すべての雌に巡り来る祝福を(1/2)

すべての雌に巡り来る祝福を(1/2)



人理保証機関ノウム・カルデア。

フィニス・カルデアの後継として始動したこの組織には数多くのサーヴァントが所属し、地球白紙化現象を解決するために日夜活動している。

そのための協力者として召喚されるサーヴァントは時に常識を超えた存在であることもある。例えば、異世界の魔法少女。例えば、別の(トンチキ)宇宙からの来訪者。例えば、存在しない歴史を辿った世界の王。

最近召喚された彼女もまたそのような存在だった。


「凄いなあ……黒円卓でも通用しそうな人がたくさん。こんな世界もあるんだ」


物珍し気に周囲を見渡す純白のドレスを纏った女性。

彼女はある世界における並行宇宙を統べる神だった存在であり、代替わりにおいて非業の死を遂げた魂。その元の規模からみれば取るに足りないような僅かな残滓が流れに流れ偶発的にカルデアの召喚に引っかかった……それが今の彼女だ。


クラス:ルーラー

真名:マルグリット・ブルイユ


自らをマリィと呼んでほしいと言う彼女は世界の現状を知り驚きと同時に今度こそ世界を守りたいと願った。

自らの業が招いた死は納得している。それでも今苦しんでいる誰かを——危機に瀕している世界を守りたい。とっくに舞台から退場した身であっても、この世界が自分の居た世界とはまるで関係の無い異世界だとしても……誰かを慈しみ抱きしめたい、彼女のその願いは変わらなかった。


『分かった……私も、出来る限りで協力させてもらうね。よろしく、えっと——マスター』

『ありがとう——心強いよ。こちらこそよろしく、マリィ』


だから彼女はカルデアへの協力を決めた。自分の気質がそうであるがままに、たとえここに愛した人が居なくとも……彼に誇れる自分で居たいから。

そんな彼女はカルデアという居場所に馴染むべく散策をしている。

右を見ても左を見ても国籍、人種、果ては人外問わずに様々な者たちが自由気ままに過ごしていた。

中には戦闘能力が無い者すらいくらか散見している。


「作家さんや子供まで居るなんて……直接戦うんじゃなくてみんなをサポートするのが目的、かな?」


これならほぼ殺傷能力が無いに等しい自分が召喚されたのも納得というものだ。

かつての存在規模ならば幾らでも盾にもなれただろうが今の自分は世界を統べる覇道神のような巨大な零格の存在ではない。容易く傷つけられる存在であり出来る事といえば皆が戦いやすいように場を整えるくらいだ。

そんな自分が彼の役に立てるのだろうかと心配していたが……


『何も問題はありませんよ。人それぞれに役割があり出来る事で彼を助けていく、それがこのカルデアなのですから』


そう言ってくれたのは道中出会ったパールヴァティーだ。

ここに召喚されるのはどうあれどこかで彼の力になろうとする者ばかり。それがどういう形であろうと彼は受け止めてくれるだろうと。

彼——人類最後のマスター、藤丸立香。

滅びた世界を救う鍵を握るただ一人。生き残った人間は他にも居るが彼一人を失ってしまえばそれだけで世界の終わりは確定する……そのような重責を背負わされているのだとマリィはすぐに知った。

余りにも重い、余りにも残酷な状況だ。

彼が何の力も持たないただの人間であることはマリィにもすぐに分かった。そんなどこにでもいるような一人の少年がこの様な苦境に立たされている状況は真っ当な感性を持つ者ならばその身を憂いて余りある。

彼女もまた咲き誇る花のような笑顔を思わず悲しみに歪めてしまっていた。

だが、彼はこう言うのだ。


『大丈夫。みんなが力を貸してくれるから俺でもなんとかなってるから……これからも俺は走り続けるよ』


力を貸してくれるみんな、道を譲ってくれた人達、尊敬できる先達に恥じないように——それは、あまりにも平凡でありきたりで、だからこそ今この状況においては悲しいほどに痛々しい決意だ。

