そして始まる

そして始まる


あの倒錯めいた出産から数時間、

齢15(※1)にして未婚の一児の母となってしまったジュリは未だ目覚めぬ先生の看病をしていた。

倉庫の方から何とか粘液に塗れていないタオルや毛布を引っ張り出し、

先生の身体の汚れを拭い取り、無事だったペットボトルから口移しで水を呑ませ、

風邪をひかぬよう床に毛布を敷いて身体に毛布をかける程度ではあったが、幾分か表情が安らいだように見える。

一方のジュリは毛布1枚を羽織っただけである。

部室棟内にある制服は大抵粘液塗れであったし、お産で伸び切ったお腹の皮が未だ戻らないせいでもあったが

何より一番の理由は今もジュリの胸から乳を吸う少女のためでもあった。


人と、キヴォトスの生徒と、ジュリの作った料理から変質した生命の混血として産まれた子は、やはり尋常ではなかった。

ジュリから与えられる乳を元気に吸っていた赤子はこの短時間で6、7歳程度の姿まで成長し、

その姿は髪と肌の色以外は幼き日のジュリによく似ていた。

幸いというべきか、その性質は極めて大人しくジュリによく懐いた。

崩れかけていたジュリの心が持ち直したのはそんな彼女に母性が働いたからだろうか。

その上で理由はわからないながらも彼女の方が周囲の触手よりも上なのか、ジュリの方から近寄りでもしない限りは新たな触手たちが寄ってくる事もなかった。

そうでもなければ凌辱と出産を経て艶と色香の増したジュリが食堂内とはいえ探索など出来る訳もなく

創造主であろうと気にせぬ(※2)触手たちの餌食となっていた事に間違いはない。


とはいえ、現状は再び手詰まりと言って良い。

自身のスマホは自身の衣服ごとおしゃかとなって連絡も取れず、

無事だった先生のスマホは顔認証も指紋認証もないパスワードオンリーの旧式のため使えず、

タブレットもうんともすんとも言わない(※3)。

数刻前、部室棟の外で響いた誰かの大きな笑い声に怯えた娘が外に出たがらない為、外部に出ていくのも難しい。

先生が起きてくれるまで待つしかないのだろうか、

しかし先生が起きた時、自分をどんな目で見るのだろう……

暗くなりがちな思考を頭を振って追い出し、不思議そうな目で自身を見る娘になんでもないと笑う。

少なくとも、先生と、先生と自身の娘であるこの子だけは守らなければいけない。

ジュリが決意を新たにした所で、遠くから微かに響き渡る音を耳が捉えた。


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アビドス砂漠のカイザーPMC駐屯地。

爆装を施されたアパッチ戦闘ヘリが触手の坩堝と化したゲヘナを目指して次々と離陸していく。


カイザーコーポレーション本社にとっても今回の話は寝耳に水であった。

ブラックマーケットの担当者が他の組織を潰そうと欲を掻いたが為に報告が遅れ、

気がつけばブラックマーケットは陥落し触手の怪物たちが各学区へと侵入しつつある。

学生たちを食い物にする大企業とて、学生含めたキヴォトスに滅びて欲しい訳もない。

その為にやろうとしている事が殺傷さえ考慮に入れた触手たちの発生源たるゲヘナ学園への爆撃というのは

度し難いというべきなのか、殺生を躊躇う生徒たちが甘いというべきなのか。


ともあれ編隊を組んだ死神たちが空を逝く。

パイロンに抱えた爆弾はこのキヴォトスの危機に“スポンサー”が惜しまず提供してくれたものだ。

それがかつてアリウス分校へと供与されていたヘイロー破壊爆弾と呼ばれる物であると知る者は、彼らの中には誰も居なかった。


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ちりりと脳裏を過る不快な感触に“雛”は眉を顰めた。

それが“お母様”の平穏を邪魔する害虫の気配であろう事を彼女はおぼろげながら理解していた。

“雛”は雑種である。

数多の塵芥から這い出た同胞たちが、“お母様”の胎の中で“お母様”から惜しみなく力と血を与えられて産まれ直したのだ。

羊水に揺蕩う微睡みの中で“雛”はぼんやりと“お母様”の記憶を夢に見た。


記憶の中の“お母様”はひどく疲弊していた。

野放図に暴れまわる塵芥たちを取り締まる終わりの見えない日々。

飯が不味いと爆破するモノ、とにかく地盤を掘ろうとするモノ、自分たちの邪魔をする対立組織、

独断専行(※4)をしがちな部下たち、ゲヘナの枠組みさえも外れようとする無法者ども。

ほとんどの塵芥が“お母様”の献身を冒涜していた。


『ゆるせない』


“お母様”と似た身体を得た事で明瞭になった思考がそう叫んだ。

だから“お母様”の中から産まれ直したその時、“雛”は笑ったのだ。

“お母様”の邪魔をしていた連中が全て同胞の愛に塗れ、

もう“お母様”の平穏を乱す事もないだろう光景が余りにも痛快だったから。

だから後は“お母様”に己が惜しみなく愛し続けるだけだったはずなのに、

それを邪魔しようとするモノがいる事がひどく腹立たしい。

出産の疲れからかぐったりと眠る“お母様”を同胞が形作った寝床へと横たえ、

拾ってきていた“お母様”の愛銃を担ぐ。

空っぽになっていた弾倉には擬態を解いた己の髪の一房を突っ込み接続・充填。

最後に名残惜しくも“お母様”と己の繋がりであった臍帯を引きちぎり、真に独りとなれば準備はできた。


『ちょっとだまらせてくるわ、おかあさま』


邪魔者の気配は近場に2つ、遠くにたくさん。

煩いのは近場のものだが、遠くのものの方が脳裏にちりちりと来る。

ならば後者を始末してからゆっくり近くのものを掃除しよう。

かつて風紀委員会本部と呼ばれた建物の屋上に立ち、“雛”は機を待つ。


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そしてパトカーとヘリが全速力でゲヘナ学園へと突っ走る。

学園へと至る道に溢れる触手たちを満載した重火器で吹き飛ばし、前へ前へ。

兎の描かれたヘリが先行して学園の空へと駆け、

パトカーは半壊した正門をロケットランチャーで吹き飛ばしてそのまま学園内へと雪崩込む。


「さあ、我が職員たち!仕事の時間よ!」


キヴォトスの命運を決める戦いが始まった。


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※1:このバイオハザードの発端が初代スレ立て日と同じであれば16歳だが、

10月20日以前であれば改正前の日本の民法でも結婚不可能な年齢、業が深い方が捗る。


※2:実際は気にしてる。出力がエロゲなだけで、産み(調理)の親には喜んで欲しい。


※3:内部では絶賛大混乱中である。


※4:足舐め、混浴、犬の散歩を含む。

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