しあわせ

しあわせ


何処かの空島。

豊かな自然が根付く一角に建つ小屋の中に、英雄と歌姫はいた。


「……静かだね」


「あァ、そうだな」


穏やかに言葉を交わし合う2人だが、その顔には心底疲れたような、そして何かを諦めたような寂しげな微笑みが張り付いてる。

天竜人を殴り飛ばし犯罪者となってから2年。ルフィとウタが続けていた当てのない逃亡劇が、今終わろうとしていた。


「よかったね、こんないい場所が手に入って」


「そうだな。あいつらに感謝しねェと」


2ヶ月前、成り行きで助けた空の住民達に、お礼としてこの島と住居を提供して貰えたのは幸いだった。

アクセス難易度の高さもあって、地上に比べれば空島のマークは非常に軽い。そもそも世界政府が存在を把握していない島も数多くある。

ルフィとウタが今いるのは、まさにそういった空島の1つだ。ここにいる限り自分達の身の安全は保証されるだろう。

2人にとっては久方振りの、心の底から安らげる空間だった。


「こうしてるの、落ち着くなあ……嬉しいなあ、ルフィがこんなに近くにいる。えへへ……」


「おれも……ウタが近くにいると、すげェ安心する……」


ソファに腰掛けるルフィの足の間に更にウタが座り込む。

ルフィはウタの腰に手を回し、ウタはルフィの腕に手を添える。そして頬を触れさせ合う。

そうしているのが好きだ。お互いの温もりを感じられるから。


「ウタ、カボチャが食えるようになったらジュース作ってくれよ、おれあれ好きなんだ」


「うん、いいよ。その代わり他の野菜の収穫、手伝って貰うからね。あっそうそう、向こうの森で猪を見つけたんだ。後で狩りにいこうよ」


「ホントか?そりゃ楽しみだ、猪ウメエからなァ」


ここに身を寄せてから、2人はずっと自給自足の生活を続けている。

自然豊かなこの空島には、たくさんの動物や可食性の植物が生息している。彼らを食料にすれば生きるには困らない。

幸か不幸か、嘗てガープに2人だけで猛獣の犇めくジャングルに投げ込まれた経験のお陰で仕留める技術には事欠かない。命を繋ぐ上では十分すぎる場所だった。


「あいつら……良い奴らだったなー。それなのに悪いことしちまったなあ」


「そうだね。私達の我儘に付き合わせちゃった」


空の住民がここを用意してくれた時のことを思い出す。

あの時の彼らは自分たちに泣いて感謝していた。裏表のない感謝の思いを向けられたのは久しぶりだった為、思わず胸が熱くなったものだ。

それだけのみならず、空の住民は畑と各種野菜の種、交流のための雲貝と船まで用意してくれた。

流石にこれほどの厚意を受けるのは気が引けたが、逃亡中という立場もあって、貰えるものは貰うことにした。


懸念すべきは、そんな彼らがやって来た追手に自分達の情報を流すことだった。これまで幾度となく裏切られた身からすれば、如何に彼らが感謝の念を以て愛想良く振る舞っても決して信用できるものではない。

万が一追手がこの島に来られたならばそれが自分達の終わりだ。




『……あ』


『……そうだ』




瞬間、悪魔のような発想が2人の脳裏を同時に過った。過ってしまった。

ここでこの者達をみな殺してしまえば、自分達がここにいることを知るものはいなくなるのではないか。

この者達をみな殺してしまえば、自分達はずっと一緒にいられるのではないか。

どうせ自分達は大罪人だ。今さら罪を重ねることに、なんの躊躇がいるというのだ。



思い付いてからは早かった。

感謝の為のささやかなパーティーがしたいという名目で誘いだし、ウタウタの力で眠らせた後、素早く首を撥ねていった。

念を入れて水場でやったため血痕は残っていない。死体は骨も炭化するまで念入りに燃やし、粉々に砕き、池と畑に撒いた。

そうした後は彼らの住居に赴き、家具や衣類など使えそうなものを全て拝借した。

これじゃまるで海賊だと自嘲し、そういえば自分達は犯罪者の子だったと思い直す。結局、蛙の子は蛙なのだろう。

こんな許されざる事をしたはずなのに、心は恐いほどに凪いでいたのだから。

それが、1ヶ月前の出来事。


「……"下"、どうなってるかな」


「気にしなくていいだろ……そんな資格、おれ達にはもうねェしな、しし」


「……アハっそうだね。人でなしだもんね、私達」


揃って乾いた笑い声をあげる。

きっと今頃、下は……青海は阿鼻叫喚の事態なのだろう。

あちこちで戦禍が巻き起こり、自分達を狙うものと自分達を守ろうとするものが激突する修羅の世界。誰もかれもが、血眼になって自分達を探しているに違いない。

その事でほんの僅かに心を痛める程度には、2人には辛うじて良心が残っていた。


それでも、2人は青海に降りる気はなかった。

勝手にやっててくれと思ってしまっていた。

我欲の為に戸惑いなく恩人達を皆殺しにし畜生の道に身を堕とした時から、自分達は英雄でも歌姫でも海兵ですらもない。

只世界に拒絶され続け、どうしようもなく打ちのめされ壊れてしまった。

2人にとって、下で渦巻く戦乱と陰謀など他人事でしかなかった。

ルフィとウタにとって、お互いの存在だけが世界の全てだった。


きっと自分達はここで一生を過ごすのだろう。咎を背負い、何も成せないまま、無意味に、無気力に生きていくのだろう。

やがて誰にも知られることなく、ひっそりと死にゆくのだろう。もしかしたらその後地獄に堕ちるのかも知れない。

それでも良い。世界の全てから終わりが見えないまま逃げ続けるよりはよっぽど良い。

隣に愛しい人がいるのなら、それだけで充分じゃないか。

それにいざ死ぬときになったならウタワールドに行けばいい。そこならばずっと一緒にいられるのだから、何も恐れることなんてない。

だから自分達はきっと。


「ねェ、ルフィ」


「ん?どしたウタ?」


「……大好きだよ」


「……ああ、おれも大好きだぞ」


――――――しあわせ、なのだろう。


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