少女達の休日(付け足し)
キャラバンズのアチャモある夜。
トコナはベッドに寝転がりながら雑誌をめくり気になるページに黄色い付箋を貼っていた。
クレープ、ゲームセンター、ぬいぐるみ、パーカー、ネイルサロン、…物欲まみれだなと自嘲する。
あの事件からしばらく立ち、通っていたカウセリングの相談員から社会生活の訓練も兼ねた外出の許可をもらったのだ。
狂気的な父によって禁欲的な生活を送り、年頃らしい経験がないトコナにとって、初めてできた友達であるクヌエやクシャと一緒に出かける予定が楽しみで仕方がなかった。
「多すぎますかね?少し減らさないと」
気になるぬいぐるみのページから付箋を剥がす手を褐色の手が止めた。
「なんで剥がすの?それめちゃくちゃかわいいじゃん」
風呂上がりのクヌエが付箋を貼りなおす。
「いえ、その、これでは一日で周りきれないと思って…」
トコナは付箋だらけの雑誌をクヌエに見せる。
「おー、ミノムッチみたいだー」と感心しながらクヌエは雑誌をめくる。
「確かにこれ一日じゃ無理だね」
「こことここは次の外出日に行こう」
そう言ってクヌエは付箋に印をつける。
「次の…」
「そうだよ、別に明日だけが外出日じゃないんだしさ。焦らず行こうよ、どうせ寄り道もするんだしさ!」
クヌエは屈託のない笑顔を見せる。
「そっか、そうですよね」
トコナもつられて笑う。
「うん!あ、そういえばさ、こないだシロナさんが見繕って買ったお揃いのセーター着て行こうよ!トコナ絶対似合うと思うんだよねぇ」
「いいですね!」
「何盛り上がってるの?」
旅行鞄を下げたクシャが部屋に入る。
「んー、明日着るお揃いコーデのはなしー」
色違いのセーターをベッドの上に並べながらそれに合わせる服を吟味しているクヌエ。
「いいね、同じこと考えてた」
そう言ってクシャは鞄から色違いのセーターを出すとそれに合わせたスカートを並べる。
「あ、あの…」
トコナが二人に話しかける。
「あ、明日はよろしくおねがいします!」
丁寧ぬ頭を下げる彼女に二人は顔を見合わせた。
「おっけー、まかせろー!」
クヌエはトコナの肩を抱き寄せる。
「明日は深く考えずに楽しもうよ」
クシャも微笑みながらトコナの頭を撫でる。
トコナは二人の優しさに涙ぐむ。
(こんな私を受け入れてくれるなんて……)
一度は命をやり取りをするような間柄だったというのに、それを水に流してこうして笑いあってくれる友人ができたことを改めて嬉しく思った。
外出当日。
色違いのセーターを着込んだ三人はコトブキシティのショッピングモールに来ていた。
休日ということもあり人が多く行き交う中、トコナは二人に手を引かれて歩く。
ショッピングモールの地図の前に行くと、クヌエはトコナの付箋だらけの雑誌を広げる。
「さーて、トコナはどこから攻略したい?ファッション?グルメ?」
「えっと……ここのショッピングモール全部制覇する勢いでいきましょう!」
トコナのやる気に満ちた返事に二人は目を丸くした。
「マジか」
「トコナの貪欲さを見た気がする」
「よし、今日は徹底的に遊ぼうか!」
「ありがとうございます」
トコナは二人に感謝を伝えると、早速最初の目的地へと向かう。
***
「ああ、美味しかった〜」
フードコートのテーブル席に座るトコナは先ほど食べたクレープの余韻に浸る。
「私、あんなきらびやかな甘味を食べたの初めてです」
「あはは、それじゃパフェなんて見たら卒倒しちゃうんじゃないかなぁ」
「そうですね……いつか見てみたいです」
トコナの言葉にクヌエとクシャは思わず吹き出す。
「ははは、また来ればいいじゃん」
「そうそう、今度はみんなで食べようね」
「はい……!」
トコナは満面の笑みを浮かべる。
