その呪いの名前は


「そっか、アイリスってこれから呼べばいいんだね。」
「えへへ~名付けたのは私です!」
「おめーにしちゃ上品な名前もらったな。」
「チュチュさんは逆に可愛すぎますよ。もっと雄々しい感じが似合いそうなのに。」
「んだと!てめえ!!」
病室にはスレッタ、ニカ、チュチュが見舞いに来てアイリスの名前を報告していた。
女子だけの空間というだけあって変なテンションが上がり、普段しない話をしたり聞きはじめる、女子トークの魔力は凄まじい。

「アイリスぅ、おめーさあ…誘拐されたジェタークの御曹司取り返したり無理しやがったけど、…す、好きなのか?」
「はい、でも好きってどういう好きかわかんないんです。」
「はーー!?なんだそりゃ!?
自覚持っとけ、そこんとこは!!
あーしは認めねえ、アイツは少し前までクソスペなイメージがあるわ!」
「やめなよチュチュ。」

「なっ!クソスペだろうとなんだろうと、大好きって思ったからいいです!」
「ふぁああ!!?」
スレッタが恥ずかしさで叫ぶ。
「じゃあ…グエルさんと結婚とかしたいとは思う?」
(グエル先輩は…)
「わからない…
わからないよ、初めて“僕”として接してくれた外の人で、先輩は兄のような気もするし。」
「…。」
「でも、グエル先輩が誰かと幸せになるなら、
その相手が僕でも、誰でも…嬉しい…かも。」

「……アイリス。」
「はぁ~何だよ、それ、もう…変な男にだけは引っかかんなよ…。
その相手殴るわ。」
「僕はただ、幸せにできない人と一緒になるくらいなら僕が一緒になりたい、それだけだよ。
ただ幸せになってほしいだけ。
何言ってるんだろう…あの人が一番大変な時に…。」
「わからないものは、無理に白黒つけなくたっていいんじゃない?
そのうちわかるわよ。」

いつの間にかオリネが現れて、会話をブッた切る。
「アイリス、今いい?」
「あ、はい。」
「株式会社ガンダムに入ること決心できた?」
「……はい!」
「じゃあ…
アンタにやってほしい仕事は水星でGUNDの事業の広報よ。」

アイリスは止まり「えっ?」とだけ声が出た。
スレッタは前もって知っていたのか様子を心配そうに見守っていた。
それはニカやチュチュも同じことらしい。
「スレッタのいた影響で水星にはガンダムであるエアリアルに対して抵抗感のない人達が一部いるみたいなの。
そういった人達に…―」
「まっ、待ってください!!」
咄嗟に声を遮ったがミオリネはそれも予想がついていたように「広報として重要なの。」とあえて突き放した態度を崩さない。
―僕がここを離れたら誰がスレッタを守るの?―
そう言いかけて、自身の足を見た。
忘れていた、自分は先日の戦いで、もうMSの操縦もできないことを。

「どうして今なんですか?」
それくらいしか言葉が出ないことに悔しく思う。
「……フォルドの夜明け、とか言う連中に顔がバレてるんでしょ?
それでいて10何機ものMSをダメにした人間が今、車椅子で生活してることを知ったらどうすんの?
私だったら、この上ない潰すチャンスって見る。」

ミオリネの言うことは正しかった、フォルドの夜明けが報復する気がないとは言えない。
そして、今回の水星という田舎の星に移住させることでアイリスを逃がそうという思惑であった。
「でも、今…一番みんなが大変な時に自分だけ逃げるだなんてできない!」
感情的になりかけた彼女にスレッタは「アイリス。」と呼び掛ける。
「みんな、あなたが好きだから…生きてほしいから…。
アイリスが遠くに言っちゃうの私も嫌…だけど、待っててほしい!

大丈夫、たまに会いに行くから!寂しがらないで。」
それが答えだった。
「考えさせてください。」
それでもスレッタたちの願いに心の整理がついていけなかった。
―――
ドミニコスから毎日、事情聴取をされ拘束される日がまた暮れる。
グエルの取り調べは難航した、あまりにも偶然の重なりが続いた結果なため、故意で父を殺害したのではないかと疑惑を持たれつつあった。
薄暗い留置場、疲労のなか夢を見た。
―グエル…無事…だったか―

あの光景をフラッシュバックする日は何度も続いている。

(父さんを意図して殺した人間として罰せられるのなら楽だったろうな…だが…)
そう思いながらも、未だにくすぶるスレッタ・マーキュリーに対する憧れと、命懸けで連れ戻したシャムに、残してしまった弟のラウダの存在が許さなかった。

(すまない、父さん…アイツが命懸けで呪ってんだ。
俺は後追いはできない。)
―――
―水星に逃げるか…ここにとどまるか…―
アイリスは1人の病室でその事ばかりを考える。
スレッタとプロペラの関係、それに留置場にいるであろうグエルを置いていけるはずもなかった。

―ふざけるな!!そんなことしてまで逃げたくない!―
アイリスはドアを開けてやみくもに車椅子を走らせ廊下に出た。
ガンッ
「ってえエエええ!?」
「!? !??」

車椅子にぶつかり、目の前に唸りながら倒れ伏すのは今は会えないはずの相手だった。
「グエル先輩…?」
―――
病院の廊下で会話するグエルは以前よりもやつれていることがアイリスからも目に見えてわかった。

「…ラウダがなんとか一時的に帰還させてくれたんだ。
監視はついてるけどな。」
「ラウダさんが…
お礼は言ったんですか?