そんな彼を助けたいと願うのは彼女からすれば当然の事だ。

この人を助けたい、力になりたい、抱きしめてあげたい——いつか彼が報われるように。


「そのためにも、もっとよくここを知らないと」


生来の好奇心の強さとひたむきな献身が彼女を行動へと駆り立てる。

まったくの未知の場所を散策し、様々なサーヴァントと言葉を交わし、そして——


彼女は、見た。






——————————






「それで……話って何かな?」


深夜、静まり返ったマイルーム。

珍しく部屋の主である藤丸立香以外は居ないそこに一人の来客が訪れた。

ルーラー、マリィである。

彼女はどこか思いつめたような顔をして切り出しにくく……それでも確固とした意志でわざわざ訪ねてきた用事を口にし始めた。


「私……見たの」

「見た、って何を……?」


聞き返した途端に彼女の顔がインクでも落としたかのように真っ赤に染まる。

彼の口からああ、と思わず声が漏れた。

そのかわいらしい仕草一つでおおよその事情を察することができたからだ。


「そっか……うん、時々いるよマリィみたいな人」

「それは、やっぱり……」

「”こういうのは良くない”って窘めに来る人だね。そういう風に見られるっていうのは重々理解してるよ」


彼女が見たもの、それこそが彼の情事そのものだ。

たまたま立ち寄ったシミュレーター内の片隅で行われていた乱交——いや、乱交というのもおこがましい一方的な蹂躙、捕食を。

名だたる英雄を、女を、彼は一方的に犯し抜いていた。


「ああいうのは……愛する人同士がすること、でしょう?」


それがただの愛し合う男女の交わりならば彼女もこうして言いに来ることはなかっただろう。

だがそれが愛する男が居ながら別の者と交わる——不倫ならば話は変わってくる。不倫はいけないことだ、愛する人を裏切る行為だと彼女は知っていた。


「けど、俺達は愛し合っている」

「でも、愛する人を裏切ってる」


それは明確に非難されるべき事だろう。

裏切りは愛した人だけでなく愛した自分をも貶めてしまう行為だ。それが許されていいはずが無い。

だからこそ彼には思い留まって欲しかった。世界を背負い立つ、根はどこにでもいる善良な彼だからこそこんな異常な状況に流されず——日常に戻れるように。

だから精一杯怒ってる様に見せて彼を窘めようと言葉を選ぶ。


「それがいけない事なのは分かるよね。こんな事を続けていたら貴方が日常に帰れなくなる——だから」

「ごめんマリィ、もう覚悟はとっくに決めているんだ」


彼女なりの精一杯の言葉はしかし、あっさりと否定された。

一抹の悲しみが胸に過り針のように刺すような痛みが彼女の心を苛む。

——出会ったばかりの少年にここまでの悲しみを抱くとは、思わなかったが。


「——どうして?」

「愛し合っているから。この先何があっても共に在れる限り共に生きると決めたんだ」


その言葉にまた、じくりと胸が痛む。

それはたぶん……自分が出来なかった事だから。


「……それが、いけない事でも?」

「ああ」

「誰かを裏切る、酷い行為でも?」

「ああ」


強く言い切る瞳に迷いは無い。

ああ——確かに彼は彼女たちを愛しているのだろう。そして彼女達もきっと彼を愛してしまっているのだろう。

それがなんとなく分かってしまう……その吸い込まれるような青い目を見ていると。

だから分かってしまったのだ、自分が言葉を尽くしても彼の想いを曲げる事は出来ないと。

悔しいが、分かってしまったのだ。


「そっか……」

「うん。だから——」


そう言って、彼はマリィとの距離を縮めた。


「え」


戸惑う暇も無い。

吸い込まれるような青い瞳を見ている間にその距離は——0になった。


(ぁ——)


唇と唇が触れ合う。

引き合うように——影が重なって仄かな温もりが交わされる。


(私——キス、しちゃってる)


