・したたかなるは
「はぁーチャンミ全然勝てねぇ。A行きキビいわこれ」
虚空に向かってぼやく。一人暮らしの半ニート生活をしている部屋なので当然誰も返事しない。
「明日はもうちょい早い時間にすっか……。で、ウマカテでも見よ……ん?アニゲーイレブンが先走り?キービジュ?んー?」
チャンミのことは頭の隅に置き、何気なしにウマカテを見るとまさかの展開だった。
「トプロが中央で右がボリクリ、左はキタサ…いやなんか雰囲気ちがくね?後ろに例の疑惑ジャンポケっぽいのもいるしもしや新キャラ?!」
この前は疑惑ジャンポケ(その後女帝に差し替えられた)で少し盛り上がったものの、去年の秋くらいからずっと新ウマ娘の情報に飢えていたわけで。
「おいおいどうすんだよ、急に5日後が楽しみになってきたぞ?予想とか出たか」
どんなウマ娘が来るのか、例えあにまん民の素人予想でもとにかく知りたいと思いスレ一覧を眺めていると、突如スマホ越しに目の前がぱあっと光る。目が潰れそう。
「なんだなんだ?!」
光が弱くなり、元の明るさへと戻る。
するとそこには、美少女がいた。それもただの美少女ではなく、見慣れた青色ベースの制服を着ており、ウマの耳と尻尾がある───ウマ娘だ。
尻餅をついた格好で床に座る、突如として俺の前に現れたウマ娘。ただ、その容姿には全く見覚えがない。早バレにもいなかったし、一体このウマ娘は誰だろうか。
彼女の髪の色は少し橙を帯びた亜麻色で、毛色で言えば栗毛だろうか。少しカールのかかった髪を右側でサイドテールにしてまとめていて、瞳は水色に近いうす緑色。身長は俺よりも頭ひとつ分くらい小さく、胸は………デカい。かなりボリューミー。多分ダスカくらいあるぞアレ。頭サイゲとまでは行かないが、街中を歩いてたら確実に振り向いて目で追うレベルだ。
「な、なぁ…」
「なんですなんです?お、ウチのことが気になりますか?」
とりあえず、本人に何が起きたか聞くことにしよう。そう思って呼び掛けると、食い気味な反応が返ってくる。しかも関西弁のイントネーションであり、何となく関西弁に押しの強いイメージ(偏見とも言う)を抱いている俺はちょっと腰が引けてしまう。
「いや、その…君誰?何があった?」
「ウチな、ボタン押したんよ。あ、一回しか言わへんからよう聞いてや、押したんは『ウマ娘になれる代わりにあにまん民と強制的にエッチさせられるボタン』っていうボタンです」
「ハァ?」
あにまんのスレでの会話なら、間違いなくちいかわのあの画像を代わりに貼ってたであろう返答をする。そんな変なボタンあるわけがない。
「一回しか言わへんって言うたのに聞いてなかったん?これやからあにまん民はダメやねんなぁ」
わざとらしく呆れたポーズをして溜め息をして見せる。いくら美少女ウマ娘でも腹立つななんか。
……というかそのボタンを押したんならこいつもあにまん民じゃないのか?
「いや聞いてたわ、失礼な。……ウマ娘になる代わりにあにまん民と…するボタンだろ」
「そゆことよ。お…ウチは昔よう女の子と遊んでな、かわええものに憧れとったんよ。やけど家が呉服屋で親ん頭カッチカチで男やったからそんなもん表立って集められんかったんです。例えばそうやなぁ、あれは今から10年前……おいここ隙自語か自分語り乙で止めるとこやで?」
「いや、いきなり言われても……待てよ、今男だったって言わなかったか?」
「今は超絶美少女やから安心してええよ」
「自分で言うなよ。というか何を安心するんだ……あっ」
ここで脳内を整理する。
まず、目の前のウマ娘は『ウマ娘になれる代わりにあにまん民と強制的にエッチさせられるボタン』を押してウマ娘となり、あにまん民の俺の前へやって来た元男である。
当然ボタンの名前通り、俺はこいつとヤる必要があるのだと思う。
……だがここで問題点がある。確かに見てくれは美少女ウマ娘だが、中身は男である。つまりこのウマ娘との行為は精神的にはホモということになる。
なんか急に寒気がしてきた。
「え、お前元男だろ?ホモじゃん。俺そう言う趣味ないんだけど」
「ウチは気にせえへんから問題ないやん」
そう平然と言ってのける様子で説得して回避するのは無理そうだと悟る……が、まだ諦めてはいけない。何故か乗り気のこいつをなんとかやめさせなければ。
「問題しかねぇよ、それにただの男ならまだしもお前あにまん民だろ?ぜってぇヤなんだけど」
「ククク……酷い言われようやな。まあ事実やからしょうがないけど」
「うわ、しかもこいつマネモブかよ!」
さっきから微妙に話通じてないし相手にしたくない。
……撤退だ。なんで自分の家なのに撤退しなきゃいけないんだと思ったけどとにかくこいつから逃げなければ。俺は立ち上がって玄関へ向かおうとする。
「どこに逃げるん?」
「あっ、やめっ」
しかし服の裾を掴まれ、床に倒れる。なんとか受け身を取ったので怪我はしなかったが、うつぶせになった俺の背中にやつが乗ってきてマウンティングを取り、逃げることは不可能となった。
「こういう時はこう言えば良かったんやったかな?『……理解できません。ウマ娘に人間が勝てるわけがない』って♪」
それ本来そういう場面じゃねぇよ!
……いや、ウマカテでは散々そういう使い方を見たし、俺もウマ娘にそうやって迫られたいと思ったのは一度や二度ではないが………しかし。
「嫌だ!俺の童貞はお前みたいな元男の知らない奴に捧げる物じゃねぇ!!」
中身が男のウマ娘なんて嬉しくねぇ。そう言って抵抗しようとするが、手で口を塞がれる。すべすべした、俺よりも一回り小さい手なのに力と圧が半端じゃない。
「元気がええですね」
「ひっ………」
表情こそ笑顔に見えるが、目が笑ってない。暗に彼女は「黙れ」と言っているのだ。
ウマ娘と、ただの人間。その差をようやく理解した俺はただ黙ることしかできなくなった。俺が静かになったのを確認したら、笑顔のまま彼女は続ける。
「安心してください、天井のシミ数えてたら終わりますよ」
俺に残された選択肢は、もはや一つしかなかった。
「うぅ……もうお婿に行けない……」
前略。俺の貞操はこの精神的ホモに奪われてしまった。気分は最悪だ。なのに身体は快感の余韻に浸っていやがる。心と体が分離しているような感覚………反吐が出る。
「へっ、何がお婿に行けないや。貰てくれる相手なんかおらん癖に」
「ふざけんな」
奪った張本人は罪悪感などこれぽっちもない様子で、むしろ煽ってきさえしやがる始末だ。
「あ、そや。ウチ行くアテないからしばらくここに住みますね」
「出てけよ」
こいつと同棲なんて冗談じゃない。俺は当然拒否するが。
「未成年姦淫の変態として突き出すけどええですか?」
「すみません勘弁してください」
そう、相手はまがりなりにも美少女でウマ娘。悲しいことに……俺は奴の言いなりになるしかないわけだ。
───後に聞いたところによると、あいつが行為に乗り気だったのはTSして童貞の筆下ろしをするシチュに憧れていた、あにまん民に相応しい筋金入りの変態だったかららしい。それに付き合わされる俺の身にもなれというものである。