その名は"歌"

その名は"歌"


あたり一面が砂浜よりも赤い砂地で覆われ、地を灼く暑さが地平線の向こうを朧のように揺らぐ。

およそ生物が住めるとは思えぬ過酷な気候をしているが、偉大なる航路の港町らしく人々が忙しなく行き交い、焼ける熱砂の地面ではサソリやスカラベが生きる糧を探している。

アラバスタの玄関口、ナノハナ。

復興景気に沸くこの街に、歌姫の化物がやってきた。


「とうちゃーくっ!!すっごい!!みえるとこ全部砂だらけ!!」

『砂漠の国と聞いて正直ロクな獲物がない退屈な国なんじゃねェか、って不安だったが‥なかなか活きのいい連中が揃ってるな』

「だめだよヴェノム!カタギの人たちを食べたら、私たちが海賊になっちゃうんだから!」

『テメェに常識を語られたくねェ。というかオメー、元々海ぞ‥』

「うるさい!ツッコミ禁止!」


日光避けとおぼしきフードを被り、黒いピッチリスーツは照り返しの防止と動きやすさの両立に見えなくもない。

しかしながら、年端もゆかぬ乙女がエレファントホンマグロを小脇に抱え、蛇に似た小型海王類をズルズルと引き摺る勇姿は、海賊に勝るとも劣らぬ屈強な漁師ですら恐れおののいている。


『とりあえずメシにしねえか?さすがに魚の生食いには飽き飽きしたぜ』

「だねー、とりあえずこのエレファントホンマグロを酒場で調理してもらおう!」

『金はあんのか?』

「海王類と鼻を売ることでなんとか!」

『オイ?!鼻は一番美味ェところだろ!!もったいねェぞ!!』

「仕方ないでしょ!お金ないんだから!!」

『だからゴードンに言っておきゃ金くらい貰えただろうが!テメェ歌えるんだから歌で稼げ!!鼻を食わせろ!!』

「アーアーキコエナーイ!!」


耳を塞ぐウタと、少女の"服"から発せられる謎の声。


「なんだアレ‥‥」

「さあ‥‥?」


ぶっちゃけていえば、ドン引いている。

力自慢であるだけならまだしも、よくわからんナニカと喋って一人芝居じみたことをしているのだから。

海賊とも思えないだけに、余計に近寄りがたい。


「ま、まあ魚を卸してくれるんなら、いいんじゃねェの‥‥?」

「そ、そうだな……」


海賊よりも意味不明なナニカに微妙な距離感を置くなか、ウタは「何ベリーになるっかな♪」と即興歌を歌いながら、ウキウキルンルンで駆けていった。


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「おふぇふぁふぃなっふぁひほがね、へめふぇあらばすふぁにいふぃなふぁいっへ」

