけど 今から来れるか?』

浦原との話が終わって、そうメールをいれる。

一分もしないうちに障子の向こう側に人の気配が現れた。


「真子さん……?」

「入ってええで」


障子が開き、膝をついていた棗が入ってくる。

取るものもとりあえずという格好で、腰に斬魄刀を差し、左手にペンギンのぬいぐるみを抱え、目を真っ赤にしていた。

───喜助、実はいつも世話になっとってありがたいと思てんねんけど、そんなかでもとりわけ今回は助かったわ。

と平子は真剣に思った。

嫁さんにしよう、幸せにしたろうと決めた娘を早速自分で泣かせてれば世話ない。


「何の御用でしょう」

「棗、こっちおいでや」


胡座をかいたまま軽く腕を開くと、棗は目にキューっと力を入れ、斬魄刀とぬいぐるみをその場において平子の胸に飛び込んできた。

抱きしめて、後ろ頭を撫でる。


「泣かせてごめんなァ」

「え? あ、いえこれは、ただ悲しい物語を読んでいただけでしゅよ」

「キスしてええ?」


返事もせずに棗は唇をくっつける。

しばらく唇を寄せ合っていると、感情を晒してもいいのだと理解した棗がしゃくりあげる。


「真子さん、真子さん、私何かしましたか? 最近あまりキスしてくれないし、抱き寄せて貰おうとしても向こうむいちゃうし、どうして」

「あーあー、オマエは何も悪ないから泣かんとき」


あえて何が悪いかと言えば、美人で、胸が豊かで、細い腰の曲線が絶妙で、言われて嬉しいことをガンガン口に出すのが悪い。

特に最後のが悪い。棗は男の胸を『クソ、可愛い』でグッというかキュンというか、締め付けるのが必要以上に上手いのだ。


「悪いところがあったら直します。お料理も頑張りますし音痴も何とかして直します。殺人以外は何でもします」

「大丈夫や、そのままでええ。手料理食うてみたいし三番隊の飲みで『罰ゲームで一曲』が可哀想すぎて免除になったて歌声はめちゃくちゃ興味あるが、今は置いといてええ。人を殺せとかも全然言わへん」

「棗は真子さんともっとキスがしたいです。抱きしめて欲しいです。一緒にいたいです。触れ合っていたいです。お付き合い始めてからも私にくれる言葉や優しさに胸が締め付けられて、弥増しにあなたを好きになっていくのに、あなたに触れられないのはつらくてたまりません。私はあなたが好きで仕方ないんです」


必要な注釈。『、』か『。』が入ったときにはキスをしている。


「あァ……。あのなァ、賢いオマエにはこう言うたら分かるやろうから、……。……ちょっと長めに話させてくれるか? 

さっき現世での虚退治の依頼が来てな。縄張り持つタイプの虚で、その地区を担当しとる死神では倒せへん強さなんやて。そんでも俺が出てくほどのモンやないねんけどな。でも近くに感じのエエ観光地があるて話やから行ったついでにそこでゆっくり一泊しよか思てん。

それで、棗。……一緒に来ェへんか? もちろん『そういうつもり』で誘うてる。『そういうつもり』で決めてや」


名目は虚退治。

本当は、誰の目も気にする必要がない場所で、二人きりの一晩を過ごしたい。

何のために一夜を誘われるのかは明白である。

どういうつもりかも、平子の態度の理由も察して、棗は涙に濡れていた表情を晴らして微笑みに変える。


「はい。お休みとりますね。いつですか?」

「ノータイムでイエスて。躊躇いとかないんかい。オマエ俺のこと好きすぎひん? 無理せんでええんやで? 俺待つし、断っても嫌いになったりせえへん。浮気もなしや。約束する」

