○○しないと出られない部屋
「正直に言わせてもらいますとね?」
ペンギンは言った。
「それまでは暴力を振るう間柄だった女児を唐突に誘拐して連れ回してトラウマを突き付けて、なんて通報モンですしその上で性的に見ていたなんて当時の被害児童が赦してもおれらが赦せるかっていうのは別の話なんですよ」
「ゆるせ」
「アイアイ」
船長命令である。船の上において最も遵守すべきもの。故にペンギンは口の両端を持ち上げた。
ゆるす。それは当然だ。かの人は我らがキャプテンの大恩人。それはペンギンらハートの海賊団クルーたちにとっての恩人と同義である。
ペンギンは帽子のつばに触れる。深く被り直したって意味はない。なにせペンギンにとっての恩人『たち』は二人揃って床の上に転がっているので。
ポーラータング号の一室。比較的広さがあるために倉庫として利用している部屋の扉を開けたペンギンの目に飛び込んできたのは、二人の男女が縺れ合って転がっている光景だった。
「押し倒すなら自室でやってもらえませんか」
「ご、誤解だ!」
男が叫ぶ。押し倒されている方であるロシナンテがわたわたと両腕をばたつかせた。長い腕の先が掠めて物品が転がっていく。被害が増えるからやめて欲しい。
とはいえ実際。ローがロシナンテを押し倒したわけではないのだろう。一メートル以上の体格差がある相手を、まぁ普通に倒せるお人だが、無理に押し倒して事に及べるタイプではない。ロシナンテのドジによる事故だということは説明されずとも分かっている。
「……」
ローはロシナンテの身体の上に乗っかった体勢のまま、微動だにしない。発したのは先の一言だけ。扉の前に立つペンギンを振り返りもしない。けれども首筋は真っ赤に染まっていて、だから表情だって見えずとも察することが出来る。伊達に十年以上一緒にいるわけではないのだ。
わりと初心なんだよなこの人。
ペンギンはいっそ生温く見つめた。
己が築いた全てを自分だけのために捨ててくれるような相手に十代の前半で出会ってしまって、全身全霊の愛を受け止めてしまって――相手を亡くして。
そのまま操立てしているような青春時代だったのだ。ペンギンら旗揚げ時からいる面々はもうこの世にはいない相手を想う少女を見てきた。ずっとだ。ずっと、ずーっとローさんはただ一人を想い続けていたわけで。
その相手が実は生きていた。それは喜ばしい。ポーラータング号は歓喜に沸いた。
その相手がローの前から姿を消した理由は彼女の幸せを想って身を引いたから。ふざけるな。ポーラータング号に怒りが満ちた。
その後、ローがロシナンテにどれだけぐいぐいと迫ろうと誰も止めないわけである。
なので、ペンギンは口許を笑みのかたちに固定したまま、
「あとは若いお二人で」
「えっ、まっ、そもそもおれはもう若くないし、」
「キャプテンはおれより若いですよ」
「うっ」
ロシナンテが呻いた。なにかダメージを受けたらしい。年齢差を気にしているのだろうか。年端もいかない少女の恋愛観を良くも悪くも滅茶苦茶にしておいて、よくもまぁ。
「鍵は掛けておくんで、ごゆっくり」
ペンギンは扉を閉めた。宣言通りに外から鍵を掛けて、背を向ける。
「……まったく」
肩を竦めた。
今すぐあの部屋の中でどうこうなるとは思えないが、せいぜいゆっくりと話し合って頂きたいものである。
我らが船長の幸福は、ペンギンの、ひいてはハートの海賊団クルーたちの総意であるので。
「誰も部屋に近付かないようにしておきますかねぇ」
落ち着いたらローの能力で出てくるだろうから後で様子を見にくる必要はない。
人払いの方法と、事態を誰にどこまで伝えるかを思案しながらペンギンは足を動かした。