「イヤわからねェよ嬢ちゃん、呑み込んでから言ってくれ」

「ゴグンッ!!お世話になった人がね、"せめて行くなら、まずアラバスタにしなさい"って言ってたの。それでこの国に来たんだ」

「なんだお嬢ちゃん、あんた家出娘なのかい」

「書き置きは残してきたよ?ゴクゴクプハーッ!!」

「そいつァ世間一般には家出扱いだな」


"ウタ"は荒っぽい海賊や賞金稼ぎの如く‥‥否、バナナワニよりも獰猛に、エレファントホンマグロの姿焼きを食いやぶっていた。

荒事を生業とする連中の中には、豪快に呑み食う男などしょっちゅういるが、ウタのような可憐な美少女がド派手に食い荒らす姿はかなり珍しい。

貴重な氷水ジョッキをツマミのように呑み込むさまを、酒場のマスターはキッチンカウンターから呆れたように観察していた。

漏れ聞こえるエピソードから察するに、よほどのいい育ちだったと同時に、今は海賊と同程度には荒っぽい生き方をしてるらしい。


「バクムシャゴクンッ!!そんな感じで島を出てきちゃったから、お金もなくってね。だから‥‥エレファントホンマグロの鼻を‥‥!!」

「おいおい、今更アレはやれねェぞ。王女様に献上する予定なんだ」


涙目で悔しそうにバックヤード奥を見つめるウタ。

皿の上にあるわけではないのだが、この食いっぷりでは舌を伸ばして冷蔵庫ごと食われてしまうのではという怖さが、マスターの中にチラつく。

あながち、間違いな想像でもない。


「王女様が欲しがってるの?なかなか味のわかるお姫様みたいだね」

「そりゃそうさ、昔っからハチャメチャに活動的な御方でね、ついこの間だって‥‥」


アラバスタでついこの間起きた、内乱のことをまるで知らない。

ということは、旅人であることは間違いない――マスターは、目の前でドカ食いする黒ピッチリスーツ少女に想像を巡らせる。

長年の経験で害意はないと察せられるが、気をつけておくことに越したことはない。

また、海賊に故郷を荒らされてはたまったもんじゃない。

世間話ついでに素性を探ってみるつもりであったが、横槍が入った。


「失礼、少々お尋ねしたいことがあるのだが」


ウタの真横に、白頭巾と軽装鎧を身に着けて槍を携えた兵士が現れた。

アラバスタの国王軍兵士だった。


「なんだ、国王軍の兵士さんかい。どうしたんだ?」

「港のほうで不審人物を見掛けたと聞いてね、なんでも全身黒ピッチリスーツで怪力無双の化物少女だとか……海賊やならず者であっては困ると、調べに来たのだよ」

「あー‥‥」

「ふーん、港町だから変なヒトも来るもんなんだねー‥‥ムッシャムッシャ」


「「「いやお前だよっ!!」」」

「え?!わたし?!」


兵士の出現も意に介さず、ムッシャムッシャと中トロを食い漁っていたウタの動きがようやく止まった。

「まさか海王類を捕まえた程度で話題になるとは」と言わんばかりの、あんぐり顔だった。

かつて育った環境が海王類を討ち仕留められる化物海賊ばかりだったためか、自分がどれほどのチカラをもってしまっているのか、自覚が全くない。


「エレファントホンマグロを担いできただけじゃなく、市場に小型海王類まで卸したとウワサを聞きつけてね」

「お嬢ちゃん、海王類まで仕留めてたってのか‥‥?!」

「ふふん、すごいでしょ?市場のおじさんたちも喜んでたよ」


せいぜいが、「いっぱい食べられて嬉しいよね!」と思うくらいだ。

おつかいを立派に追えたかのようなウタの無垢なドヤ顔に、酒場にいる老若男女の表情筋がヒクつく。


「民に食料を提供して頂いたのは有難いが、その力が強大だからこそ、国王軍の兵士たる我々としては、君が国へ害を為さないか確かめねばならんのだ。手配書との照会のため、近くにある海軍の野営に来ていただけるかね?」

