そっちの熱は非対応なので
まずい、と思いながら赤く爛れていく手を見る。こうなるのは久しぶりだけれど、この感覚には嫌というほど覚えがあるのだ。
そういえば浦原さんが「異常があったらすぐに連絡する約束ッスよ」と言っていたのはこのことだったんだろう。
血の繋がった父親なんだかどうだかの藍染惣右介という男のせいで、アタシの霊圧のコントロールがぐちゃぐちゃになってるとかで義骸の調節に大変な苦労をさせてしまった。
これがないとアタシは高校に通えないし、小さい頃みたいに熱を出して布団から起き上がれないのも困る。本当にあいつは余計なことをしてくれた。
一応は隠れなくてもよくなったからこれを機に霊圧を必要以上に抑えない状態にも慣れた方がいいらしいけど、あんな荒療治は確実に必要がない。
アイツは絶対にコミュニケーション能力に難があったからオカンにフラれたんだ。あんなに女泣かせてる顔してたのに。
「平子さん、なにか気になることでもあったかな?」
「あ、ううん、なんでもない。はよ帰ろ」
倒した虚の方を向いてぼーっとしていたので一緒にいた石田に不審がられてしまった。問題があるのはアタシであってそんなに強くなかった虚ではない。
バレて心配させるのも良くないな、と手を後ろに隠す。幸い長袖で手の甲も半分隠れているから指くらいしか爛れているのは見えないし大丈夫だろう。
「……怪我でもしたのなら、隠さないで見せてくれないか」
「えっ、あの、なんでもないよ?」
大丈夫だと思ったのに!?石田ってこんなに目ざといの?眼鏡かけてるのに?と全く意味のない思考がすごい早さで頭を駆け抜けていった。
本当にこれは石田に関係のない怪我というか体の不調というか、義骸の不具合なので気のせいにしてくれればそれでいいのに。
そんなアタシの思いとは裏腹に、近づいてきた石田は後ずさるアタシの腕を素早く捕まえた。さすがに掴まれるとちょっと痛い。
指先から手の甲まで広がった皮膚の爛れを見て石田の顔があからさまに険しくなる。アタシは急いで言い訳になりそうな言葉を頭の中でかき集めた。
「どうしてこんな怪我を隠してたんだ!」
「ちゃうの!これはアタシの体の問題で、怪我とかやないの!」
「でも、こんなに爛れて……」
「えっと……その、アタシは安定するまでわりとずっとこんな感じやったし、あの藍染ってやつのせいでまたちょっと不安定になって、それでこうなっとるだけやから」
石田の顔が険しいままなので「慣れてるし」と付け足したら更に眉間に皺が寄ってしまった。腕を掴まれてそういう顔をされると少しこわい。
ぐいっと袖を捲られて結構な範囲に広がっているのを確認されて、更に怖い顔になったので早く終わってくれと願いながらちょっと涙目になった。
「……っ!ごめん、痛かったかな」
「そんなに痛くはないけど、石田がなんか怒っとるから……」
「怒っているというか、僕一人でよかったじゃないかと……そう思っただけだよ」
「体動かして慣らさんといけんって浦原さんに言われとるから、それになんかあったら連絡して見てもらうし」
そういえば連絡しなくてはと伝令神機を取り出したものの指が腫れていて上手くできない。これはもう直接訪ねた方が早い気がしてきた。
足の方も爛れている感覚があるし、本当なら迎えに来てもらった方がいいかもしれない。でもここで待っているといつまでも石田を拘束してしまいそうだ。
「アタシは浦原商店に行くから、石田は帰って大丈夫やから」
「もう遅いし送っていくよ」
「平気や平気、それにアタシ足も変になってるから、歩くの遅いやろうし悪いわ」
「…………そうか」
まだ掴まれていた腕をぐいっと引かれて近づけられた体がぐいっと持ち上げられる。落ちそうになって慌てて服を掴んだ。
いわゆるお姫様抱っこをされて大混乱のまま見上げると、当然だけどものすごく顔が近い。えっ、これちょっと近すぎん?あかんやつでは?ってくらい近い。
「な、な、なに?なんで?なにがどうして!?」
「僕が運んだ方が早い」
「早いやなくて!お、重いし!下ろして!大丈夫やから!」
「心配になるほど軽いよ。急ぐから落ちないように首に手を回して」
「首に?手を???」
そんなことができるわけがと思うまもなく、動き出した石田に言われるまま落ちないようにしがみついてしまった。
ビックリするほど近い。もしかしたら爛れた手足よりもおかしなくらい大きな音を立てている心臓の方がダメかもしれない。
これでアタシが死んだら死因って石田になるんかな……なんて現実逃避も空しく。手足よりもよっぽど触れているところの方が熱いなんて言えるわけもなく。
羞恥と混乱とで頭が真っ白になるようなアタシの受難の時間は、石田が勢いよく浦原商店の扉を開くまで続いた。
「手足の爛れは確かにアタシの作った義骸のせいもあるッスけど、ここに来た時に湯だったみたいにぐでんぐでんになってたのは石田サンのせいなんでそこはこっちのせいにしてほしくはないッスね」