さいごの砂祭り

さいごの砂祭り


 勇者と魔王の決戦。天童アリスと小鳥遊ホシノがアビドスの屋上で睨みあう。

 先に動いたのはアリス。初手最大火力を叩き込むつもりだ。迎え撃つはホシノ。盾を構え、最適なタイミングでカウンターを狙う。

 両者の初太刀は、然して一瞬のうちに決着した。初撃を受け流し、ホシノはそのまま倒れた。

「……救護! 先生、お手伝いをお願いします!」

“わかった! ホシノ、ゆっくり呼吸して!”

「うへ〜? なんだこれ……身体が動かないや」

 慣れた手付きで応急処置を進めるアリス。同時に、これまでと同様にミレニアムにデータを送った。

「リオ! ヒマリ! 聞こえますか!」

『聞こえているわ』

『聞こえてますよ』

「今のデータ、すぐに解析してください!! “ホシノの中にナニカがいます!”」

 処置を進めつつ、先生は驚きを隠せない。道中でアリスが語った違和感の正体は、まさか──

『解析完了。これは……嘘でしょう?』

『いいえ、紛れもない現実……これが恐らく』

 刹那、ホシノの胃のあたりが光りだす。

「あつ、い……なに、これ……?」

 そして、飛び出した。


「逃げました! あれが恐らくアビドス砂漠の『核』です!」

『かつて測定したキヴォトスの脅威と同質のもの…それを小鳥遊ホシノという器の中に隠して、いえ、隠れていたのね』

 核はアビドス砂漠の上空に飛び立ち、無数の砂を巻き上げ、形を作る。

 それはまるで、砂の蛇のようだった。


“アリス、一旦引こう”

「ダメです! きっとアレを放置したらまたホシノに…!」

「……それこそダメだよ、アリスちゃん。あれは…おじさんがケジメつけないとだ」

 ホシノがゆらりと立ち上がる。その姿は先程までの不安定さはなく、むしろ……

「ありがとう、二人共。おじさんだけ悪いユメが醒めちゃったみたい」

 いつかのような口調で語りかけるホシノは、ただ眼前の脅威だけを見やる。

「二人共。ここからは、おじさんに任せてくれないかな?」

 その言葉は覚悟の現れ。それを尊重するのが彼女のためでもある。だか

「断ります!! アリスは、誰かを殴りに来たのではなく、誰かを救いに来たのです!」

“その通りだ。私はホシノを一人にさせないために来た”

 迷いなき言葉にホシノは呆気に取られてしまった。

 そして、次の言葉を考えているところに


「アリスーーーーーーーー!!!!!」

「!! モモイ!」


 光が降ってきた。

「アリスーーー!」

「モモイー!! ミドリーーー!! ユズーー!!」

「ごめーん!!! カッコつけてヘリから飛び降りたから受け止めてーー!!」

 特大のシリアスブレイクと一緒に。

「お姉ちゃんのバカーーーーー!!!」

「ーーーーーーーッ!!!!」

「はい! アリスは仲間達を助けます!!」

 それでも、アリスは笑顔で3人を受け止める。元通り、いつもの頼もしい仲間達を。


「いやあ、ユウカがヘリ飛ばしてるの見て無理やり密航してねー、すぐバレたけど!」

 いつもの調子なモモイに、アリスは今にも泣きそうな表情をしている。ただ、モモイはすぐにアリスの後ろに見える砂の蛇に目を向ける。

「アイツがラスボス? じゃあまだ私の出番は残ってるね」

「はい! みんなが一緒ならアリスは無敵です!」

 しかし、今ここに集うは彼女達だけではない。

「アリス! 無事でしたか! 遅くなりましたが全員無事に合流です! コハルは途中別の友人の元へ向かいました」

「ミネ! セナ! フウカ! カヤ! 勇者パーティ復活です!」


「そっか……それが、アリスちゃんが紡いだものなんだね」

 憑き物が落ちたような顔のホシノはそう呟いた。そして、トランシーバーを胸元から取り出した。

「二人共。アレが見える?」

『ええ、もちろんよ』

『随分と立派なヘビさんですねえ♡』

 腹心であるヒナとハナコだ。まだ二人共無事でホッとしたのを隠し、話を続ける。

「…………アイツが全ての根源。アイツを倒したいと言ったら、二人はどうする?」

『従うわ』

『従いますよ』

 即答だった。涙が少し零れそうになったが、今はまだその時じゃない。

「わかった。次の連絡まで少しだけ待ってて」

 トランシーバーを切り、先生のほうを向く。

「先生、さっきの医療セットにハサミあった? 貸して欲しい」

“いいけれど……”

「ありがとね」

 ハサミを受け取ったホシノはおもむろに


 自分の髪を切った。


「ホシノ!?」

“いきなり!?”

 先生とアリスは驚くが当の本人は何処吹く風だ。

「うん。今はこっちの方がしっくりくる。ありがとう、先生。……さて」

 足元に置いていた盾を拾い、それをアリスへと放り投げた。

「その盾は別に伝説でも何でも無いけれど……少なくとも私よりはアリスちゃんの方がちゃんと使えると思う。任せたよ」

「……!! わかりました!」

 ホシノが何を伝えたかったのか、詳しくはわからないし、今はわかるつもりもない。ただ、アリスは全てを守り抜けと、応援されたのだと受け取った。


 ホシノは再びトランシーバーをつける。

「アビドスのみんな! ここまでワガママな私に着いてきてくれてありがとう! もう一個だけ聞いて! 今目の前に、アビドス(私達の居場所)に我が物顔で居座るアイツをブチのめしたい! 聞いてくれる人だけ私についてこい!!」

 普段のホシノからは考えられないほど好戦的な声音。だがその声にアビドスは

「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 応えた。

『了解よ。アビドス風紀委員並びにゲヘナ風紀委員、万魔殿に便利屋68…他含め全員総力をもってあたるわ』

『了解です。補習授業部、補習授業室、ティーパーティー、正義実現委員会…総力をあげて戦います』

『おおっと! 情報室の白兎もお忘れなく! こちらも先程話はつきました! ミレニアムも支援します!』

「ありがとうね、みんな。じゃあ、いこうか」


「ん、了解。本気で行く」


 思わず。振り向いた。

 そこには、居るはずのない、今一番いて欲しい、四人の後輩の姿。

 どうやって脱出したの、とか。そういうのはもうどうでもいい。

 今はただ、目の前の敵を見るだけ。

“指揮は任せて。思う存分暴れておいで”


「みんな! 派手な砂祭りにしよっか!」

「アリスは負けません! みんなの力を貸してください!」

“さあ、行くよ。私の生徒達!”


 いざ征くは混沌の蛇。

 だが混沌何するものぞ。

 キヴォトスという混沌を喰らえるのならば喰らうといい。彼女達は何度でも立ち上がる。

 アビドス砂漠、最終決戦の火蓋は切って落とされた。

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