「やだ」

「うむ、そう言ってくれると‥‥えっ??」

「だーかーら、やだっていったでしょ」


いうが早いか、ウタはまたもやエレファントホンマグロのドカ食いに戻ってしまった。

さっきまでの聞き分けのいい子供のような姿と一転して、今度は駄々をこねる子供のような姿。

思春期も過ぎたそこそこのいい年だろうに、言葉にできない違和感の不安が、酒場の人間と兵士たちに沸き上がる。

"ウタ"も、ヒリつく超直感で場の空気が変わったことを察知しているが、気にしていない。

あえて、塩コショウがしみ込んだ赤身肉を食い続けている。


「え、と、お嬢さん、食事の邪魔をして機嫌を損ねてしまったのなら謝罪しよう。食べ終わるまで待ってるのでその後で海軍の野営へ――」

「しーつーこーいー。イヤなものはイヤなの。モグモグッ」

「むぅ……」


ウタの気性を察した国王軍の兵士は、子供を宥めすかすかのように彼女を説得してみせるが、やはり聞く耳はもたない。


「なァお嬢ちゃん、減るもんでもなしついていくのが賢明だぜ」

「なに?おじさんもこの人の味方するの?」


ウタがギロリとマスターを睨むが、荒事になれた少女の眼光程度でたじろくような性根はしていなかった。

荒くれ漁師たちを相手するのみならず、海賊までも接客したことすらも、数え切れない。

つい最近では、血気盛んな「反乱軍」相手にも貴重な水や酒を提供していたのだから、肝の据わりようは桁が違う。

"ウタ"も「この人は強い」と警戒感を高めて、眼光をより鋭くする。


「おれらとしても不安要素は払拭してェんだ、近いうちに王女様がナノハナへ視察へ来なさるんだ。海賊みてェな連中をのさばらせるわけにはいかねェのよ」

「だったら尚更、行くわけにはいかないよ」

「そりゃどういうこった?」

「だって――」


「この人、嘘ついてるよ?国王軍ってヒトじゃないもの」


瞬間、酒場の空気が夜の砂漠の如く凍った。


「あ、あれ?みんなどうしたの??」


困惑したのはウタだった。

国王軍であるというのは嘘、海軍の野営へ連れていくというのも嘘。

つまりコイツは人身売買の攫い手か、よくて路地裏や密室へ連れ込む強姦魔の手先。

少なくともウタは確信した。周りには理解されなくとも、身の安全を守って真っ当なことを主張するつもりだった。

「国の兵士をペテン師だと言い張ったのだから、少しくらいは感情が揺れ動くかも」と思ってたものの、最近目覚めた"聞く"力から漏れ聞こえる感情は、酒場にいる全員が砂嵐のように荒れ狂っているように感じる。

しかも激情の矛先は自分ではない、食事を邪魔してくれたこの自称兵士に向いている。


「お、おいおい、お嬢さん何を言ってるんだい?!」

「……お嬢ちゃんよ、冗談で言ってるなら今すぐ撤回してくれ。今言ったことは、この場にいる全員が命を懸けるに値する情報なんだ」

「みんなやおじさんが何でそんなに真剣になってるのかはわからないけど、この人がニセ兵士なのは確実だよ?だって"国王軍"って言ったときに"嘘"の音がしたんだもん」

「う、嘘の音ォ?!」

「耳がいいんだよ、"私たち"」


ウタが白く柔らかな耳と、黒い服で覆われた豊満な胸元を、指でトントンと叩く。

そのジェスチャーが意味することは酒場のマスターには全くわからなかったが、わからないなりに「まァ能力か何かだろう」と納得していた。

というよりも。


「馬鹿馬鹿しい!何を根拠にそのような戯言を!!」

「根拠が意味わからねェのは同意するが、同じくれェお前さんのことも信用できねェ」

「なっ?!」


ウタの素性がどうでもいいくらいに、"国王軍兵士を名乗る男"を怪しく疑う情念が、熱砂のように沸騰している。


「だからよ、この場で裸になっちゃくれねェか?兵士さん」

「えっ‥‥おじさんそういうシュミが‥‥?!」

「違ェよ!!……マークを確かめるのさ、ホントに国王軍だったら刻まれてちゃならねェもんをな」

「あ、そういうこと」


世間知らずといえど、海賊に育てられた娘。

ウタは「たぶん詐欺師みたいな海賊に苦しめられてたんだろう」「その海賊のドクロを確かめるに違いない」という推測を立てた。


「わ、我々としては一向に構わんが、彼女こそが嘘をついてる可能性は考えないのかね?!私が無手になってしまえば、ならず者かもしれない彼女を逃すことになるかもしれないんだぞ?!」

「そんときゃ、おれらが責任もってお嬢ちゃんのドアタマぶち抜くさ」


マスターが、ウタの眉間に向けて銃を構えた。否、酒場に屯していた自警団の面々全員が、ウタに銃を向けた。

もしこの国王軍兵士が本物だというのなら、この小娘こそが、またも奸計で国を惑わせる正体不明の賊ということになる。

正体がわからないが、正体がわからないことこそ証拠。

そのような理不尽をぶつけられて、黙っている"ウタ"ではない。

アドレナリンの分泌と闘争本能が沸騰していく。


『「おじさんたちオッサンども。拳銃抜くってことは、命駆けるってことでいいんだよね?」だよな?』


ウタの首元まで覆っていた黒のベールが有機的な鎧と化し、全身を覆って化物の如く凶暴な貌へと変化した。

輪唱のように響く不気味な声や、大蜥蜴のように鋭い手は能力によるものか、あるいは偉大なる航路の底知れぬナニカか。

確実にいえるのは、"ウタ"もまた殺意を剥き出しにしている。


「構わねェ。この場にいる全員が、命を懸けるべきときだと覚悟を決めてる」

「『ならいいよ』いいぜ」


一触即発。

何かキッカケさえあれば、疑いの男を放っておいて化物少女と市民たちで殺しあいをしかねない。

国王軍兵士であれば、ウタと市民の双方に対して「落ち着け」と勇気を振り絞って声をかけるべきだ。


「チクショウ!!」


しかし疑いの男は、争いの重圧に耐えきれずに逃げた。

本物ならそんなことはしない。仮に本物であっても、こんな不様を晒すなら兵士であっていいはずがない。

苛烈な"闇の正義"じみた思考が、本能で身体を動かす。


(まだだ、背後を晒してから)


