曇った満月
「あら、今日は月に雲が掛かる夜…それなのに独りなのかしら?」
不意に話しかけられる。そこには一人の女性が立っていた
今日は満月なのに雲がかかっているせいで非常に暗い、こんな日に一人で出歩いているのだから職質をされるかもと考えていたが…まさか女性に声をかけられるとは思ってもいなかった
一昔前の貴族の様な姿をした彼女の髪は光を吸い込むように黒く、夜の暗闇の中では輪郭が溶けて空間と一体化しているように見えた。赤い瞳も透き通っているようで何処か濁っている。不思議と不気味さを感じる美しさを持っていた
「はい。一人になりたくて…貴女こそ気をつけてください。ここは人通りの無い場所ですよ」
注意を言ったとたん、彼女の口が三日月の様に吊り上がる
「そうなのね…良い事を聞いたわ」
何故かは分からないがここにいると危険な気がする。少し荒い別れの言葉を告げ、足早にその場から離れようとした
…その瞬間
「逃げられると思ったの?ふふふ…今の私はお腹が空いてるの、逃さないわよ」
自分の胸を一本の触手のような物が貫く。いくつもの棘がついたそれは一本一本が鋭く尖り体の肉を切り裂いていた
一秒後には痛みに頭の中が支配され……あっという間に自分は死んだ
「久し振りの人間だわ…もう待てない……!ふふふ…あははははハハハハhahaha!!」
背中からは何本もの尾が突き破り、白い肌は黒く変色、変形をする。歪な音を立てて一人の美しい婦人は一匹の恐ろしい獣となった
「gyiririririri……」
奇怪な鳴き声を上げ獣は死体を貪り食い、数刻も経てば骨すら残らずに全てが腹の中に消える
「fuu…ナカナカ美味しかったわよ。あの人間には悪い事をしたわね…ふふふ」
耳を塞ぎたくなる様な不気味な音を立てて化獣は人へと戻った。地面の上に溜まる血を靴で踏む
「見つかってしまったら面倒ね。次の人間はどうやって仕留めようかしら…」
人の形をしたエネミーは喰らった人間を嗤い、夜の闇へと消えていった