そんな会話をしながら三人は次の目的地へと向かっていた。
「次は雑貨屋さんに行きたいんですけど、いいですか?」
「オッケー、でもこの辺だと……」
「あのお店はどう?ほら、トコナの付箋にもある」
クシャが指差したのは可愛らしい小物が置いてあるファンシーショップだった。
「お、いいね〜、可愛いのいっぱいありそう」
「ふわぁ……」
店内に入った途端、トコナの目が輝く。
壁にはぬいぐるみや文房具などが所狭しと置かれている。
「あー、これかわいいー」
クヌエが何気なく手に取ったのは小さなドードリオのぬいぐるみだ。
「ほんとだ、よく出来てる」
クヌエとクシャが二人でぬいぐるみの出来について語り合っている間、トコナはあるキーホルダーに目を奪われた。
それはフカマルをモチーフにしたペアルックで、組み合わせるとヒレがハートの形に浮かび上がるようになるデザインであった。
「これは……」
トコナはしばらくそのキーホルダーを眺めていたが、やがて意を決して店員に声をかけた。
「すみません、これをひとつください」
トコナは買ったばかりの商品を鞄に入れると満足そうな表情を浮かべた。
「お待たせしました」
トコナは二人のもとに駆け寄ると、笑顔を見せる。
「お目当てのものがあったかい?」
クヌエはトコナの手にある紙袋を見て店内を見回してしばらく考え込む。
「あ!あの!いいですから次行きましょう!次!」
クヌエが何を察する前に慌てて次の場所へ行かせようとするトコナ。
「わかったよ、次はどこに行こっか」
「うぅ……バレなくてよかった……」
顔を真っ赤にして俯くトコナをクシャはクスッと笑う。
「さっきのって、もしかして」
クシャがクヌエに耳打ちする。
「もち、フカマルのペアルック。一個だけ減ってたから間違いなし」
「本当にイサム君が好きなんだねぇ」
ニヤニヤ笑う二人をトコナな怪訝な顔で見つめる。
「何か言いました?」
「「いや、何も」」
「さぁ、次はどこに行くのかな〜」
「えっと、ゲームセンターです」
「ゲーセンか、久々かも」
「あ、それならプリクラ撮ろうよ」
少女達の休日はまだまだ続く―。
◆◆◆
「うぇ、めっちゃ混んでるなぁ」
クヌエが思わず声を漏らす。
「平日なのにこんなにいるんだね」
クシャの言う通り、ショッピングモールのアミューズメントエリアには大勢の人で賑わっていた。
「なんか……すごいところですね……」
人の多さに圧倒されるトコナだったが、すぐに気を取り直してクシャとクヌエの後を追う。
「プリ機はここだよ」
クシャが指差した先には様々な機種がある中で、特に人気の筐体があった。
「これ、今話題になってるやつじゃん。一回やってみたかったんだよねー」
クヌエは嬉しそうに筐体の前に立つ。
クシャも興味津々といった様子でそれに続く。
「じゃ、私は待ってますので」
怖気付いたトコナが一歩引いて待っていると、クヌエとクシャはトコナを引っ張り込んで筐体の中に連れ込んだ。
「ちょ、ちょっと!?」
突然の出来事に困惑しているうちに、クヌエとクシャは慣れた手つきで操作を始める。
「ほら、トコナもやるんだよ!ハイポーズ!」
かトコナが慌てふためいている間にもカメラは容赦なくトコナにフラッシュをたく。
その後クヌエに手渡されたペンで画面の指示通りにトコナは落書きしたりしていく。
「楽しかったねー」
クシャとクヌエはハイタッチをして笑い合う。
「もう、なんですかいきなり……」
トコナは不機嫌そうに文句を言うが、どこか照れ臭そうだ。
「トコナ、写真見る?ほら」
クシャが差し出したプリクラシールの画面にら、困惑していたトコナが数をこなすうちに笑顔になっいく過程が写っていた。
「あ……」