時間が止まったかのような意識の超感覚のなか、"ウタ"は偽兵士が背を向けきるまで待った。

エモノの無防備な後頭部を認識した瞬間、"ウタ"はハエトリグモのように偽兵士へ飛び掛かった。


「ぎぃいいイイイイイぐああああッ!!」

『「残念、けっこう強いんだよ、"私たち"」』


長く巨大な怪腕で偽兵士の両肩を押して倒れ込ませ、走り込む動作そのままに踝(くるぶし)を踏み砕き、逃走を物理的に阻止した。

念には念を入れて、槍を奪って刃を後ろ首筋にあてがい、両腕両足をシンビオート組織で作った触腕で抑え込む。

もはや偽兵士は、蜘蛛に捕らわれた哀れな獲物も同然。


「この野郎っ!」

「やはり偽物にちげェねえぞ!!今すぐひん剥いてやる!!」

「や゛べ、や゛べどっ、おべばごぐごう゛ぐんのっ」

『「あ、大丈夫。私がひっぺがせるからさ」よく見てろ』


数秒遅れて、"逃げた"ことを認識した酒場の客たちが偽兵士の身ぐるみを剥がそうとするが、"ウタ"は自分に任せろと言わんばかりに巨腕でサムズアップ。大きく裂けた口を披露しながら。