謝罪じゃなくて。」
「……そうだな、謝っても謝りきれないから、ずっとそうしてんな。」
せっかく外に出られたはずのグエルはアイリスの足を見るなり辛そうな顔をした。
グエルはラウダから車椅子で生活していることは聞いていたが、目の前にしてショックが大きいことに自覚する。
「俺のせいだな…―」パァン
アイリスはグエルに平手打ちをしていた。
叩かれた本人は頬に手をやって唖然する。
「言うと思った!

僕の選択と結果は僕だけのものです、そんな言葉聞きたくない。
あ…ごめんなさい。」
怒るアイリスに対してグエルは吹いた。
「はは…弱えな…弱え…。」

それは痛みなのか、それとも自分のことを忌ましめているのか…
「…これからどうするんですか?」
「父さんを殺したことを償う気だ。償いきれないとはわかってるが。」
「償うって…なら、一緒に来てくださいよ。
GUNDの仕事したらいろんな人が救われるって…―」
「お前のやっとできた夢だろ。

それを“逃げ”に使えってのか?
そんなこと易々、言うな。」
「………。」
「だから、せめて胸張っていけ。」

「でも、恐いんです。僕の知らないところで…グエル先輩もお姉ちゃんもいなくなってほしくない…。」
「俺は、グエル・ジェタークだぞ!
そんなやわな野郎じゃねえ!

俺を信じろ。お前の周囲の人間のこともな。
だから俺たちのことは気にするな。」
「あは……気にしますよ。
気にしながらも待ってます、水星で。
姉を…お願いします。
どうか守ってあげてください。」
「わかった。必ずだ。」
その力ある言葉に安堵して「そうだ…」アイリスは車椅子で知る限りの優雅なお辞儀をする。
「遅れてごめんなさい。
僕の名前は、アイリスです。アイリス・マーキュリー。」

グエルは、そこで彼女に名前が与えてもらった事実に感慨深く思うと同時に、自身が渡したヘアーピンが身に付けられていることに今、気付く。
「そうか。
またな、アイリス・マーキュリー。
全部終わったら会いに行く。」

「遠くで呪って(応援して)ますからね。」
―――
動かなくなったダムドから回収された手のひらに収まるほど小さな部品の一部を撫でるアイリス。
「ダムド、僕ね。名前をもらったよ。
アイリス・マーキュリー。
なんだか上品過ぎる気がするけどね。
嫌いじゃないよ。
貴女の名前考えたんだ。
貴女は『コメット』。」

「コメット・マーキュリー。
彗星の意味を持つなら貴女が相応しいよ。
今まで、守ってくれて…ありがとう。」

でも汚い氷なんかじゃない、命の輝きを見せてくれた星として名前を呼んだ。
「一緒に行こうか。」
――
―――
―――――
それから月日は経った。
今日も水星で、頭の固い役人たちにGUND技術についての嫌味を口角だけ上げてやり過ごす。

「ふぅ~疲れたぁ…
ただいまコメット。」
与えられた事務所で株式会社ガンダムの仕事と水星の仕事を請け負う量は多くあった。
騒動や混乱が外部からたまに聞こえてきては、たくさん戦争のニュースを見た。

その、度に知っている人の名前を探し生きた心地をせずにいた。
連絡でスレッタは何があっても大丈夫、と笑っているが、気を落とすことも多かっただろう。巻き込まれているのかどうかすらもわからない。
余裕のある時にスレッタと地球寮が遊びに来ることはあったが、最近は特に外部宇宙はきな臭い噂で持ちきりになっていた。
(「戦争だ」)(「いや、そんなはずは…」)(「ゼネリグループが…」)(「ジェターク社は…」)(「ペイル社までも…」)(「やはりガンダムは危険だ」)
噂をいくら耳にいれようが真実はわからない。
だからこうして、待つことを選ぶアイリスは今日もデスクで業務を進めていた。
「遅いよね、コメット。」そうダムドの部品だった欠片をポケットから出して話す。

水星の補佐として雇っている初老の女性が部屋を開けた。
「アイリスさん、アンタにお客さんだよ。」そう言った女性に連れてこられた男性が部屋に入る。
「久しぶりだなアイリス。
やっと全部終わった。」

「案外、遅かったじゃないですか。」

―END―