トコナはその写真を見て一瞬言葉を失う。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもないです」
自分がこんなに無邪気に笑えたのかと思うとトコナは少し恥ずかしげに目を逸らす。
「次はどれにしようかな」
クヌエとクシャが次の筐体を探していると、遠くの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「なんだ、お前らも来てたのか」
そこには買い物袋を持ったイサムの姿があった。
「お、イサム君じゃないか。偶然だね」
クヌエとクシャとトコナの姿を見て、意外そうな表情を浮かべるイサム。
「ほんと、奇遇だな。俺も買い物に来たんだ」
「へぇ、何買ったの?」
「服とか色々。そっちは?」
「見ての通り、トコナちゃんと遊んでるのさ」
「ふぅん…」とイサムはトコナをちらりと見る。
そんなイサムの様子を見たクシャはクヌエの両肩を掴む。
「クヌエちゃん、確か文具コーナで新しい画材買うって言ってたよねー。二人で見に行こうよー」
「へ?」
「ほら、早く行かないと売り切れちゃうかもよー!」
半ば強引にクヌエの手を引いてクシャはその場を離れていく。
「……あの二人、何かあったのか?」
「さぁ、わかりませんけど……」
イサムとトコナの間に微妙な空気が流れる。
「えっと、ここじゃあなんだし、とりあえずベンチまで移動するか!」
「は、はい」イサムとトコナはぎこちなく歩き始めた。
◆◆◆
「……」「……」
イサムとトコナは無言のまま歩く。
「……その、なんだ。元気だったか?」
沈黙に耐えかねてイサムが口を開く。
あの事件から数ヶ月、カウンセリングの関係もあり二人はまだ片手で数える程しか会っていない。
「はい…」
トコナは俯きながら答える。
再び会話が途切れてしまった。
トコナはちらりとイサムの様子を窺うとイサムはトコナをじっと見つめていた。
「な、なんですか!」
「あ、いや、わりぃ…その今日のトコナかわいいなって…」
イサムの言葉を聞いたトコナの顔が真っ赤に染まっていく。
「き、急に変なこと言わないでよ!」
「な、なんだよ!本当のことだろ!!」
「う、うるさい!ばかっ!!!」
二人は言い争いながらベンチに座った。
「トコナは変わってないなぁ」
「イサムは変わりましたね」
「そうか?」
トコナは改めてイサムの全身を観察する。
頼りがいのあるたくましい体躯、身体中のあちこちにある大小様々な傷跡、真剣な眼差し…それはポケモンレンジャーとして過酷な訓練を受けた証だ。
「昔のイサムは私より背が低かったし、傷だらけじゃなかったし…」
「すごく…頼もしくなりました…」
「もう、二度と助かるはずだった人を取りこぼしたくないからな」
「……」
トコナは何も答えられなかった。
自分と別れて村を放逐されてイサムがどれだけ辛い思いをしてきたのかを想像すると胸が締め付けられる思いになる。
「……ありがとうございます」
「いいってことよ」
イサムは照れくささを誤魔化すように笑う。
「でも、無理しないでくださいね」
「わかってるって」
イサムは再び笑顔を見せた。
◆◆◆
「青春だねぇ」「ロマンスだねぇ」
ベンチから離れた場所でクヌエとクシャは二人を見守っていた。
イサムは穏やかな表情で、トコナはどこか恥ずかしげにお互いを見つめている。
「あ、トコナがペアルックキーホルダー渡した」
「トコナってけっこうガンガン進むよね…イノム猛進というか」
後で二人をからかってやろう。
そう言って出歯亀な二人は楽しげにイサムとトコナの元へ向かうのだった。
引用
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