不気味な貌の動きに呼応するかのごとく、偽兵士を拘束する触腕がウネウネと胎動する。


「ゴッボボッボボボボボ?!!?」


触腕の先端からシンビオート組織が広がっていき、偽兵士の全身を包んでいく。

かろうじて人の形だとわかる程度には認識できるが、蜘蛛の糸に全身を縛られた餌と見分けがつかない。違うのは、色くらいだろうか。


『デザートとしちゃ最悪だな、繊維なんて食うもんじゃねェな』

「文句言わないのー、私だって食べたくないし」

「……服を食って、剥がしてるのか?」

『「まァそんなとこ」だ』


服が服を食うという異常すぎる光景だったが、「偉大なる航路なんだから、そういうこともある」と自らを納得させていた。無理矢理にでも。


「な、なに、なにが、くろい、なにか、」

「見ろ!!太腿の付け根だ!!」


黒の檻から解放されて虚ろな目で怯える偽兵士だったが、恐怖を纏わせた少女の異様さを咎めることはなかった。

全てをかなぐり捨ててでも確かめねばならなかった証が、兵士の肉体に刻まれていた。

交差するサーベルと二枚羽根をあしらったドクロのマーク。

アラバスタ全土を混乱に陥れた、忌むべき秘密結社を示す証だった。


「このBW野郎!!まだのさばってやがったのか!!」

「覚悟しやがれ!!アラバスタの砂がテメェの墓石だ!!」

「ちが、ちがう!!ぢがうんだ!!このマ゛ーぐは、ま゛ーぐはばびが、ごのコムズベ、おごッ?!」

「よくわかんないけど、腕の関節も外しておいたよ。後はお好きに」

「助かるぜ、お嬢ちゃん。あんたは国の恩人だ!」

『「大袈裟だよー、気にしないで」気にすんな』


客たちはにこやかに"ウタ"へと礼を言った後、もはや身動きもとれなくなった偽兵士に修羅の形相を見せつけて、無言で怨敵を引き摺っていく。

ウタの顔が元の美少女と酒場の客へと戻り、今度は酒場のマスターが幽鬼のような仄暗い仏頂面へと変貌していた。


「大変なことがあったんだね」

「大変なんてもんじゃねェ、国が滅びかけたんだ」

「……ごめんなさい」

「っとすまねェ、責めるつもりじゃなかったんだ。ただ、まだ傷が癒えてねェんだ‥‥おれも含めてな」

「……そっか」


溶けてぬるくなった水を、ウタは言葉ごと飲み干す。骨だけになったエレファントホンマグロをぼんやり眺めて、新たな料理を要求するでもなく、動かない。

触れてはならない傷に触れてしまったのか‥‥戻ってきた酒場のマスターとしての感触、客をもてなす人間としてしでかした過ちの痛みが、マスターを日常に戻した。


「とにかく、お前さんには世話んなったな。えーと‥‥」

「ウタ、私は歌姫のウタだよ。一緒にいるのは――」

『"リリックス"ってんだ』「――え?」


ウタの黒スーツがヌルリと変化し、さきほどの口裂けた化物貌がひょっこり顔を出した。

どうやらこの変化服は、生物であり少女の協力者なのだと、かろうじて認識する。


「"リリックス(歌詞)"、っていうのかい?見た目に似合わず風流な名前してんだな」

『うるせェ、とっととデザートくらい持ってこいってんだ。テメェらのためにクソ不味いモンを食わなきゃならかったんだぞ?』

「ははっ、すまねェ。とびきりのをもってきてやるよ。ウタ、リリックス」


朗らかに笑い、酒場のマスターはバックヤードに進んでいく。

その機を見計らって他の客が次々にウタへと話を聞きたがりにきたが、「ごめん、ゴハンの後でね」というと引き下がった。

今度は食事を邪魔されずに済みそうだったが、またも事情聴取が始まる。

ウタから彼女自身の協力者に対して。


「"リリックス"って名前、初耳なんだけど?」

『そりゃ初めて言ったからな』

「名前まで隠してた‥‥ってわけじゃないのよね?"ヴェノム"っていうのはなに?」

『おれの記憶にあった、とんでもなく強ェ"ヒーローたち"の名前だ。便宜上使わせてもらってたんだよ』


『だから、新しく名乗った。"おれたち"にふさわしい名前をな』

「ふぅん‥‥でも何で今名乗ったの?」

『身内とエモノしかいなかった状況じゃ、名乗りを上げるもクソもねェだろ』

「たしかに」


大層に話すでもなく、さらりと流すウタとシンビオート。

自分に見聞色が使えないように、共生体相手には嘘や感情を見抜くチカラは発揮できない。

しかし、人間関係として当たり前に気遣いあう心持ちが、協力者が嘘をついていないと確信できた。


「じゃあ改めてよろしく、"リリックス"」

『おう』


だからこそ、お互い気にせず「そういうものなんだ」と納得した。

大いなる目的のためには、そんな下らないことで衝突なんてしてられない。


『い、今すぐその"生物"を手放すんだウタ!』

『なんで?!この子のお陰で海賊を追い払えたんだよ?!ウタウタが通じる敵ばっかりじゃないかもしれない‥‥海賊から身を護るためには‥‥"ヴェノム"のチカラが必要だよ!!』

『お願いだ、言うことをきいてくれウタ!その"生物"まで解放されたとあっては、また大変なことが起きてしまう!!』

『‥‥ゴードン、』

『ウタ?』

『いま、その生物"まで"、"また"、って言った‥‥?』

『!!』

『やっぱり!!10年前に、私の知らない何かが起きてたんでしょ!!』

『ち、違うんだ!!話を聞いてくれ!!』

「『ダカラ聞いテるんじゃない!!!!話せ!!今すぐに!!!!』」


「『シャンクスのこと!!!!エレジアのこと!!!!全部話して!!!!』」


今でも父と想う海賊に会うために。もしかしたらいるかもしれない同族(競争相手)を倒すために。

ウタウタでは敵わない敵を倒すために。音すら武器にできた宿主を手放さないために。

心おきなく歌うために。同族が味わえぬ娯楽を育てるために。


"ウタ"は、まだ止まれない。


「はいよ御二人さん、口なおしのデザートだ」

「なにこれ?春雨??」

「ファールーデ、ってんだ。米粉で作った砂漠のかき氷さ」

「かき氷?!うまそーーーー!!いっただきまーす!!!!」


春雨のように白く美しく、レモンとミントの香りで涼やかさを引き立てる氷菓子が、熱く火照ったウタの興奮を慰める。

服こそ黒のピッチリスーツだったが、甘味で頬が蕩けゆくさまは、まさしく年頃の美少女。

「この笑顔が見れるなら安いもんだ」と、酒場のマスターや客も微笑ましく見守っていた。


何はともあれ、まずは"食う"ことをウタは堪能していた。

食うことは生きること。

いまだ本人が気付かぬうちに‥‥ウタは、精神に囚われすぎた視座から、解放されつつあった。


良くも、悪くも。

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