さみしい
ずいぶん前のことである。彼女と同室になった日は、どうにも緊張してしまってその後数ヵ月はぎこちない関係のままだった。
それから少し経った後、おもむろに彼女が私の髪の毛をいじり始めた。ぎょっとした。いや当たり前だろう。彼女はパッと見目付きが悪くて雰囲気もなんだか冷たい感じだったのだ。肌も白くてちょっと不気味に思っていたことは否定できない。そんな彼女は同室になっても数ヵ月は何もアプローチをしてこなかった。それなのに、急に私の髪の毛をいじり始めてきた。普通に怖い。
何かしてしまったのだろうか…。そう思ってカチコチと体を強ばらせていると、
「よしっ、かんせーい」
十分後くらいに明るい声がした。その高めではあるけれど澄んでいて耳に心地よい声が同室の彼女から発された声であると気付いたのは数秒後。そして鏡を渡されてどう?と言わんばかりのどや顔をされた。
「うわっすご…」
走るのに邪魔だからと短く切っていた髪がかわいくアレンジされていた。具体的には編み込みとかリボンとかそういうので色々と飾られていた。流行に疎かったからどういう名前のアレンジとかはわからなかったけど。
「これやるために、髪いじってたの?」
「ん?いやまあ暇潰しだけど…悪戯しよっかな~って」
「は?」
「タイちゃんってば髪の毛綺麗なんだからもっとお洒落したら良いのになって思ってたからそれも兼ねて?」
「悪戯?髪をいじるのが?」
「うん。ほら、こうやってしたら構ってもらえるじゃん?」
「え、そうかな」
「そうだよ。こうして話してるじゃん?」
「そうかも?」
「また暇になったらやるねー」
「え、ああうん…」
そう言って彼女は部屋を出た。随分自由な人だと思ったけど、私がクソ真面目で有名だからこのくらいで良いかもしれないと思っていた。そう!この時までは───!
その後一週間に三回のペースで彼女は私の髪をアレンジするようになった。そのために用意したらしい道具が増えた。一時期彼女の机の半分くらいが私のヘアアレンジ道具で埋まっていたこともあった。もう、片付けられて何もないけど。
「ちょっとエフフォーリア!」
「んあえ?」
「髪ならいくらでも触らせてあげるから!こういう悪戯はやめてって言ったよね?!メニューが見にくい!」
「あーごめんごめん。よいしょっと」
「そういう悪戯もダメ!」
「えー…タイちゃんってばけちんぼ~」
「ケチで良いです!まったくもう!」
彼女はどうやら表では取り繕っていただけで大分甘えたで悪戯好きだった。いや本当に鬱陶しいくらいちょっかいをかけてくるのでずっと懲り懲りだった。
とはいえ、である。私も身に覚えがないでもない。
「小さい頃の私の構って攻撃、姉さんからしたらこんな感じだったのかな~…。あれもしかして嫌われてたりして?ウワーッ」
なのでこうして毎晩布団でジタバタしていたのだ。
「いやでも姉さんは全然いやがってなかったしむしろ可愛がってくれたしな。うん、嫌われてないな!」
しかし私と姉さんとの仲である。いやがられているわけがない。というか姉さんは優しい人だからこの程度でキレることはない。
「タイちゃーん、見てこれ」
「え、なにこれ」
「何って…タイちゃんの寝顔コレクション?」
「消せよ!盗撮だろ!」
「これとか可愛くない?」
「いやダメだから!消して!」
「えー」
「えーじゃない!」
そりゃあまあこうしてキレることだってあったけど、本当は満更でもなくて。
アンタに信頼されてるみたいで楽しかった。勘違いされがちなアンタが可愛いところを見せてくるのが何故だか面白かった。
アンタが引き払った後の部屋はなんだか寂しくて、ひっそりとしていて。
アンタがしょっちゅう構って攻撃をしてきていた時間になっても一人であることで、もうあの楽しい時間がないことに気付かされた。
アンタの悪戯なんて大して嫌じゃなかった。嫌になるときも確かにあったけど、それよりもずっと楽しかった。アンタに信頼されてる感じがしてその感覚が心地よかった。ちょっと目付きが悪くて誤解されがちなくせに可愛いところを見せてくるのが面白くて仕方なかった。
本当は多分、私の方がアンタの悪戯に救われてたこともあったのだと思う。
かさ、と彼女が置いていった手紙を開いた。
あの目付きの悪さに似合わない可愛らしい封筒と便箋。きっちり整然とした文字。懐かしい。こんな字を書くやつがあんな悪戯っ子だなんて笑えてしまう。
一通り読み終えて、私は一息をついた。
「手紙でまで甘えてこなくたって良いじゃない、鬱陶しい」
まだ寒い風がカーテンを揺らす。ふと思い立って、私は彼女の手紙を紙飛行機にした。窓際に立って、その紙飛行機を持ちながら、私はただ、日が暮れるのを待った。
そうしてしばらく経って、ああそうかと合点がいった。何故彼女の悪戯はこの時間ばかりだったのか。
「アンタはやっぱりさみしがりね」