そこにはもう誰もいない

そこにはもう誰もいない

C1-072 素ッ裸


「621、仕事は終わりだ。」

「君の良き戦友、ラスティだ。」

「レイヴン……それでも、私は……人と、コーラル……の……」

「RaDのチャティ・スティックだ。」

「ビジター!」「G13レイヴン!」「G13!」「野良犬ゥ!」

 音声のみを切り取った記録から、無数の声を聴く。その声全てが愛おしく、その声全てがもう二度と耳に出来ない現実ばかりを突きつけられる。

 皆、死んだ。皆、殺した。皆、殺された。この手が、真っ赤に染まっている。この手が、血に塗れている。殺したかった相手も、殺したくなかった相手も、全員この手の血糊だけが示している。

「うぅ、う……あ、あぁ……ぁぁぁああ……。」

【新着メッセージ なし。】

 誰もいない、誰も声をかけてはくれない。冷たい揺り籠、無機質なACのコックピットで独り、呻く。何も望んでない、何もこんな結果を望んではいない。何一つとして望んだものは残っていない。在るのはただ、己が犯した大過の照明。

 ---レイヴンの火と呼ばれる、二度目の炎の罪状のみが、世界全てに轟いていた。

「うぉ、るたぁ……やだよ……やだぁ、やだよぉ……!なんで、わたし、どうして……どぉして、いきてるの……?」

 再施術をして、普通の人生を取り戻す。彼女はその願いを叶えるに至ったが、"至ったが故に"この悲しみへ辿り着いてしまった。

 なまじ、感情がある故に。なまじ、感情を取り戻してしまったが故に。感情を解せなければ、どうしてこれ程に悲しむ必要があっただろう。感情を知らなければ、どうしてこれだけ悲しむ理由があっただろう。

 悲しみが何かを理解した。悲しむ理由が何かを理解した。悲しむべき事を、悲しむに足る全てが、たった一度の施術を終えてから彼女に全て、押し寄せた。

「こんな、ことなら……"ふつうのじんせい"なんて……いらなかった……!!」

 それが、全てだ。今、吐き捨てた言葉こそが"今"の彼女の全てだった。

 何が楽しいのだ。何が嬉しいのだ。こんな人生、こんな一生、これからの全て、これからの何もかもをプラスと勘定したとしても、"今まで"起こしたマイナスに、何一つ及ばないのだから。

 友達を、殺した。戦友を、殺した。悪友を、殺した。ご主人様を、助けられなかった。その友達を、その子供を、助けられなかった。

 私は何を成し遂げた?

 私如きが何を成し遂げられた?

 私なんぞが、何を果たしたと言うんだ。

 何も、ない。


 私には、何も遺されていない。

「ぁ、あぁ……ぁぁぁああ……あああ……う゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ーーーッ!!!!」

 叫ぶ。幼子のように叫ぶ。訳も知らず泣き散らす赤子のように、故すら知らず喚く幼児のように。何も望み叶わぬ、子供のように。

【新着メッセージ なし。】

 無機質な機械が、己をかつて駆動させ安定を図っていたAIの音声が、誰一人として己を慰めないという証明を告げる。

 苦痛だ。

 苦痛しか、残っていない。遺されていない。

 私の人生は、もう行き止まりだ。

「621。」「戦友。」「ビジター!」「ビジター。」「G13!」「野良犬!」

 ただ、記録されていた音声だけを、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 聞いて、聞いて、聞いて。

 なにも、なにもわからない。

 なまじ、再手術なんぞをしてしまったから。

 なまじ、人らしさというものを手に入れてしまったから。

 なまじ、生き残ってしまったから。

 私は、半端な人間だ。都合のいいものだけ記憶出来ずに、都合の悪いものだけが記憶に残って、ずっとずっと、ずっと。私の事を、苦しめる。

 星一つを焼いた大罪人、忌み名、自由の象徴にして悪魔。

 "レイヴン"。意志の表彰が惑星を、愛しい人たちを、大切なものを、そこにあった文化全てを壊した。

 手元に何一つ残さず、最期残ったものは、私を殺そうとする数多の、星の数ほどいる、封鎖機構と賞金稼ぎのみ。

 ああ、なんて、なんて残酷で、私に相応しい罰なんだろう。

 私は今日も、レコーダーを再生する。

「621。」「戦友。」「ビジター!」「ビジター。」「G13!」「野良犬!」

【新着メッセージ なし。】


 そこにはもう、私を呼んでくれる人は誰もいないというのに。

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