その呪いの名前は


「スレッタ・マーキュリーの偽物をしていた、というのはお前だな。」
そろそろ来るだろうと予想していたが想像よりも落ち着いて話す彼は病室に現れた。
「ラウダ・ニールだ。
知ってるだろうけど、グエル・ジェタークの弟だよ。」
「知ってます。」
自分の立場を知るシャムにとって、彼からの視線をまっすぐに受け止めた。スレッタよりもある意味では憎まれる立場であることは自覚済みなのが、またラウダの苛立ちを加速させる。
「だったら話しは早いな、こっちとしては兄さんがお前の容疑を被ったんではないかと踏んでるんだ。
もし、そうなら今のうちに白状しておいた方がいい。

死ぬよりも辛い目に合いたくなければ…。」
ラウダは怒りを抑えながらも言動の節々に感情が漏れてしまっている。
現在、ジェターク社の責任問題だけでなく父を失くし兄を待つ状況が辛いのだろうと、シャムは察した。
「違います。
あの人が父を殺した相手を庇うはずないですよ。」

「だったら、どうやって兄さんが父さんを殺すことになったか正直に言えッ!!
お前が兄さんを誑かしたんじゃないのか!?」
「一番わかってますよね、先輩は僕に誑かされた程度で揺らがないって。

そんな理由で人を、父を殺した人間を庇う人なんかじゃない!」
憎むのならいくらでも憎まれても構わないが、彼女としてはグエルが父を殺害を容認するはずはない事だけは譲れなかった。
「…!」
「…それに、それを話すのは貴女のお兄さんがすることです。」
「…自ら話させるつもりなのか?」
ラウダの言葉は至極全うなものであった、父親を殺した本人の口から話しをさせるなど通常ではあり得ない。
「でも、待ってあげててください。
絶対もどってきますから。」
そう言ってシャムは一切れの紙を差し出した。
そこには幼少期のグエルとラウダが写っていた写真であった。
「……!」
「あの人が…大事なものだから何処かに保管してほしいって。
でも一番に大事に保管してくれるのはラウダさんですよね。」
ラウダは黙って写真を受け取り泣き崩れる。

「どうしてだよ、兄さん…どうして何も言わずに…早く帰って来てくれ。」
独り言を言いながらも去っていくラウダの背中を見送った。
「……」
ーこれでよかったんだろうか…ー
―――
ー結局、僕はみんなの力になれたんだろうか…ー
ーできるだけの事をしたつもりだけど僕の影響なんて…ー
彼女1人が動いたところで、現状を変えるのは本人達であるのには変わらない。
ーお姉ちゃんもグエル先輩も地球寮の人達も…ー
ーどうか、がんばってほしいー
それがどれほど辛いことであっても、それだけは願っていた。
―――
「ねえ、それって…何が入ってるのかな?」スレッタは病室に置かれていた小箱を指して言う。
「さあ…?片方しかないって…」
箱を開くと中には花の形をしたヘアーピンが一つだけ入っていた。

「こ、ここっこれは…!!プレゼント!?だよ!じゃあ2人ってそういう…?」
自分のことのように興奮するスレッタに「違うよ!!?!」と訂正する。
「そういう考えはグエル先輩に悪いから。」(それにスレッタが一番勘ちがっちゃいけない…!

先輩もなんでこんなかわいいものを…。)
「ええ…。」
花の部分はガラス細工であった、そして本来は二つセットだったであろうが、恐らくフォルドの夜明けに乱暴にされたであろう。
簡単に花のガラスが砕けたのは想像ができてしまう。
「…。」
と唐突に現れた聞き覚えのある声に振り向くとセセリアとロウジが病室にいた。

「それ、アイリス~?へへ~グエル先輩にしては悪くない選択。」
「えっ、貴女どうしてここに…?」
「うっそ、忘れたの?ブリオン寮で少しの間預かってたのにぃ??」
横では「あ、これどうぞ。」マイペースにロウジはスレッタにフルーツバスケットを渡す。「きょっ恐縮です!」
「セセリアさん…忘れてませんけど、どうして…ここに?」
「ま~あ?うちで預かられてるうちにどっかに行っちゃったり不法入学してたヤバイ子だけど?
一時的にブリオンにいた生徒だったわけだしぃ。
事件に関わってないか見に来たの。」
「君が去ったあとは少しブリオンも
不法入学の手伝いしてたんじゃないかって噂たてられたんだ。」
「あ、…申し訳ありませ…ー」
「でも死んでなくてよかった。やっぱりブリオン寮生から一部人気あるんだよね君。」

「てゆーか、そこら辺があったからグエル先輩もブリオンを選んだって思ってるわ。
だから一部の生徒に様子を聞かれてたまんないのよね~。」
「セセリアは野次馬目的もあったでしょ。」
「まあね?
それさぁ…、もう着けちゃいなよ。先輩が来た時に着けてなかったらちょっと気にすると思うなあ。」
ヘアーピンを指して言うセセリアに「うあ、え!?どうして先輩が僕みたいなのにそんなの渡すんですか!?」それこそスレッタに渡すものだった可能性を捨てきれないシャムは迷っているらしい。
「あの日に持ってたんだよね。
それクリスマスの物だよ。」
ロウジはわかった答えを口に出すように言った。
その日はクリスマス手前であることを思い出す。
「……クリスマス?」

「でも、付き合ってない相手に送るなんてやっぱグエル先輩って重~。」
「ダメだよ、そういうこと言っちゃ。」
「じゃあね、また見に来るから。今度そのカラーに合うマニキュアくらい貸したげるよ。」
「はい、ありがとうございます。今度来たら、何か出しますから。」
「オッケー、じゃあスイーツ買っといて。」
2人が去ったあと、少し傷がついているアイリスのヘアーピンを見つめる。
あっ!と大きい声で思い付いたことを言った。
「じゃあ、アイリス!
あなたの名前はアイリス・マーキュリー!」