それが——何故か、嫌ではなかった。


「——ぁ。だ、だめっ……私、私にはレンがっ……!」

「ダメ、マリィの目はそう言ってない」

「何を、んっ——!!」


今度は強引に唇を奪われる。

けれど、強く拒否できない。そもそも自分はサーヴァント——非力とはいえ彼一人を引き剝がすなど造作も無いことのはずだ。

なのに力が入らない。それどころか——


「んちゅ♥ちゅ♥ぷぁ……んぶ、じゅるる♥♥」


舌を入れられる行為に抵抗できず思わず舌を絡めてしまう。

それこそうっとりと、身をゆだねて陶酔してしまうほどに。


「だ、めぇ……ちゅ♥レン、レンがぁ♥レンが居る、んぶ♥のに♥んむ♥ぢゅるるるるる♥」


舌を絡める度に胸が高鳴る。ばくばくと響く音と口の中を嬲られる音以外何も聞こえなくなったかのよう。

唾液が胃の中に落ちる度に身体は熱くなる。

レンが居るのに。うわごとの様に繰り返しながらマリィは藤丸の行為に何時しか完全に身を任せてしまっていた。


「んんっ♥あ、そこはっ……♥」

「マリィの胸、すごく大きい」


むにぃと音がするほどの重量感のある胸が藤丸の手で大胆に形を変える。

無思慮に、自分本位に自分の身体を扱われているにも関わらず全く不快ではない。

それどころか藤丸に触れられることに、その言葉に歓喜すら感じていた。


「そ、そうかな……♥んっ♥確かに、ぃ♥元居た世界でもっ♥周りと比べて♥んぅ♥大きいとは♥あっ♥思ってたけど♥」

「それぞれ良さがあるけど、大きな胸はこうやって揉んでて楽しいから好きだな」


藤丸の掌の中で彼の思うがままに形を変える胸を見て「大きくて良かった」等と思ってしまう。

そんな自分に気付いて背筋がゾクリと震えるのを感じた。


「ち、違うっ!私、こんな事をするために来たわけじゃ……!」

「違うよ」


またもやあっさりと自分の言葉が否定される。

彼が嘘を言ってはいない事が分かる、分かってしまう。

青い瞳が、愛しい彼と似ていて違う青い瞳が、真っ直ぐと自分を見つめている。


「なん、で……」

「同じことは何度もあったって言ったよね。みんな、今のマリィと同じ顔をしていたんだよ」

「私の、顔……」


そんなことを言われても自分の顔など分からない。自分が今どんな表情をしているかなど鏡でもなければ混乱した今の状態で分かる筈もない。

けれど、だけど。

吸い込まれそうな青い瞳……真っ直ぐとこちらを見つめるその中に映し出された鏡像の自分が見えた。

——蕩けた笑みで、熱い吐息を漏らし、彼と触れ合う歓びに耽溺する女の貌が。


「あ……♥」


それで、気付いた。

自分がこの部屋にやって来た本当の理由。わざわざ深夜に、誰も居ないタイミングを選んで彼の下へと赴いた訳。

刺すような痛みも、じくじくと膿むような痛みもすべて、すべて——理解した。


「……分かった?」

「——♥」


こくり、と小さく頷く。

最初から——そう、最初から。藤丸立香に犯されたいがためにここに来たのだとようやく彼女は理解した。


『立香好き♥好きっ♥愛してるっ!♥♥もっと突いて♥私の身体を使って♥志貴じゃなくて♥私がダーリンの女って刻み付けてぇ!♥♥』

『あっは♥流石はご主人様です♥これほど多くの雌を奪い従える益荒男は他に存在し得ません♥♥貴方様の妻の一人となれた事、この玉藻心から誇りに思います♥』

『リツカ♥次は誰を偽雄から奪い返しちゃうの?♥なーんでも言ってね♥私、ううん私達みーんなリツカのために頑張るんだから♥』


偶然目にしたあの光景が目に焼き付いて離れなかった。

頭の中で何度も何度もあの光景が再生された。駄目だと思っても消えることはなかった。

恋人を裏切り、彼に媚び、寵愛を賜り、快楽に喘ぎ、愛を叫ぶ——そのあまりに魅力的な光景を目にした時から心の奥底で、いや雌の本能が叫んでいたのだ。

私もああなりたい、と。

ただ一人の男を彩る女の一人に、雄に服従する雌になりたいと。


「あんなにカッコいいところ見ちゃって……私も、同じになりたいって思ったの♥マスターに、リツカに愛して貰いたいって♥

私の知らない愛を教えて欲しいって思ったの♥」


神として長い年月世界を見てきた。喜びも悲しみも希望も絶望も、多くの人の人生を見守ってきた。

当然、善性である彼女はその中の非道を見聞きしても共感する事は無かった。不倫、不貞などその最たるものだ。

愛しい人を、自分の愛を裏切ってまで得るものにそこまでの価値はあるのかと。

だが——今、マリィは初めて心からそれを知りたいと思う。裏切りの果実を口にしてその甘美な味わいを心行くまで堪能したいと願う。

自分の知らない愛、自分の理解出来ない愛、価値が無いと遠ざけた愛——もしもその愛が自分の知るものよりも素晴らしく尊いものだとしたら?

予感がある。

自分は今夜、真実の愛を知るのだと。


「分かった——じゃあ遠慮なく、マリィを俺の女にする。前の男の事なんて気にならないくらいに」

「っ♥——素敵♥」


少し前の自分ならば確実に怒りを覚えた言葉にすら胸が高鳴って仕方ない。

再び二人の距離か近づく。今度は彼だけでなくマリィの方からも。

望んで、まるで誓いを捧げるかのように——その唇を重ねた。

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