そのコーヒーはほろ苦く胸を焦がす
とあるホテル ―会員制レストランの一室にて―
「今回の件は助かりました。あの子も随分と感謝していましたよ」
「構いませんわ。あんなことで有望な料理人の未来が閉ざされるなど許されることではありません。これも未来の美食への投資です」
「ハルナの食への信念も相変わらずですね。その直向さは実に好ましいです」
「…………」
「おや、口に合いませんでしたか?」
「いいえ。この店には私も一度は来てみたいと思っていましたが期待以上です。ですが、」
「望むなら向かいに座するのはあなたではなく、先生でしたら言うことはありませんでしたわね」
「おや、これは手厳しい。しかし、そうですね……あなたはシチュエーションにもこだわるのでしたか」
「でしたら、こういうのはいかがです?」チャリ
「それは、どういう意味か聞いても?」
「見ての通り、このホテルの最上階ロイヤルスイートのキーです」
「部屋を取ってある、というやつです。定番ではありますが、どうです?先生にはできないシチュエーションかと思いますが」
「……惚気なのか愚痴なのか、あの狐から聞いたのですが。何かを成し遂げた人を見届けた夜は、あなたは随分と激しいのだとか」
「……何の話をしているんですか。まぁ、否定はしませんよ。いつの間にか、ワカモと随分と仲良くなっているようで何よりです」
「そんなに妬ましいですか?」
「嫉妬しているわけではありません。ただ、羨ましい。私の中にない、あなた達だけが持つ胸の奥の灯にどうしようもなく焦がれているんだ」
「そう……まだ、見つかりませんか?あなたの望みは」
「はてさて一体どこにあるのやら。アビドスの砂獏の下にでも埋まっているのですかねぇ」
「それはそれとして、ご満足いただけないなら仕方ありませんね。報酬はまた改めて……あら?」スカッ
「最上階で味わう夜明けのコーヒーの味はいかがなものかしら」
「あら、どうしましたの?エスコートしていただけるのでしょう」
「……ええ、よろこんで」