地獄への道は善意で舗装されている

地獄への道は善意で舗装されている


ごうごうと、遠くで、あるいは近くで音がする。

それは血流の音なのか、あるいは地が吼える音なのか、顔を潰され命が潰えるのを待つドゥリーヨダナには判断が出来なかった。

横たわる天幕には己以外人は居ない。自分と、数人の配下を残し皆死に絶えてしまった。数少ない配下……アシュヴァッターマン達は、報復として夜襲に向かったらしい。彼等が帰還するまでは生きていたいが、ろくに手当も出来ぬこの状況でそれが叶うかも分からない。

ごうごう、ごうごう、絶えず聴こえる雑音。しばらくすると、その雑音に声らしきものが混じっているのに気が付く。


「……ない、……りない」

「足りない、これでは足りない」

「規定に満たない。これでは彼女が耐えられない」


はじめは微かに聴こえた声が、段々と鮮明になる。


「戦争が起きれば、減るのではなかったのか」

「本来ならばそうだ。そのはずだった」

「何故足りない。どこで間違えた?」


死ぬ間際、意識が朦朧とするなかの幻聴なのか、1人また1人と声が増える。


「機構を起動させるか?」

「あるいはカリを目覚めさせるか?」


それが何を意味するかが分からない。幻聴といえばそれまでだが、意味が分からずともその内容を受け入れることは出来ないと己の中の何かが叫ぶ。声を上げようにも口から出るのはか細く不規則な呼吸のみ。


嫌だ、嫌だ、嫌だ。

たとえ肉塊として生まれ出たとしても、我ら百の王子は人として生きたのだ。悪魔と例えられようが、人として死ぬに決まっている。


「……いや」


また、声が増える。


「これは我らが作ったもの、ここで早々に潰してしまうのは哀れだ」

「だが、これ以上は彼女の我慢も限界だろう」

「ならばやり直せばいい」

「これの記憶を過去に送り、再度戦争を起こさせればいい。人をそのまま過去に送るのは負担が大きくとも記憶という情報のみ送るのであれば融通は利くだろう」


それはただの幻聴であるはずなのに、声の主がこちらに意識を向けたのを感じた。


「――聴こえているな? ドゥリーヨダナ」

「お前に機会を与える」

「戦争を、起こせ。人を減らせ」

「ただの戦争ではいけない。――――12億の人を減らせ」

「出来ねば、お前達に待つのは人としての生ではなく機構としての起動」

「あるいは悪魔<カリ>としての殺戮」

「または、大地の崩壊」


なんだそれは。なんなのだそれは。


「これは我々の慈悲である」



「――――っ巫山戯るな!!!!」


先程からずっとこちらの意見も聞かず勝手な事を抜かす声に怒りの声を上げ飛び起きれば、そこは先程までいた戦地の天幕ではなかった。


「……ここは、クルの宮殿、か……?」


あれは、夢だったのだろうか。だとすれば一体なんの悪夢だ。カルナが死に、師が死に、弟達が死に。そして自分も卑怯な手段で討たれた。あの痛みが、苦しみが、夢だったというのか。

ふと視線を落とし、違和感。


――手が、小さい。


背筋が凍る。慌てて近くの水瓶に自身の姿を映し、愕然とした。幼い。少なくとも、己の認識より2回りは若い姿がそこに映っている。

今までのあれが夢の訳が無い。自分は短くはない人生を歩んできたと確信を持って言える。ならばこの状況は一体なんだというのだ。

そこに、飛び起きる前。最後に聴いた声を思い出す。


「……これが、やり直しだとでもいうのか……?」


にゃあ。


本来そこに居るはずのない、黒い凶兆が鳴いた。




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