「旦那様に抱かれたくない妻がどこにいるんです」


棗は平子の手を握り、自分の頬に添えさせる。


「したいです。真子さんと」



ああ良かった、嫌われてなかった、それどころか大事にしようとしてくれていた、と棗が喜びに胸を打たれている横で、何発も被弾した平子は動けなくなっていた。



数日後、現世に出て、件の地へ赴いた。

山一つ分を縄張りにしている虚を見つけるのに手間取りはしたが、強さは平子どころか棗の相手にすらならない。

一撃で下して、神社を観光名所とした町に入った。

その町の一角の、昔は小さな色町で連れ込み宿だった建物を改装したお誂え向きの宿で、温泉に入り、食事をした。


「慣れるまでは優しくしてくださいね」

 =『慣れたら激しくしていいですから』との棗の言葉(穿ち過ぎでは?と思う者は明日檜棗を分かっていない)にまた平子が一発撃たれる場面を経たりもして。


二人は白いシーツの上で服を脱いだ。


「初めてだからこそ、真子さんのすべてを受け取りたいんです。お願いします」

今回だけでも使わないで欲しいと棗が訴え、平子も強く反対しなかったので一応用意されていたものは開封されなかった。後でなんとかなっても、まあ、そんなに困りはしない。


棗は文字通り初めての体験への緊張はあったものの、心身を抵抗なく平子に委ねてリラックスしていたからかさほど痛がらず、行為は緩やかに、お互いどうしたら気持ちよくなれるか探り合いながらのものになった。

優しく丁寧に、ゆっくりと、手探りで、時間をかけて。


平子は自分が男としては体が貧相なのを自覚している。

『スタイル』の概念的には上の方にいるが、脂肪が付いていないのはともかく筋肉が必要最低限にしかなく、痩せていて、薄い。体重もない。何をしても現在より体格を良くできない。

拳西の指導のもと負荷の高い筋トレをしたこともあるが一ヶ月経っても全然変わらず、

「なんでだよ真子……! オマエなんでなんだよ……!」

と闇堕ちした親友にかけるときの言葉と共に憐れまれた。


平子の体を見て男性的な特徴が素敵だと思う女性は少ないだろう。豊満な魅力に溢れる棗に対して若干のコンプレックスがあったが、棗は平子の体を愛おしそうになぞり、微笑んだ。

彼女が平子の何に愛しさを感じているか、沁み入るように分かるしぐさだった。

愛されていた。



───そして冒頭に戻る。


行為が終わって酔いが一時醒める現象のあと、脳から変な物質がどばどば出てきた。

最中は行為に精一杯だったが、余裕が出てくると思考の方向も変わる。

疲れてうとうとしているこの美しい女性は自分のものだと、独占欲が満たされる爽快感は鮮烈だった。

彼女を貰うと決めてよかった。これからはずっと彼女が傍にいる。体に限らず、心が傍にいる。

そう感じることのなんて心地良いことだろう。


しみじみ幸福感に浸る時間を経て。


後悔が始まった。


服を着せておくべきだった。

彼女はまだ裸で、平子も裸だった。

して、離れただけの格好だった。


初めてで疲れている彼女を起こして誘うのは間違いなくOKするからこそ論外だが、かといってこんな日に独りで処理するのも嫌である。何度も思い出すであろうこの日に、苦い記憶は付着させたくない。


「参っとるなァ、俺」


初めは『あかんこいつ、俺が傍にいてやろう』くらいの気持ちだったのが、今では自分が傍にいて欲しくてたまらなくなっている。

一日に十回も二十回も好きだと繰り返し言われればうざったく感じるのが普通だろうに、全く聞き飽きない。毎回嬉しい。


しゃァない。覚悟を決め体を動かすと、漫画的表現で鼻ちょうちんが弾けたように棗が目を覚ました。


「ごめんなさい、寝ちゃってました」

「………………」


寝ててほしかった。

ここからピロートークが始まってしまうのはつらい。ピロートークはしたいのに。


しかし棗はそれ以上平子を悩ませはしなかった。

平子の首に手をかけ、甘い甘い声でこう囁いたから。


「ん、つづき、しましょう」



2回した。














****************


棗:性知識が偏っている。処女でも優しくしてもらえれば楽しめるし、一晩に何回もするのが普通だと思っている。

平子:棗があまり痛がらなかったのは自分のが小さいからではと後で不安になった。

卑猥な棗の友人:尸魂界の千鶴。棗の性知識が偏ってる元凶。平子が帰って来る前すら棗の想いを周囲がみんな知ってたのもこいつのせい。しかし棗が痛がらずに済んだのもこいつが色々吹き込んだおかげ。

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